見出し画像

本を作る一年に向けて/不完全でも書いていく/いかにプロジェクトをデザインするか/完全な「本」という傲慢さ/物書きエッセイ /今年の手帳セットについて

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~ 2021/01/11 第535号

○「はじめに」

ブックカタリスト第三回が公開されました。

今回はごりゅごさんのターンで、『功利主義入門』をテーマに話しております。特に意識したわけではありませんが、人文系の話をライトな感じでトークする番組に仕上がりつつありますね。

引き続きいろいろ本について語っていきたいと思います。

〜〜〜新聞の安さ〜〜〜

『独学大全』の書評を荒木優太さんが書かれたというので、超ひさびさに朝日新聞を買いました。コンビニで150円。

書評記事を読み、それ以外の記事もパラパラと読んでみたのですが、「これで150円って安くないか?」と素朴に思いました。

インターネットを使い始めたとき、ニュースにお金を払うなんてバカらしいと感じました。だってダダで読めるじゃん、と。しかし、2021年のインターネット状況を見ると、プロの記者が書いた記事を綺麗なレイアウトで読めるなら150円は決して高くはありません。

いや、そんな当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、この十年はそういう「当たり前」からどんどん遠ざかっていた十年だったのだろうと今は思います。

〜〜〜ランダムな出会い〜〜〜

ふと思い立って、以下のページを作りました。

◇中公新書おみくじ
http://honkure.net/tool/sinshoomikuzi/

ボタンを押すたびに、ランダムに中公新書の本が表示されます。考えてみると、こうしたランダムな本との出会い方は、デジタルであってもあまり実現されていない機能だと思います。他にも三冊の組み合わせで表示したり、他の新書レーベルもミックスしたりと、機能の拡充はいくらでも考えられます。なかなか面白いですね。

それ以上に、こうしたことをふと思い立って自分で作れることって実に素晴らしいなと思います。まさにそれこそが「パソコンの力」であるでしょう。

〜〜〜本棚の増殖〜〜〜

書店のコミックコーナーをぶらぶらしていたら「呪術廻戦売り切れです」というポスターを見かけました。『鬼滅の刃』人気で、コミックが入手困難になっているという話は聞いていましたが、『呪術廻戦』もそうなっているとはびっくりです。

そういえば先日姪っ子に会ったとき、「領域展開!」と楽しそうに叫んでいたのを思い出しました(中二病の素質がありそうです)。Amazonプライムビデオで配信されているので、きっとそこで見たのでしょう。作風的には違いがありますが、「悪しきものを払う」という点では『鬼滅の刃』に似ていますし、作品のグロさも通じるものがあります。こうやって、人は作品から作品へと渡り歩いていくのでしょう。

それだけでなく、これまで漫画の単行本を買ったことのない子どもが『鬼滅の刃』を全巻揃えたことで、コミックをコレクションする楽しみを覚えたはずです。そうなのです。あれは実に楽しいのです。いつでも好きなときに、好きな漫画が読み返せるのですから。スマートフォンなら使っていい時間などが制限されているかもしれませんが、コミックならそんなのへっちゃらです。一日一話だけ無料で読めるアプリのような制約もありません。

きっとそのような体験に目覚めた子どもさんたちが、『呪術廻戦』のコミックも買っているのでしょう。実に良い話です(と個人的には思います)。

単純に一度ストーリーを読むということだけならば、単行本と電子書籍アプリには対した違いがないかもしれません。しかし、「本を買って、家の本棚に置いておく」ことには、それよりもずっと素晴らしい体験が付随してくるのです。そういう「当たり前」の価値が、改めて再認識されているのかもしれません。

〜〜〜postalk〜〜〜

執筆中の本の第三章の原稿を整理するために、ひさびさにpostalkを使いました。

Webブラウザで使えるシンプルな付箋アプリで、公式ページには「chat editor」と書かれています。不思議なフレーズです。

付箋系アプリ(あるいはホワイトボード系アプリ)でいうと、最近ではmiroが人気なのですが、miroに比べるとpostalkはあまり機能が充実していません。付箋を作り、それを配置する、というごくごく基本的なことができるだけです。付箋の色を変えたり、サイズを変えたりすることもできません。

でも、使いやすいのです。というか、「だからこそ」使いやすいのかもしれません。

機能が削ぎ落とされている分、ユーザーは迷うことがありません。書くべきことを書いて、どこかに配置する。考えるのはそれだけで済みます。そして、特定の用途において必要なのはまさに「それだけ」なのです。

この「特定の用途にターゲットを絞り、その用途にベストマッチするようにツールを機能的に仕上げる」という思想はScrapboxと似たものを感じます。機能をバンバン拡充していき、いかにもリッチなツールにする、というアメリカンな(なんとなくアメリカンな感じがします)な思想ではなく、機能を研ぎ澄ませてツールとしての洗練度を高めていく。なかなか簡単にできることではありません。

デジタルツールの場合、詰め込もうと思えばいくらでも機能は付け足せます。メニューも階層化を使えばいくらでも増やせますし、ボタンも表示領域を増やせばいくらでも追加できます。でも、そうした拡充が本当にツールの使いやすさに貢献しているのかは、本来しっかり検討したほうが良いのでしょう。

機能が増えることは、ドーパミン的興奮を高めますが、案外それだけしか「効能」がない場合もあるのでしょう。

〜〜〜Q〜〜〜

というわけで、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。

Q. 最近紙の本を何か買われたでしょうか?

では本編をスタートします。今週は前回の「倉下の今年のテーマ」話の続きです。

画像1

○「本を作る一年に向けて」

前回は私の2021年のテーマ「本を読み、本を作る一年」を紹介し、前半部分の解説を終えました。今回はその続きからです。

さて、まず最初に注目したいのが「本を作る」という文言の選択です。「本を書く」ではなく、「本を作る」。この言葉のセレクトにはもちろん意図があります。

「書く」から「作る」への目標のシフト。「本を作る」を目指して進んでいくこと。それは一体どういうことでしょうか。

■特別な嬉しさ

前号で確認したように、2019年の終わりから2020年の前半は「休業モード」で過ごしておりました。こうしてメルマガを書くこと以外のアウトプットはほとんどお休みしており、当然何一つ「本」は出版できていませんでした。停滞の季節です。

しかし、時は巡り、体調は回復し、私も文章を書く喜びを再び(そして以前よりも強く)感じられるようになりました。そんなときのことです。いつものようにTwitterをエゴサーチしていたら、私の本の感想を見つけました。面白く読んでもらったであろう様子が伝わってきます。そのときしみじみ感じたのです。「ああ、自分の仕事とは本を書いて、こうして誰かに読んでもらうことなんだな」と。

私はいろいろなアウトプットをしています。こうしてメルマガも書いていますし、ブログも書いていますし、ポッドキャストもやっています。それぞれに反応もいただけます。多くはTwitterですが、たまにメールで感想をもらえることもあります。どれももちろん嬉しいものです。

それでも、本についての感想は、それとは別格の嬉しさがありました。込めた手間と時間の違いがあるのかもしれません。そこにある自分の思いの大きさがあるのかもしれません。理由は何なのかは判然としませんが、ともかく他のアウトプットに比べて、本にもらえた感想は段や桁が違うというよりも、質が異なるものでした。代替が効かない、とすら言えるかもしれません。

もし私が動画投稿者を目刺し、今の10倍稼げるようになるとしても、これと同じ嬉しさが手に入らないならば、私はその道を選ばないだろう、と信じられるだけの強度の嬉しさがそこにありました。

だからもっと本を書いていこう、いや、本を書いていくだけでなく、本を届けていこう。そんな風に思ったわけです。

■何によって憶えられたいかね

かつてピーター・F・ドラッカーは次のような問いかけを紹介しました。

>>
私が十三歳のとき、宗教の先生が、何によって憶えられたいかねと聞いた。誰も答えられなかった。すると、今答えられると思って聞いたわけではない。でも五〇になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよといった。
『非営利組織の経営』
<<

本を届けていこうと決意したとき、私はこの話を思い出しました。私は一体何によって憶えられたいのか。もちろん「本を書く人」です。とは言え、今こうして「もちろん」と言い切っていますが、二年前はそこまではっきり断言できなかったと思います。「ブロガー」も候補に上がっていたでしょうし、他にもいろいろあったでしょう。ふらふらと迷っていたのです。

そうした迷い自体は別に悪いことではないでしょう。人生の初期は自分の可能性を探索するものです。探索とはつまり「うろうろ」することです(Roam ResearchのRoamという言葉の意味でもあります)。しかし、年齢を重ねて、いろいろな経験を積んだ後、「やっぱりこれだな」と言えるようになること、別の言い方をすれば、他の可能性を捨てても良いと思える選択肢を見つけることは大切なことだと感じます。

で、私はそれを見つけたわけです。I got it!

ドラッカーは、この問いかけに向き合うと、数年後の仕事が変わってくると言いました。おそらくその通りでしょう。私も、その変化の一歩目を今年から進めていきたいと考えています。

■では何が変わるのか

そこで問題となるのが、「では、何をしていけばいいか」です。

新たな目標を立てるまでもなく、私はこれまでずっと文章を書いてきました。ある意味で、本の素材となるマテリアルを生産し続けていたのです。年間に生み出している文字数は、ちょっと計算できないくらいです。

でも、それだけだとも言えます。文章を書いているだけなのです。

ブログを書き、メルマガを書きとはやっているけれども、「本」は生まれていません。ただただ素材を量産しているだけです。大量に木を切っているけども、家の建設はほとんど行っていない状態が近いでしょうか。さて、そのときその人間は何として憶えられるでしょうか。おそらく「きこり」でしょう。「大工」ではないはずです。

これを変えていかなければなりません。「この人は本を書く人だ」と憶えてもらうには、「本を書く」だけでなく(正確には文章を書くだけでなく)「本を作る」必要があるのです。

これが、私が今年のテーマ後半を「本を作る」とした理由です。

文章を書くことは必要ですが、それで十分なわけではありません。目指したい道を歩むには、実際に「本」を(言い換えればプロダクトを)生み出す行為を積み重ねていくしかないのです。

では、具体的に何をしていくのか。それについては下で続けましょう。

(下につづく)

*本号のepub版は以下からダウンロードできます。

ここから先は

9,105字 / 4画像 / 1ファイル

¥ 180

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?