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幻想小話 第二十八話

縛り曼陀羅④

不思議な古本屋に入ってはみたものの
御勝手にどうぞ、の貼り紙通り
ただ飯を馳走になるのも可笑しいので
何か古本を買わねばなるまいか
いや、この時点で去れば良いし
古本だけまず見ておけば良いが、誰もおらぬとみえ
古本を持ち去るのも心苦しい
古本なので台帳に名前と住所を書いていかねばなるまい
気になる書物があればの話である
万代は元来何も話さぬのだが「あなたは召し上がるつもりなの?」と、いぶかしげに私を見上げている
臭いはひどいが旨いかも知れないじゃないか?
着物が臭くなりますわ、それに白地です
なるほど今日は、麻の葉模様の薄す物でしたね
私たちは互いに心の中で思う言葉で、古本屋の印象を語りあった
声を出さずば悟られることもあるまい
氷・・ないのかしら
万代はがっかりしたような顔をしている
私は古本棚を探ってやると棚の奥に、下から上に引き上げるつまみがあり、上に押し上げると中には氷室が広がっていた
私が万代の肩を叩くと、まあ、と不思議そうな顔をして覗きながら手をそこにかざした
涼しい・・
意外に普通な演出らしいね
じゃあ、あなた、あれ召し上がれば?
万代が鍋を見やる
きっとこの綴じ本の食べ物の作り方ではなくて?
黄人的指南書となにやらシミになっているものを万代が、手に取って来る
なにやら痒くなってきそうなおもむきである
後世になれば、この手の古い書物は焼かれたり、鼠に噛られたり、水に流されてふやけてしまい残らないこともあるだろう
本当に鶏の皮かしらね
たぶんこの綴じ本の材料は違うようだね
まあ、一応本屋だから気を遣って普通の食材にしたのね
万代は困り眉で苦笑した
店主は書かれているのが本当か実験するのが好きなようだね
文字には天の声の欠片がささって降りてくるわ
でもまあ、子供を薬草や聖水で煮ても生き返らないから、まず丈夫にはならないだろうね
それはどんな根拠があっての行動なのかしら
うーん、培養された塩の塊から心臓みたいなものが出来るってくらいなんだから、温度や湿度と腐敗は憧れを抱く対象かもしれない
その心臓の鼓動みたいなのは違うわよね、違う生物が孵化しただけよ
あくたゴミが動いただけでも感動なんだよ
貴女とこんなふうに理科化学の会話出来るのもまた
寝ている女に日光が射して赤珠を産んだなんてのも
なにかの比喩なのかしら
赤や茶の瑪瑙の産地だとか
実際人間の身体の臓器には、石だの歯だの爪だのが出来てしまい、異物である故か代理での産みの苦しみであるのか、排出できずにいると激痛苦をともなう
この国の人間にはこじつけが必要なのだ
肉体にも精神にも
生きて行くのには娯楽と生き甲斐と現実と非現実の境界が必要だ
食べてみようかな
ここの店主と同じ釜の飯ね
見ると皿の上にちょこりと、押し麦の小山が盛られている
あら可愛いわ
やはりどうも食べるのは怖いねぇ
この曼陀羅布を頂いて行けば良かろう
私は懐から懐紙にさらさらと書き記して卓上に置く
代金はおそらくそれで足りるだろう
私は曼陀羅布を抱えると、万代が後について店を出る
面白かったですわね
その曼陀羅布も変に色づいてますけど
大丈夫かしら
あなたのような殿方がお好きなようね
家に来たアレといい勝負じゃないかな
万代はふふふ、と笑って胸元から小指の爪程だが、小さな紫水晶をぽん、と本屋に放ったのだった
ひどいなあ、要らないからって置いて行くんですか?
遊び相手に引き取ってもらうのですわ
うだりかけた夏
私と万代は少しずつ、夫婦のようなものになっていく







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