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「雪鳥」

夜鳴く鳥

あるいは風に鉄輪が当たる音


「この場合、風が鉄輪に当たる音と言ったほうが良いのかな」

其の実、稗田のnoteは真っ白だった

「夜に鳥が鳴いたのかい」

「夜鳴く鳥なのだから夜によく鳴くんだよ」

「夜は鳥も眠るものなのじゃないか。静かだろう。虫はどうだか知らないけど」

「雪が降ると言うのに鳥が鳴いていたんだ。虫は知らない」

稗田は窓の向こうの池を見ていた
稗田は僕と話していても
たいてい窓の外を見ていたりする
窓の外を見ているほうが楽なのかも知れない

凍った薄い氷の上に、恐ろしい速さで雪が重なってゆく
その模様はさながら勾玉のようで

僕は窓硝子の前に立って池を遮った
稗田は教室の机に座った時と変わらない姿勢のまま
ほんの少し上を向いた
そして僕がその顎に首を落とした

後日、その時見た僕の顔には右目しかついていなかったと、稗田が言った

「キスをするのに探るような疑り深い目」

「キスするくらい親とか先公に気兼ねするのか」

「見られたら見られたでめんどくさ」

「僕は男で稗田は女。進路は決まっているし問題はない。今は」

「なんのつもりのキス」

「なんのつもりもないキス」

あんたの白いnoteみたいにね

「卒業しても会えたりするのかなってキス」

「噛んだら?」

「もう一度する」

「ファイターだね」

本当ならもっと前に答えを聞くはずだった

後から行くから教室で待ってろよと伝えた

物理室から直行して教室に行ったが、稗田はいなかった
10分…ウロウロしたり
廊下に出たり、階段を降りかけたり…
椅子に座って足を投げ出して
ポケットに手を突っ込んで考えていた
戻って下駄箱を覗いた
あいつの靴はあった
まだいる
階段をまた上がって二階の教室の戸の硝子窓を覗いた

「稗田お前よ〜。なんで二年の教室にいるかな〜」

稗田は窓の向こうを見ていた
窓際だが外は見えない
ベランダの塀は高かった

「ああ、あれ。川嶋。もしかして教室間違えた?」

「違和感ないのかよ〜」

「誰もいないから。でもあたしの居場所ではないよね。もう帰ろっかな。教室じゃなきゃダメだった用件?」

「別に…どうせコンビニ寄って買い食いするだけだし」

そしていつものようにダラダラと
コンビニのイートインで
ファストフードの擦り切れた椅子で
帰り時間をどう延ばそうか
硝子の壁の向こうの人波を見ている

僕を通り過ぎて
稗田を通り過ぎて
稗田を通り越して来て
僕を通り過ぎて

彼らの人生や生活のドラマを
知らないけれど
僕らの前を過ぎてゆく彼らには
少なくとも今
この場所は必要ないらしい
彼らには向かう先があるので過ぎ去ってゆく
時折り目が合うにしろ…

あれから
待ち合わせに応じていながら
二年の教室にしらばくれていた稗田は
なんとなく僕の用件を知っていて
間違えたつもりで僕を待っていたことに思い当たる

からかっているのは稗田のほうだ
からかっているのかと、稗田に聞かれたことだけれど
そのうちフザケルナ、と僕は怒るかも知れない

雪は今夜、やまないだろう
池の勾玉模様は消え
段落の輪郭を残しながら白く降り積もる
その水底に鯉は深く潜る
泳いでいたはずの水鳥たちは
いったいどこに消えるのだろう

「ところで川嶋、傘あるの?」

「ある。ちっせえ折り畳みの」

「コンビニまで入れてよ。ビニール傘買うから」

「制服濡れちゃうぞ」

「どのみち濡れる。雨よりは気分の悪さが違う。どうせバスも電車も遅れてる。今日は早く帰らない理由がちゃんとある。いつもイートインの向こう側を真っ直ぐ歩いて行く人たちみたいに」

僕はそんなことは女の子から言わせるものじゃないな、と思った

雪の降る前に鳴く鳥

鉄輪は雪に埋もれる










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