相手を上に見る

直近の動画で、
デイビッドが
27歳くらいのコース学習者の女の子と
対談した、
みたいなことを話していて、
その女の子はすごく優秀で自信があるタイプで、
その子からすると40歳年上で、
コース界ではそれなりに「大物」っぽいはずのデイビッドに全くおじけず、
どんどん話しかけて世代の違いをテーマにZoom対談しようとか
自分のアイデアを話して
いろいろコラボレーションしたらしいんだけど、
すごいなと思った。
さすがアメリカというか、
日本みたいな
「空気読み、年功序列」
みたいなのに縛られないのか。

自分だったらデイビッドに気軽に話しかけて
「今度Zoom対談やらない?
世代の違いをテーマにしたら面白くない?」
とはならないし、
びびって緊張する。
自分にはそんな価値はない、
と感じる。

相手と自分を立場とか有名さ、
人脈とか経歴とかなんらかのパワーの
上下で比較して序列をつけて、
デイビッドが自分よりはるかに
価値の高い、
パワーのある存在と考えるからか。

ゲイリー・レナードさんが、
亡くなる直前のジュディ・スカッチさんと
対談していた時、
「今日ぼくは緊張していました。
なぜなら、あなたを大物、
特別な存在だと考えたから」
と話していたけど、
「相手は大物・特別な存在で、
自分は価値が低い、しがない普通人」
と考えるのは、
分離が目的なのか。

ワプニック博士の
「Form versus Content」(未翻訳)には、
神にパワーがあって自分にはないという
自我の分離・不公平性を証明する思考の反映だと書いてあった。

周りで関わる全ての人に対しても、
「この人は上」
「この人は下」
って判断して、
態度を変えている。
その目的は、
平等さや一体性を否定することなのか。

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