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「黒猫と苺とアールグレイ」


赤い橋に差し掛かる
段差に飛び乗って
こちらを振り返る猫
闇じゃなくても浮かび上がる黄色の瞳
黒猫
日付が変わった
まだ数時間前に見ていたドラマ
『黒猫のデルタ』
実に愉快だと彼は言われていた
今日の今日
三角黄色目の黒猫
赤と黒
昼と夜は違う顔

面影の松の腕
腰がしなる
静か夜の月が明るい水面には
音もなく均一に揃う波紋
月と松とみづうみ
これさえあれば
補陀落の恋渡海とはよく言ったもの
露の舟が櫂もなく
浅霧に遊ぶ
どの岸に杭を打つ人はある

薄明るい
影を落として蓋をする
それは何かの花の砂糖漬け
苺のような甘い匂いの後ろに
薄荷の余韻
ストロベリーミントにはならないでしょう
ただ青臭い葉の匂いだけが茹だる
ハーブになれなかった
神様が造ったのか
悪魔が造ったのか
枯れた養分を吸って根を張るために
ハーブに擬態した
自分が何かだなんかに一切興味はなく
ただどこまでも触手を広げて伸びてゆくだけの
立つことは出来ないベッドの夢

それは過ぎ去った風にプラスチックの消しゴムの匂い
焦がしてしまった飴のような苺ジャム
ただどうしてもアールグレイを注ぐ前
カップの底に落とすことは出来なかった
懐かしさではなく
確信の持てない小さな庭付きの
小さな家の夢の中の思い出

身をかがめて温もりを溜めようとする
子どものように与えられたい
尋ねてみるが
小さな声で蓋をして
胸の中に隠れて行ってしまうのだった

誰かを愛すると
自分も愛される
誰かを憎むと
誰かに憎まれる
誰かを恨むと
誰かに恨まれる
それは法則らしいけれど

そんなこともないような
違うような気もするから
少し騒がしいさざ波が
通り過ぎて行くのを待っている


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