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幻想小話 第三十九話


宛先相違

また郵便が届いている
四日前に原稿の締切注意の注意喚起する手紙が来たので、昨日の散歩の時に郵便屋の大きな袋の中に入れていいかと断って、出して来た
振分けされているだろうから、もう発送されたはずだ
締切にも本当はあと半月ある
私の所在がコロコロ変わるのと、やる気のなさ
それに最近私の住む所は配達事故が多く、締切に間に合わないことが幾月前から多発しているのを、出版社が懸念したからだ
何一つ為になどならない田舎暮らしの世迷い言
そんな書き散らした紙束取りに、わざわざ泊まりかけで来なければならない必要とはなんだろうか
あるのは沼か丘か、藪山か、古い城址と寺社ばかり
その辺にゴロゴロとなんの為のものかわからぬ、石碑や置石が道端に転がっている、それを都の者が歩いていて気持ちがいいものではない
編集の若い者が来たいわけがなかった
いつ彫られたのか定かではないが、石碑が削れたり摩耗していたり、彫られている文字の溝も浅くなっているのが多く見える
青苔緑苔、楕円の皮膚病みたいな苔もついている
手入れの行き届いた霊園、仏閣などは外から見てもわかる
そこの土ですら埃もついていないような佇まい、いったいいつ箒で掃くのだろうと思う清々しさがあるものだ
この辺りの四辻には打ち捨てられた神や仏が転がり、埋もれていた
なんでも形だけ取り繕えば、信仰は飯の種に出来ると思う輩の捨て鉢の宝庫だった
迷信すら信じる者もなく
しっぺ返しやバチと言うものに当たる概念すらなく
むしろ人の心は混沌としているのに、肉体の力は凄まじく感じられた

ああ、生きている
肉体の力が強ければ
その声や肌の熱気を感知しただけで
気圧される

この辺りの寺社を預かる者たちは、あまり行き届いた手入れなどと言ったことに興味がないらしく、詩吟経の会だ、交換会だと言ってはバカ騒ぎをしているのだった

ああ、生きている
私には、生きている恥ずかしさと言うものがある
ああ、生きているのだという感動も喜びもあるわけではなく
人に胸を張ることの出来ない
恥なのであった


宛名をろくに見ずに封を破りかけたその時、私の名とは違うことに気付いた
久高寺からの涅槃会の案内状らしい封款がしてある
きゅうたかじ、などとふざけた名前である
ふと、久高寺の気になる話を思い出し、またも私は郵便屋へと向かったのだった
どうも便りと言うのは、気持ちが悪い
手元に私の一生知らぬような人に届くはずだった、しかも寺からの知らせ状である
早いところ、あの仕分け袋の中に投げ込んでしまいたいくらいである
しかもほんの一月前に寺の住職が、女の家で変死したばかりである
目の中に入れても痛くない程可愛いがっていたと言う末娘は、半狂乱のように泣き叫んでいたと聞く
小さな子供がいて乳も飲みたいのであろうが、とても正気で立っているのも座っているのも出来ないのだった
人々は可哀想で見るに忍びないのであった
嫁いで子も産んでいたので、孫の顔も見れ、息子二人も僧籍にあるので、心残りと言えば置いて来た妾と自らの評判だろう
一途に父親を想う泣き女と、二人の息子のお陰で、夫と妾に恥をかかされた大黒さんは、盛大な葬式を仕切ることが出来たのだった
赤い朱肉で郵便に宛先違いと押そうとしたら、誤って落としてしまい、私の白い着物に小さな点がついてしまった
考え過ぎだろうが、急いていたり気に病む事があると、必ずおろしたばかりの衣を汚したり、傷にしてしまうのである
目立たなくなら、万代にどうにかしてもらおう
だが、小さな兆しであっても私の心には面白くないものが巣くう
涅槃会の案内状と言うのも解せぬには解せない
釈迦入滅の日は定かではないにしろ、如月に命日を偲ぶと言うことで我が国にある
あながち今の季節に亡くなったとする南方では、かの住職が生前より親好があったから、あえてこじつけるならそのくらいしか思い付かない
二人の息子と南方へかわるがわる、修行に行っていたと聞くから、寺では如月ではなく皐月に催そうと目論んでいるのかもしれない
坊主の成仏など興味はないが、まだ喪中なのではないだろうか
坊主がツルッぱ毛の頭でふんどし一丁で、心ノ臓を射られて往生と言うのは、釈迦はじめ八百万の神々は正直どう思うのだろうか
坊主ほど成仏出来ないようなものはないような気もする

ああ、生きている
人の一生は長いようで短いのなら
思うように楽しんで生きて後悔しないことだ
人の一生が苦しみしか思い出せない長い痛苦なら
人はやはり死ぬ時に
やっと苦しみから解放されると安堵するのではないか

ジイイイイイイイイイイイ

相変わらず辻堂さんの大木で、虫が鳴いている
どうもこの虫は強い磁場や電流が流れている所にいるようだ
雨の降る前なのかと思っていたが、こいつらには雨や暑さは関係なく、年がら年中、昼でも夜でも冬でも鳴いていた
地震、雷、雹が降る
そんな時は鳴き声も変わっていて、とうとう自分の頭が可笑しくなってしまったのだと思うくらい、けたたましく鳴くのだった

里カラス
里山の雉

鳴き声の良くない鳥は、気持ちの悪い声で脅かすように夜鳴いたり、人が死ぬ前、続けて死ぬ時鳴いて知らせる不吉な使いと言われている
不吉な神託を運んで来た為に邪魔にされて、使命を全う出来ない、聞く耳を持たれない不運の象徴ともされる
私の所にも不穏な兆しがチラチラと見える
避けては通れぬのだな
隠れていても息を潜ませていても、災いは向こうから私を見つけてやってくる

兆し鳥
雉ーきざし鳥、その名は鳴き女


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