見出し画像

「渇破口」ーかっぱこうー①

若菜雪

春菜雪

春に降る雪

桜雪

満身綺麗の人、帰り来たりて涙襟に満つ

(まんしんきらのひと、かえりきたりてるいきんにみつ)

蚕を飼う人ではない人は
自ら絹を好み纏う
たも美しくあれと、誉れと思い絹を贈る

蚕を飼う苦労を知らぬ者は
さも自らが稼いで買ったかのように
その身を飾る

美しくあれば、たも溜め息で見惚れてしまう

ふさわしき人が身につける事柄と納得しながらも、美しき人と我が身を比べ涙する

もっぱら木綿の、汗とか湿気を吸った擦りきれた布を着ている 

美しき蚕
しゅるしゅると
自らの糸を吐いて自らの身を包み繭に閉じ込める

湯がいて湯がいて、繭をほどいてゆく
黒く縮んで、こごんでいる蚕の死骸

こんな世に
その身とひきかえに
なぜそんなにも美しい糸を残してくれるのか

大坂を下れば
ふいにキラキラと輝く海が出てくる
よくよく思えば
それは海でも湖でもなくて
牛久の沼という、大きな沼なのだった

むかしは、沼が深すぎて牛が食われたってんで
牛食いが牛来い、牛久になった
もとは大田沼といった

何段も坂を上り下るうちに
舟を寄せたり、立って釣糸を垂らすための、小さな足置き場がある

泥の深い
ナマズやウナギが好む、濁り水の沼だ
河童が棲んでいると、誰かが言い出すのもおかしくねぇ
昼を過ぎて、あっという間に翳って来る
夕方なんて風はぴゅーぴゅー吹いて来るし、誰もその時分に沼には行く者はないねぇ

河童を好きな絵を描く芋銭先生が
ぽかぽか日和りに
たまあに、散歩の足を伸ばし過ぎて
腹イタで動けなくなっているとかねぇ

河童と言えば芋銭だからねぇ
河童画の小川芋銭だよ

元は東京
赤坂の溜池で産まれたお人だが
その琵琶湖にも負けじと知れた赤坂の溜池が
次々埋められて行った頃には
芋銭少年は牛久の沼の鮒やドジョウや川魚を食べて育っていた

それにしては最後まで丈夫にはならなかったねぇ

牛久はとかく夜がこわいところだよ

夜がしん・・としているからね
それでも沼の汀・・
波打ち際の音が聞こえてくるようでね
目を開けて魚が眠って
口をパクパクさせて
人間みたいに横向きになって空を見ているんだ
時々風が雲を流して
かすかに月を見せる

あれ、地震だね

やっぱりナマズが騒いでいるね

明日は少し、冷えるんだろう

花冷えってやつかね

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?