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「七日帰り」

それは叔母の家に出かけて行った姉からだった

母親の口調から、電話の相手は姉であると思われた

時々、通電の際に受話器の向こうから、派手に相手の声が大きく漏れてくることがあった

今日は聞こえて来ない

遮るように、叱咤するかの母の声

顛末を聞きたかったが、母親と話すのは面倒でしかないので、そのまま階下に降りて風呂に入った


姉はその夜、帰宅しなかった


出かけて行ってから、姉が明日帰ると言った日は、ちょうど一週間目だった

七日帰り


人が死んでから七日七夜

初七日と同じだから縁起が悪いと言うことで

姉はそのまま叔母の家に留まったのか

ひとつき近く過ぎた

もしも電話の日に、遅くなっても日付の変わらないうちに戻っていたか

平安の御代のように、悪い方角を避けて別の邸に身を寄せる方違えと同じく

誰か友人宅かホテルへでも泊まっていたか

そのまま気が向いて、そこから短期のバイトに通ったりするくらいの姉である


少々厄介な病持ちの姉の気が晴れるならと、迷信に逆らうことと異性以外は、許容されていた

もはや迷信なども家族習慣のようなもので、姉は同性とも遊ぶのを禁じられ、行動のほとんども親に制限されていたような気がする

いつから姉はそんなふうだったのか


隣町の祖母が死んだおり

そこは行人の塚と呼ばれる、古い古墳のある処で

祖母を見送りに訪れた人の衣服を一部預かり、七日後に返すと言う慣わしがあった

まあこれも、身代わりと言う意味のこと

置いてゆけない者は、早々に席を立って帰って行った


ふと気付いた

姉の履き物が見当たらない

念のため草履の箱を開けて見る

から、だ

箱は偽装だった

姉のサンダルは、すでに父・母などが履いており、姉の上に上書きされていて、姉の物ではなくなっていた

姉は戻る足を残さず、出て行ったのだ

よくよく見れば、姉が想いを残している品々は見当たらない

でもわたしは知っている

つまらない品々ほど、引き戻されるエネルギーが強いと言うことを


お二階に上がったわたしは、パラパラとアルバムをめくる

姉の写真が残ってしまっている


なぜか足首が切り取られて写っている


帰る足はない、か

もともと寤生で産まれて来た人だ

目を開けたまま産まれたと言う胎児は

逆子だったからか


少女Aのように目の部分に黒い帯が引かれて写る姉の写真


聞こえないはずの足音が、軒下を揺らす


わたしは姉の真上にいる



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