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「天女襲来」

夏祭りの露店で買うカラフルな、絵の具がチューブからうねり出したような模様の水風船
シャボン玉風船って言うのかな
右手の中指にゴム引っ掛けて、ぼしょしょん、ぼしょしょん、手のひらに引戻しては跳ね返す
君はなんでそんなもの買ったの?
僕は心の中で聞いてみる
ラムネの瓶を買おうと思って、少し君を見失う
氷水の浴槽から取り出された水色の瓶
手がひやりとする
夜の闇の中露店のライトに反射して、濡れた部分の露が急速に引いていく
くびれたそこは見つけた君の腰あたりだろうか
すぐわかる、君は白地の絽に橙色や紺や桃色の、細かいへった模様の着物を着けている
帯は細い水草の繊維を編んだような、水色の部分も入った茶系
赤や黄色の大鉢の水槽の中で浮草と泳ぐ金魚たちとは違う
それを着た君を昼間に見てみたかった
君は群れでは泳がない
自分は泳げずに溺れる魚だと知っている
僕は近いうちにまた君を誘う
その汗ばんだ絽の着物を、洗い立てに出す口実を与えないうちに
なにも言わずに君の背中を見ていたら、やっと気がついて振り返る
「ああ、いた」
後ろを見たら僕がいたのでほっとしたような、当然よ、のような顔でもあって、僕はますます昼間に会って君を困らせてやりたくなった
君はちょっと首を傾げて僕の後ろを覗き込んだ
「ラムネ飲む?」
とっくに蓋を取って、ビー玉を下に落としてもらってある
その着物に砂糖水なんてこぼして、べとべとにされたら困るから
「あ、ありがとう」
飲むたび、ビー玉が瓶口を塞ぐから、君は唇をすぼめて顎を高くして飲む
「んー・・」
僕は君の口を口で塞いでしまった
君の咽から上がってくるラムネの匂いと、甘い砂糖水がついた唇のふち
丸い可愛いおでこにも触れる
「さっきなに見ていたの」
僕は君にささやいた
君はちょっと考えて
「あなたの後ろがお祭りの明かりと夜と霞みに、燃えるような景色だったの。たくさん黒い影とダンスでもするように、回転していたわ。たくさんの火の粉を引き連れて、あなたはその中で一人で静かにわたしを見ていたの」
僕はへぇ、と感心して彼女がビー玉を欲しがったのでまた露店に戻ることにした
今度は二人で夜の霞の火の中へと



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