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「Bar 駝駱龍〈ダラクロン〉」

『RIICHとTATUOと二人のNAOKOと時々YOSIKI」

呑めないくせに我々三人は酒を浴びるように飲み、ダレて行った
YOSIKIに至ってはアルコール・・痛み止めの鎮痛剤まで一緒にあおり始めた

「は、鼻の裏側に熱いもの!いや冷たい!のぼったりおりたり、スーッと通って行く!!」

(体感異常というやつかしら?まだ末期ではなく、中期症状の望みはあるだろうか)

YOSIKIは🥃を握りしめて、ゆん手はこぶしを作って卓上に叩きつけた
最近凶相というのか、酒の毒素が沈殿したかのように、顔色がどす黒い
それよりも目の下のクマが濃く、押印でもされたかのように縁どられている
まじまじと見入ってしまうのは悪いと思うのだが、人はYOSIKIを見た瞬間、そのクマどり面のような顔から目を逸らすことが出来ない

なおかつYOSIKIの頭髪は岩海苔のようにはりついていて、海坊主のような様だ
同じクマどりをしても、覇王のような力強さと真っ直ぐさが、生気すらが感じられない

「歯がいてぇ」

YOSIKIがそう言い出すようになり、まもなくすぐに彼は歯痛止めとアルコールを手放せなくなった
よく座っていられるなと感心するくらい、YOSIKIは池の前で一日中釣りをしていた
もっともビクはいつも空で、酒瓶が脇に置かれていた
いつまで経っても帰って来ないので見にゆくと、それから中途に酒瓶を届けることに決まったのだと家人に聞いたことがある

ANGOの堕落論のほうがまだ陽気に明るく、許せて来るようなおおらかさがある
YOSIKIのそれは陰気で救いようがない、背けたいものがある
かといって大胆奔放な破戒なわけではないから、ゆらゆら漂って沈みながら浮かんでいるのをたまに見かけて、ため息を漏らす程度だ
釣りだけは一日中耐えられるのに、YOSIKIが新作を書いたという話は聞かない
ただ時々、池の前で釣り糸を垂れているYOSIKIと簡素な質材にひたむきに描かれた、女流イコン画家の天使が背後に重なって見える気がした
彼女の名はRinnと言った
こんな処に来るような人ではない
生前は結構いける口であったそうだが
昇華され
今はとても良い場所にいると聞く

「おい、RIICH。頭髪がヤヴァイんじゃないか?その分け目と後ろに吹っ飛んでいるのは。糊で固まった刷毛が風に吹かれたようだ。唾で撫で付けるのだけはやめたほうがいい。細君が可哀想だ。ねぇ?」

チラリとTATUOがカウンターの先をうかがう

(それはもちろん)

TATUOは冷静な分析眼を持つ

「そうだ!kappa野郎とごぶはってらあ」

ふだん無口なYOSIKIは友人の前ではしゃべる
逆に酒と差し向かうと大人しい
酒を見つめているのか、自己と対話しているのかは、我々にもわからない

「確かにあの髪型があの人の存在したことの、大半において強烈な印象を植え付けたと言っても過言ではない」

「美男と言われながら、頓着はなかったのだろうか」

「あれ、美男子なのか?」

「死者への冒涜だな」

「どうか河童と呼んでください」

「おい、マダム。ここだけの発言にしておいてくれ!自由批評ということで!」

「あら、御本の中身の討論をされればおよろしいのに。装丁ばっかりでは中身が薄いですわ」

NAOKOがカウンターの向こうで笑う

「装丁は惹き付けられなければならない」

「でなければ売り買いが成立しない」

「あら、まさか女性のことをいってらっしゃる?精神的にも社会的にも、女性は解放されなければならないと認められたわ」

「そもそもオレたちは!文字が好きなのだからして!」

「YOSIKI、寝てろよ」

「それは理論上でそうしておいたほうが良いと抱き込んでいるだけだ。女がしゃしゃり出ると男は萎える。昔から女と坊主が政治に口を出すとろくなことがないのだ」

「女はさりげなく丁度良い時分に、気配りを提供すると、男は気持ちが良いものだ」

我々はもうひとりいるNAOKOに、また先のNAOKOにも語りかける

ああ、はいはい、と軽くうなずき二人のNAOKOはカウンターの向こうで作業を続ける
グラスを拭いたり、小さな盛り付けをしていたり
そこでさりげなく『CAMEL』が燐寸とともに差し出される
そんな洒落たジョオクを彼女たちが知るよしもないか

「じゃぶじゃぶじゃぶ・・鬼の声」

YOSIKI酩酊だろうか

「じゃぶじゃぶじゃぶ・・鈴の音・・。なんで・・海水なんかないだろう・・池に放した金魚が鯛になってたんだよぅ・・オレは喰ったんだ!鬼のようにじゃぶじゃぶと!だから歯が痛い!」

「じゃあ何も食うなよ」

「だから飲む!」

「死ね!うるさい!」

「死んでいるから書く!書ける!」

YOSIKI訳がわからない
ここに御本家のANGOが飲みに来れば、非常に面白いと思った

夜は深く更けてゆく
ずっと夜が続くような世界の話だ
ここBar駝駱龍では、死んでも迷える作家たちが、タロンジロンの堕落論で白熱する場所
誰かにとっては砂漠のオアシスで
見失った星の代わりに、明りが灯り続けている

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