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「夜を駆ける」血の気の多い女優・須磨子の夢


「カチューシャかわいや乙女」
「サロメのごとく狂女」
「カルメンヤマンバ」

【日毎夜毎、須磨子は絶叫演劇】
【私生活も破廉恥!盲目の恋!】
【抱月氏との蜜月は藝術座の成功の鍵!】

[今日のインタビュアーは女優・松井須磨子さんで~す]
[松井さん、お疲れのところ大変恐縮です!]

なんとでもお言いな
構わないさ
あたしは松代の田舎の、元は藩士の出だけどもさ
ちっとも器量は宜しくない
万年貧乏ときて、もうちっと鼻が高けりゃ、嫁の行き手ももっとあったかも知れないね
旅館の嫁にはなったけれど、若女将なんて風情じゃないよ
あたしはすっかり毎日刺激がなくて、さぼってばかりいやがるから、なまけ者ーって、お暇を出されたよ
そしたらあんたなにさ、あたしはこの後二度も先生様とねんごろになるのさ
不細工な女がさ
人並みに結婚出来て何が不満で二回も離縁して
今度は歌って踊って、あたしの身体全部で表現する
「女優」と来たもんだ
おかげで作りもんの鼻が、中で蝋がトロけちまって
鼻が落ちちまってるよ、って抱月のセンセが笑うもんだから
お稽古中やら舞台中なんぞに鼻が崩れて、おたおたおろおろする看板女優がどこにいるっていうのさ
そんなことで財産持っても、あたしはとんと食べるものにも頓着しないしね
台本読みながら片手で食べられるたい焼き、あれはいいわね
世の中の奥さんお嬢さんの悩みと違ってね、須磨子は日常の疎ましさなんて気にしないの
ギャーギャーギャーギャー、身ぶり手振り大袈裟に騒いでいたって、全部が芝居のお稽古なのよ
あたしはお芝居出来て幸せもんよ

ただそうねぇ
サロメの格好した時もなんだけど、あたしは胸がないわね
おしろい入れるコンパクトみたいな丸い円盤を、鎖で吊るした乳バンドの衣装も、野暮ったい日本人の寸胴体躯じゃ
せっかくのブロマイドも泣いちまうわよ


そう思って売れっ子女優らしく、正絹の着物も紋付き羽織も水色の繻子の帯も時計も指輪も買ってあるわ

あたしはきっとチアンメイね
血迷うとか言って
血の巡りや塩梅が悪いってことさ
もう34の年増もいいとこだけど、毎月毎月、血が騒いで頭の中が何かがいっぱいにつまってるようで
おかしくなりそうだよ
抱月のセンセはそんな須磨子に新しい本(脚本)を書いてくれるのさ
あたしはセンセと、新しい時代と新しい女の輝ける場所を作りたかったのさ
あたしの居場所が欲しかったのさ
『小林正子』の居場所はどこにもなかったからね
『松井須磨子』で居場所を探したのさ

だけどさ
もう抱月のセンセはいない
須磨子にはセンセがいないと駄目なのさ
二ヶ月我慢出来ないねえ
また赤黒い悪夢がやってくるからねえ
もう悪い夢は終わりにするんだ

なんでも精進してれば間違いないさ
芸は身を助けるって言うじゃないか
恋は芸の肥やしだっけかね
あたしが芸の肥やしにされた気がしないでもないね

さあてね
あたしは寝ようとしましょうかね

なかなか起きて来なかったら、お道具小屋を覗いておくれね
須磨子はお稽古に遅れるのは嫌だけどさ、少しの間、センセの夢を見てセンセの側にいるからね

それじゃあね


[ありがとうございました~]
[藝術座・松井須磨子さんでした~]

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