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「サイダーじゃなきゃダメなんだよ」

「青山~」

気がつくと安住・・課長がすぐ隣のデスクにまで来て、立っていた

やっぱり呼ばれている?
気がしていたのに、構わず書類作成していたから『不敬』を買ったかしら

『サイダーの人』は、いつだって優しかった

仕事のミスなんて、気にするな
早く元気になれよ、って
そう言ってくれて・・いるそばから
サイダーあおりながら
去って行ってしまうけど

あ・・今日もまた
引き止める間もなかった
そう後悔するけど
とらえどころのない雰囲気のサイダーの人は
やっぱり雲の上の人だった

偉い人だったんだ
優秀でフリーダムで
頂点を知っている人

チャンスを掴む留める能もないわたし
安住課長のように仕事のセンスもスマートさもない
このフロアの中では
あくまで彼は上司だ
引きずってはいけない
お客様を第一に気にするべきだ
わたしだけ特別
依怙贔屓だと思われたくない
自分のやるべきこと
わたしが担うと決めたことだ

あの日出会った『サイダーの人』が
『上司』になって目の前に現れたから

ミスばかりする自分を見せるのが恥ずかしかった

「あ、はい!すみません」

慌ててチェアーをお尻で押した
デスクをガタガタさせて、席を立つ
もうこんな仕草ですら能力のうちと、見られてそう

「あの、またなにか ・・(したのでしょうか)」

じっと見上げる安住さんの瞳
ブラウン
色素、薄いんだなぁ

会社だって所詮、男か女しかいない
仕事が出来なければ戦力外
打てば響く言葉のキャッチ不全は期待外れ
装いもメイクも目の保養
気遣いは癒し
武器か鎧か鼻につくか
見かけ倒しじゃナメられるわ

「迷子の仔犬みたいだよ、青山って」

え?え?え?

なにそのポーズ!?
少女漫画だかレディース漫画だかわからないけどに出てくる、口元に拳当てて『クックック』って笑ってる下心ありありの、おっさんじゃないでしょ!?

やめて、そんな恥ずかしいことやめて言わないで、ここは会社よ
公園じゃないわ

「あ、昼だね。一緒に来てよ、青山さん」

はっとした
わたし
安住さんのことも
自分のことも恥ずかしい存在だと思った


壁の時計を見て、自分の腕時計も見て、安住さんは言った

「え、あ、課長・・」

なぜかキョロキョロしながら、遅れて後を追った


からかってるんですか?

からかってるの青山のほうだろ?

は?

いつも狙ってるみたいに現れるじゃないか

そんなの ・・安住さんこそ、わたし待っているの知ってて・・変な期待感残して勝手に行っちゃうじゃないの

わたしの中の妄想が加速する
ちょっと強引な安住さんがいる

姿が見えなくて1階のフロアでうろうろしていると、ビニール袋を下げた安住さんがわたしを見つけてくれた
あ、1階のコンビニで?

「じゃ、行こうか」

「あ、はい。すみませ ・・」

「また謝ってる、青山」

あのいつもの歩きながらしゃべって行ってしまう後ろ姿を、今日はこんなに近く追いかけながら歩いている
初めて一緒に歩いているんだ

公園のベンチ
隣に座るの、真っ正面で顔見るよりましだけど、緊張する

「青山、玉子サンドとツナサンドでいい?あと、サイダーとプリンね。青山は珈琲もあげる。女子はレモンとかミルクティーがいいのかな」

「あ、ありがとうございます。えと、お金、あのお金」

慌てて服を探るけど、そのままでついて来てしまっていた

「いいよ、青山。青山が俺の部下になってくれた二人だけの歓迎会だよ。おしぼり、これね」

「あ・・ありがとうございます。何から何まで・・」

わたしはいろいろ浮かんできて、恥ずかしさのあまり、下を向いてしまった
片方の指と手を指と手で慰めるように、撫でさすっては、所在なさげにしていた

年の割りには堅苦しい日本語使うとか、意味が通じる話してよ、と言われてちゃんと話せなくなる
秘書検定の勉強時代、挨拶状に出てくる文章や四字熟語を、変に記憶したままでいる

「わたし慌てん坊で。おっちょこちょい、ですよね。なんにもまだひとつ、ちゃんと最後までやり遂げたことがないんです。だから後から後から、やることがたまって、終わらないです。すみません」

安住さんは正面を向いて、空でも見上げるように

「青山は無色透明な人だから。サイダーのつぶつぶみたいに、音がなくても中でシュウシュウ、シュワシュワ、パチパチ弾けてる。
あの泡がいつまでも見ていたいくらい、好きだ。無色透明の、時々外側も水滴で濡れてキラキラしてて、僕は眩しいと思っていた」

「あ・・安住さん・・」

「だから僕はサイダーが好きなんだ。青山のことが好きだから、サイダーも好きなんだ。これ、告白になってない?」

ふるふると首をふる

ふっと安住さんが笑ったのか、サイダーのふちを吹いたような音がした

安住さんを見ると
サイダーから口を離して目を細めると
甘くてサイダーの匂いのするキスが
わたしを虹色のガラスケースの中に閉じ込めた


松下友香さんの「或る恋の話」4話の企画応募に参加してみました
自分はふだん、パロディはふざけて書く人なのですが、これは結構ドキドキしながら書きました
(二十代とか恋する乙女とかではないですから(´∇`)別の意味のドキドキで♪)

そう、企画参加すること自体ないんですよ
珍しいですかね?
こうやって慣れていくのも良いですね
でも気付かれなくてもいいかな~って、こっそりしてるつもりなんだけど

松下さん、書きました~

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