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幻想小話 第四十八話

鳳と凰②

鳳凰は鳳が雄で凰が雌とされる
正しく世を治める天子が現れる前触れとして、姿を現す吉兆の鳥と言われている
混乱の世には現れず、悪政が終わることを告げる使いである
優れた人物、人の性格を見抜き、親切な人間の前に降り立ち、祝福のような幸運をもたらす
天界との仲立ちであり、神と人を繋ぎ、大きな力が滞りなく地上に流れ込むように調和を担う
神や見えない力の存在は人間にはわからないからである
想像上の動物であるが、孔雀や金鶏によく似ていて、赤い羽毛と五色の羽尾を持っている
頭は蛇だの鶏だの、頸は龍だの蛇だの、背は虎だの亀だの、尾は魚だの言うが、まずそんな鳥はいない
仙人たちの食物の甘露ー霊泉に湧く甘い飴のような水を飲み、百二十年に一度咲く竹の花の実を食べ、青桐にしか止まらず、草木も折らず、まるで知性を持った鳥だと言う
恐らく人間よりも賢く、優雅で、品が良いのだろう
竹の花の実は60年から付くとも言われ、大体は80年程で世代が変わるとされる
竹を食う虫の竹林には降り立たぬのかもしれない
この鳳と凰のツガイを見た者は幸運であろうか
雌雄があってもひとつと見て鳳凰とする
雌雄は陰と陽で男女の厳粛な在りかたを表すが
龍を天子、その皇后を鳳凰と見立て、印章に用いることで理想の夫婦、貴婦人や女性の鑑、理想の国家の象徴とする
時折夜空に赤い炎の塊が回転しながら落ちて行くのを見る者がいる
鳳凰山や渾崙山に住まう、優雅に舞い、草露さえもいたずらに踏まないような平和の世の象徴の鳳凰は、違う海の国では自らを燃やし、炎で燃えつくし、落ちた灰のしたから再び再生するという不死鳥とも言われる
そこには人智を超えた力で人民の上を駆け上がろうという、人間の向上心が見える

暗い竹林の奥まったところ、竹の根のない砂地のような処あり
見ると石の上に座する、闇よりも黒いもの

「たれか?何ものか?」

私は訊いた
頭が一段と大きく膨らみ、身体を少し横に、両腕を組重ねるように伏している
足はなく魚の尾のようなものが下向きに垂れている
もしかしなくてもこの魚の尾のようなもので、直立出来るのだと直感した

「通りすがりのにわか僧ではあるが、少し永く生きているゆえ、世の中のことが山にいてもわかる。御仁が迷っているようなので見ていたのだよ。深入りをしたようだが、何か心に迷うものがあってのことか?」

私は決心して

「それは恐らく死ぬまで拭い去れぬもの。墓場に持って入るものと決まってはいるものの、どう決心して日々を生きて行くのかもまた、今日も決心して歩いているのか見えない日常ゆえ、夜、このようなところへ出てしまった」

「まあ、今は恐らく日中だろう。御仁は宅で何やら書いておるだろ。道案内を差し上げるから、大事にしてくだされよ。儂の秘蔵ッ子にしようと思っていたが。御仁の宅なら良いだろう」

見ると砂地の地面に鳥のくちばしが出てきた
ごくッと息を飲み、ワッと驚いた
大体が驚いて避けたつもりが踏んでしまうと言う、何のためかわからない、全て台無しになると言う現象がある
降って湧いたような幸運を自ら壊してしまう、あれ

日頃から冷静に
動じない動じない
たいていのことは一呼吸で紡がれていること
心の機微は大切だが、感性と感情的では全く違う

くちばしを見せていたそれは、ぶるぶると砂地を震わせ、這い上がってこようとしていた
私も両手を沿わせ、それを助ける
どうも鳥の子のようである
開かない目にくしゃくしゃの羽毛がいとも可愛げな

「こちらは?」
「鳳と凰の雛。まあ、鸞とも言うが」
「親鸞の鸞か?」
「まあ、この国ではそれが一番馴染みがある名だろう。持ちかえり、育ててくだされよ」
「あ、なよ竹のかぐや姫のような話はやっぱりなかろうか」

「御仁。子が欲しかったのか。まあ、もしかしたら天女のように美しい娘になるやもしれんの。持って帰ってみればいずれわかるだろう」

私は懐に生まれたばかりの鸞をくるんで覗いてみた
もしや抱いていたら赤子に変わっているのではないかと
目も開いていないし眠っていて、道案内をしてくれる様子はない
しかし無事に連れ帰る為にしっかり歩いて帰ろう、と言う気持ちになる

持って帰ったら万代はどんな顔をするだろう
驚くかしら

やがて竹林の後ろ、一角の隅が明るくなって来た
夜明けだった


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