見出し画像

構造が作れるWorkFlowy、親近感のあるScrapbox/読書は目に見えない/ゆっくり記事を書く/企画案の作り方その2 〜誰が〜

Weekly R-style Magazine ~読む・書く・考えるの探求~2020/06/01 第503号

はじめに

はじめましての方、はじめまして。毎度おなじみの方、ありがとうございます。

先週、ついに40歳になりました。

40歳。

じっと手のひらを見つめたくなってきます。

想定では40歳までに、一つの大きな仕事として『僕らの生存戦略』を書き上げる計画でしたが、現状の進捗だと40歳のうちに完成させる、くらいがちょうどよい目標になりそうです。

まあ、誕生日をまたいだからといって、精神的・肉体的に大きな変化が生まれるわけではありませんが、それでもいろいろなことを考えないではいられないことも確かです。

〜〜〜オンラインレビューの状況〜〜〜

先週の月曜日に、オンラインレビューに挙手していただいた方に依頼のメールを送信し、epubファイルをダウンロードしてもらえる状態にしました。

現状は第一章の原稿だけですが、それでも2万字ほどある原稿なので、レビューの返信があるのは一週間後以降になるだろうな〜と思っていたら、なんとその日のうちにいくつかメールが届いていました。びっくりです。

でもって、軽く目を通してみると(本格的に読むとそちらに頭が引っ張られそうだったので軽くにとどめました)、たいへん有益な指摘がどっさり。

やっぱり、どう頑張ったところで、著者ひとりが目を配れる範囲には限りがあるんだな、ということを痛感した次第です。

あと、「続きを楽しみにしています」という言葉もいただいて、それがすごくエネルギーになりました。たとえば、「倉下さんの活動応援しています」と言ってもらえるのも嬉しいのですが、原稿を読んだ上で「続きを楽しみにしています」と言われると具体的に私の心に響いてくるのです。「そうだ、この原稿を書くのだ」という絞り込まれたモチベーションが湧いてくるのです。動機づけのツボを押される、と表現できるかもしれません。

そういえば、歴戦の編集者さんたちも、そうやって著者をモチベートするのがうまい方ばかりでした。これもまた、著者ひとりの執筆では得られない助力です。

とは言え、これは別に「レビューでは、そういうことを書いてください」とお願いしているわけではありませんので、あしからず。あと、別段急いでもいませんので、ゆっくり進めてくださいませ。

〜〜〜リスクフルな状況にいかに立ち向かうか〜〜〜

リスクの取り方には、人の性格がよく出ます。

安定的な状態では誰しもが似たような行動を取りますが(=ある種のナッシュ均衡がある)、状況が不安定で、リスクとリターンが確定しきれないとき、人それぞれの行動の選び方が出てくるのです。

で、他の人が麻雀をしているのを見ると、それがよぉぉくわかります。安全第一でいくのか、バクチに出て大きなリターンを狙うのか、リターンとリスクのちょうどいいバランスを攻めるのか。

リターンとリスクの計算は、脳の理性的な活動ですが、どのくらいリスクをとるのかの決定は直感的・感情的な判断です。それはなかなか「演技」できるものではなく、「素」の部分がいやおうなしに顔を出します。

で、さまざまな判断を下す人が四人テーブルにつくから、麻雀は実に複雑なゲームになります。それが麻雀の醍醐味の一つでもあります。多様性こそが麻雀の面白さを形作っているのです。きっと皆が同じだったら、もっとつまらないゲームになっていたでしょう。

でもって同じことは、現実社会でも言えるんじゃないかなと思います。

〜〜〜書くことの苦しみ〜〜〜

先週紹介した記事の続編が公開されました。最後の一回です。

この回も非常に面白かったので、ぜひご覧ください。

〜〜〜質問の仕方〜〜〜

質問の仕方って、存外に難しく、しかもあまり教えてもらわない事柄です。

たまに私宛に見知らぬ人から(ブログ経由で)質問のメールをいただくのですが、丁寧で読みやすく、何が聞きたいのか、なぜそれを聞きたいのかがわかるメールもあれば、そうでないメールもあります。

で、そうでないメールにも、要領を得ないメールもあれば、もはや私を怒らせようとたくらんでいるのではないかと勘ぐってしまうメールもあります。もし、そのような意図がなくメールを送っているのだとしたら、その人は周りの人が不親切な人間に思えてしまうでしょう。それは結構つらいことです。

ちなみに、うまい質問をするためには、質問され慣れるのが一番です。自分が質問に答えるときに、どのような情報が提示されていると答えやすいのかを知っておくと、質問がうまくできるようになります。

大学などの人がたくさん集まる場だと、質問がうまい人の聞き方に耳を澄ませておくという手もありますね。うまい人は、本当にうまいもので、ある種のスキルがそこにはあります。

そこまで突き抜けなくても、適切に質問できるスキルは持っておきたいところです。

〜〜〜ニューノーマル〜〜〜

最近「ニューノーマル」という言葉と、その中身に関する議論をよく見かけるようになりました。

が、「普通」ってそんなふうに定義づけられて、外から押し付けられるものじゃないよな〜と、感じます。単に私がひねくれているだけかもしれませんが。

〜〜〜どのように「再会するのか」〜〜〜

書き留めた作業記録の利用方法について考えていたら、何かのアプリケーションで読み上げさせて、それをポッドキャストとして放送するというアイデアを思いつきました。なんとなく面白そうです。

で、それを思いついてから1分後くらいに、自分のアイデアメモが延々と読み上げられているラジオ番組(24時間放送)というものを思いつきました。

目の前の作業に飽きてきたら、そのラジオ(音声ファイルで可)を流し、自分の過去のアイデアメモと「再会」するのです。

デジタルツールで本格的にメモするようになってから10年以上経っていますが、やはり一番の課題は、書き留めたメモたちとどのように再会するのかです。音声の利用は、これまでになかった新しい切り口になるかもしれません。

〜〜〜著者買い〜〜〜

私は面白い本を読んだら、同じ著者の本を追いかけることがよくあります。いわゆる「著者買い」というやつですね。

そういう買い方を自分がしているから、自分の本の感想をTwitterでつぶやいてくれた人が別の本も読んでくれているのを知ると、すごく嬉しくなります。エゴサーチの効用です。

〜〜〜今週見つけた本〜〜〜

今週見つけた本を三冊紹介します。

「ポケモン」や「ドラゴンボール」や「新日本プロレス」のような日本発でありながら、米国に市場を築き上げた「オタク」なコンテンツがいかなる戦略のもとで展開されていったのかを解説する一冊のようです。

人は「かわいい」もののどこに惹かれるのか。さまざまなキャラクターを分析しながら美学と倫理について論じられています。面白いのは、「キュート」なものには、かわいさ、幼稚さ、不確かさ、不気味さといったアンビバレントな要素が含まれているという点。たしかに人気のキャラクターは、単純なかわいさだけでなく、どこかしら不気味さみたいなものも秘めていますね。

大御所の三人です。経済危機はなぜ起こるのか、貧富の差はなぜ固定されてしまうのか、といういわゆる「経済」についての問題を、大御所三人の著作をたどりながら考察していく一冊。経済学を学ぶ上でこの三人は避けては通れないわけですから、入門書としてちょうどよいかもしれません。

〜〜〜Q〜〜〜

さて、今週のQ(キュー)です。正解のない単なる問いかけなので、頭のウォーミングアップ代わりにでも考えてみてください。

Q.自分が書き留めた記録やメモを読み返すための工夫は何かありますか。

では、メルマガ本編をスタートしましょう。

今週も「考える」コンテンツをお楽しみくださいませ。

――――――――――――――――
2020/06/01 第503号の目次
――――――――――――――――

○「構造が作れるWorkFlowy、親近感のあるScrapbox」 #知的生産の技術

○「読書は目に見えない」 #知的生産エッセイ

○「ゆっくり記事を書く」 #ゆっくりを取り戻す

○「企画案の作り方その2 〜誰が〜」 #セリフパブリッシング入門

※質問、ツッコミ、要望、etc.お待ちしております。

画像1

○「構造が作れるWorkFlowy、親近感のあるScrapbox」 #知的生産の技術

あるとき、大幅のWorkFlowyの再構築を行いました。『書くための名前のない技術 case 3 千葉雅也さん』(Tak.)を読んだ影響です。

そのときは、デイリーをベースにして、プロジェクトとその他の情報を並列的に扱う構造を作りました。しばらくは、その構造で使っていました。

その後、自分の手持ちの企画案を整理したことで、「プロジェクト」の中身が変わり、さらに毎日細かく書くようになった作業記録によって、もう一段階「プロジェクト」と「アイデアメモ」の扱いが変わりました。

そうした変遷を振り返ってみると、そのときどきの状況に合わせて、WorkFlowyの構造が変わっています。自分が欲する情報構造を、WorkFlowy上に組成しているのです。別の言い方をすれば、WorkFlowyはそのようなdepend on youに対応できるツールということです。

情報を扱うツール、特に単一属性の情報の扱いに特化したツール(たとえばタスク管理ツール)の場合、これがなかなかできません。たとえば、そのツールで「プロジェクト」というものが準備されている場合、それぞれのプロジェクトはユーザが自由に作れますが、「プロジェクト」とは別の粒度を組み立てることができませんし、「プロジェクト」をまったく使わない運用は、たいてい不便なものになります。つまり、あらかじめ決められた情報構造に沿って情報を組成していく必要があるのです。

WorkFlowyはその点、どのような項目を立てるのか、それをどのように配置するのか、その中に何を記述するのかは、まったく制約がありません。アウトライナーなので、階層構造を作る必要がある、という点は制約ですが、それ以外はまったくユーザの自由です。

もちろん、まったく自由であることは、即座に良いことだと断じれるものではありません。少なくとも、自分で一から構造を作っていく必要があることは確かで、それは手間ではあるでしょう。その点、あらかじめツール側が構造を作ってくれれば、「難しい」ことは何も考えずに使い始めることができます。単にそのツールに慣れればよいのです。

認知心理学には同化と調整という概念がありますが、ツールに慣れること、つまりツールに自分を合わせることが「調整」で、自分なりの構造を作っていくことが「同化」に当たります。

この二つの働きは、どちらも大切なものなので優劣をつけることはできません。「ツールに使われるのは良くない」という言説もありますが、厳密に考えれば、私たちがまったくツールに使われない、という状況は考えられません。私たちが道具を使うとき、私たちもまた道具に使われているのです。

とは言え、程度の問題はあるでしょう。ツールに振り回されることもやっかいですが、それ以上に思考がツールの制約内に囚われて、その外に出られなくなることがやっかいです。

扱う情報が、品目・出費項目のようなものならば別段それでも構いません。というか、そうした情報は「機械的に」(つまり「難しい」ことを考えずに)処理されるのが望ましいでしょう。

しかし、アイデアの管理や、「自分の情報」の管理はどうでしょうか。それがある制約内に囚われることは、すごく不自由な気がします。

ここでもちろん「不自由とは何か?」「自由の哲学的な意義とは何か?」という議論が脳内で立ち上がり始めるのですが、そこは議長に強権を発揮してもらって、いったんクールダウンしておきます。

話をややこしい方向に広げないように、ここでは「すごく不自由な感じがしてしまう。それではツールを快適に使っていけない」としておきましょう。ようするに、ツールがあまりにも不自由だと(自由さが足りていないと)、「なんか違うんだよな〜」という気持ちが消えない、ということです。

その状況をcaraするためには、ユーザに、(構造に対しての)裁量が与えられたツールが望ましいわけですが、ここで先ほど出てきた、「難しい」ことを考える、が返ってきます。

この「難しい」ことって何でしょうか。

それは「自分のこと」です。

自分にとってどんな構造が快適なのか。どういう粒度で情報が並んでいると使いやすいのか。どういう順番・配置だと使い勝手が良いのか。

そうしたことがわからないと、自分にフィットする構造は立てられません。でもって、そのような理解は、実践を通してしか得られないものです。だからこそ「難しい」(簡単に答えが得られない、画一的な答えがない)のです。

一方で、「自分のこと」の理解が進めば、多くの判断が「簡単に」下せるようになります。「これは自分が求めていないものだ。これはもう少しアレンジできれば求めるものかもしれない」とわかるようになるのです。

もちろん、「自分のこと」を完全に理解することはできません(そう思い込むことはできますが)。どこまでいっても、「実際やってみないとわからない」という部分は残ります。しかし、ある程度「自分のこと」について理解しておくと、自分なりの構造を立ち上げていく上で、すごく役立つことは間違いありません。

さて、自分にフィットした構造を立ち上げられるのがベストだ、という話を極限までつきつめていくと、「みんながプログラミング言語を覚えて、それぞれの情報整理ツールを作ればいいんじゃね?」みたいな極端な結論にたどり着きます。

ある意味、その結論は正しいのかもしれません。義務教育でプログラミングが必修化され、「Java? 余裕、余裕」みたいな小学生だらけの社会になれば、きっと100人いれば100通りの情報整理ツールが生まれてくるでしょう。

が、現在の現実を直視したときに、あまりにそれは遠い理想だとも感じます。原理的に言えば、それぞれの人が自分でツールを組み上げるのがよいにせよ、多くの人はそこまでの手間をかけていられませんし、そもそもそのモチベーションが持てないでしょう。情報整理ツールを組み上げるためだけに、プログラミングを勉強するというのは、自分好みの手帳を作るために印刷技術・製本技術について勉強するくらい迂遠なことに感じられます。

だから、現状ではアウトライナーのように(特にプロセス型アウトライナーのように)、ある枠組みの中でユーザーの自由度が与えられ、その中でなら好き勝手に構造を作っていける環境が「ちょうどいい答え」なのでしょう。

この辺の感覚は、当たり前にプログラミングできる人には、もしかしたら伝わりにくいのかもしれません。

もう一つ、プログラマーさんにはわかりにくいかもしれないと思うのがScrapboxの身近さです。

Scrapboxでは、ページのURLはそのページのタイトルによって生成されています。一般的にこうしたツールでは、タイトルとは別のIDを振ってそれで管理することが多いようですが、Scrapboxではそうなっておらず、その点で「それはちょっとどうなの?」という声もあるようです。

しかし、です。

たとえば、https://scrapbox.io/rashitamemo/ というプロジェクトがあるとして、https://scrapbox.io/rashitamemo/arrange という(存在しない)ページにアクセスすれば、そのタイトルの新規作成ページになるのです。

これは・かなり・すごいこと・です。

トークンを取得して、APIを叩き、jsonでデータを整えてから、postする、みたいなことをいっさいする必要がありません。URLをブラウザに入力したらページが開く、ということさえ理解できていたら、誰でも新規ページが作れるのです。

だからこそ、私みたいな日曜プログラマーでも、Scrapbox用のブックマークレットをいくつも作れています。Evernoteはそれこそ10年以上使っていて、その中で何度もAPIを使って何かをしようと頑張ってきましたが、結局達成できたことは一度もありません。だから今でも、Webページをクリップするときは、Evernoteが用意したWebクリッパーを使っています。その取り込み方に気にくわない点があっても、「そういうものだ、仕方がない」と諦めているのです。

一方Scrapboxでは、ブックマークレットを自作し、自分が必要な情報を、必要な配置で取りこめています。この違いは、非常に大きいものです。

もちろん、Scrapboxだって本当に自由自在というわけではありません。それでも、自分なりの使い勝手を調整できる程度の「自由度」(アレンジ度)が確保できています。単に自由度があるだけでなく、実際にそれを行使できる容易さで、それが提供されているのです。とても素晴らしいことだと思います。

もちろん、「難しい」ことを考えずに、簡単に使えるツールが提供されているのも、素晴らしいことです。また、そのようなツールで、使い方の「型」を一通り学べるような効果もあるでしょう。

しかし、ツールに不自由さを感じたときに、そこから抜け出せないのは問題です。そのとき、汎用性のあるツールはその環境を提供してくれます。WorkFlowyはその代表的なツールと言えるでしょう。

かといって、際限ない自由さの追求は、はてしない手間を対価に要求します。これはこれで、(人によっては)やっかないものです。

この二つのちょうどよい按配の中で、じたばたと動き回るのが現実的な私たちの選択肢なのでしょう。

ともかく、セルフマネジメントや知的生産を進めていくためには、「自分の道具」(ないし自分の道具箱)や「自分の環境」を整えることが、想像以上に大切です。そういうことを、ツールを使う側も、作る側も考えていきたいところです。

ここから先は

5,803字 / 4画像 / 1ファイル

¥ 180

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?