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幻想小話 第四十一話

隠れ里の神

紫紺の空の煌星は、近頃ずっと早い夕暮れのうちから耀いている
澄んだ夕焼け空と清涼な風が冷たく暗くなるにつれて、大きく煌々とした光を増す
細い金くさりのような三日月の下に、ぴったりと長く静止している
たぶん、恐ろしい速さで動いているのであろうが、肉眼では非常にゆっくりと動いて見える
朝靄に珊瑚が溶け出したかのように夜が明ける
金色の帯がところどころに見え隠れ、名残惜しく私が見上げているのを知っているかのように、煌星は消えていく
天の星あかり
白烏をはべらせて白んだ空に駆け上がる

星の欠片の敷き詰められた
黒いビロウドーの絨毯を素足で立ち
人の天命をじっと見つめるのは

星々の姫君

かの人は月の女神でもあり
死と再生を操る
かの人こそ完全なる瑞兆の白子であった
血液が赤く透けた瞳の中で、映し出される涅槃絵、地獄絵

見つめる先は夜叉となり、肉と業と悦楽を貪る蛇姫(ダキ)が、死んだばかりの骸の、供物の心ノ臓を食い付く姿
毒蛇と悪龍との闘いで、迦楼羅神はその炎で彼らを八つ裂きにし、吐く炎で焼き、再生させず食うことが出来る唯一の神
私の守り不動、文殊菩薩の化身である

ジジジジジジ....

夕暮れ時、私はまた辻堂さんの十字路にさしかかる
また鳴いている
朝は鳴いていなかった
昼間、鳴いている時があった
夜行性なのか、冬でも鳴く蝉なのか
仮に蝉だとして、私はこの蝉を雷虫と呼ぶ
流電地帯が好きそうな虫だからである
その雷虫を探したつもりが、相変わらずどの木にいるのか見当もつかない
十字路の西の、大木の枝の影にぼうけた、暗い橙色の三日月が見えた
三日月だと思ったのは、夜の濃くなった空に隠れているものの、先刻の金くさりの三日月よりは肥えていて、下弦の月、それも満月の底の部分が三日月のように見えるのだった

近頃縁があると見え
散歩がやけに遠出だ

高い木の上に降り立つ神の社に
三峰神社
稲荷大明神
山王権現
天満宮
別雷神社
日光東照権現
なんとも可愛らしい六体神が並んで、小部屋の社に鎮座する
いや、相すみませぬ
雷公様を忘れてしまうなどと
ドンピシャで稲荷大明神の部屋の前に立った時、私は思わず笑ってしまったのだった
如月の頃はお身内の所で悪いものを拾って来て、大変な目にあったが、このまま難はあっても万代との繋がりを信じて前をゆこう

やや離れたところに八大竜王が祀られていた
雨乞いの、そして嵐を防ぐ、水府の都の竜神たちである

不動明王がいる所に近付く日は必ず、雨と寒さに悩まされた
その地に行く日のみ、ほぼ雨に降られるのであった
もっとも地形に関係するらしく、通り道のそこは一年の大半は曇天模様
湿度の多い所で、異様にジトリとした汗が肌着を、ひと夏で駄目にした

今日は、今日も今日とてなんら代わりばえのない日
だが、小さな約束されたご縁に、今日は良き日だと微笑みながら、後にする
今日は風を感じられなかった
花の香りすら、どこからもしなかった

人の住む邸に天に向かって衝く、長い細い棒状のものを屋根に括りつけた所が何ヵ所かあった
時にそこに降り立ち、地上を観察し、大木の木の間からじっと覗く神があるのかも知れない

私には滅される所業がありましょうか
ございますな
ただそこに降り立たれた暁には、どうか人間をよく見張っていてください
私が怒りで猛り狂い、毒蛇たちを踏みしだかないように
私が正気のまま、此の世を去るように
どうか私を見張っていてほしいのです
人として万代と、人の道を歩いてゆきたいのです

どうぞ明日もお天気で





 



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