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痛みは因数分解せよ

筋骨格に由来する痛みは、時として内科医の鬼門である。胸痛の患者を診療するとき、「筋骨格の痛み」と診断がつけば、それで事足れりとしたり、「腰痛の診療は内科医の守備範囲ではない」としたりする態度には、そこに至る医学教育の不備にも責はあれども、決して賞賛されるものではない。

顕微鏡的多発血管炎(Microscopic polyangiitis: MPA)に罹患された作家の故・橋本治氏が、脚の痛みを主訴に某大学病院を受診された時…

まず「脚の痛み」ということで初診案内から整形外科の受診を指示され、下肢の点状出血を見た整形外科医から同院の血液内科を受診するように指示され、血液内科医から総合内科の受診を指示され、総合内科からリウマチ膠原病科を受診するように指示され、ようやく診断に辿り着いた、という実体験を書いておられるが、筋骨格の(手術不要の)痛みを一律で診療するように求められる本邦の整形外科医は全くもってお気の毒としか言いようがない 。米国内科医のセルフトレーニング問題(MKSAP:Medical Knowledge Self-Assessment Program)でも、肩の痛み(Shoulder pain)や腰痛症(Low back pain)はGeneral medicineの守備範囲とされている。

[「肩」と”Shoulder”、「腰」と”Low back”の異同についての議論は今は措く]

筋骨格の痛みへのアプローチは、他臓器が原因の痛みに対するアプローチと同様である。加えて、解剖学的知識と「常識」があれば、内科日常臨床における筋骨格診療の90-95%をカバーすることができる。まずは痛みのOPQRST(Onset, Provocative/Palliative factor, Quality/Quantity, Region/Radiation, associated Symptoms, Time course)を聴取する。次いでどのような解剖学的構造が障害されているのかを診察所見で推測する。皮膚、筋、関節およびその周囲かどうか。皮膚であれば、炎症の有無、神経分布との関連を考え(帯状疱疹!)、筋であれば近位か遠位、神経分布との関連を萎縮や把握痛、筋力低下の有無を見る。


関節包の内部に起因する痛みであれば自動運動でも他動運動でも疼痛は増強し、関節周囲の構造(例:腱・腱鞘)に起因する痛みであれば特定の方向での運動で最も疼痛が誘発されることが多い。関節包内圧が高まっていればどの方向に動かしても(場合によっては安静にしていても)痛く、関節周囲の構造であれば、その構造が「引っ張られる」向きに動かすと痛い、という「常識」が鑑別の助けとなる。


どこが痛いとも示せない、即ち「全身が痛い」という主訴の場合には、若年者では播種性淋菌感染症(DGI: Disseminated Gonococcus Infection)かパルボウィルスB19感染症、高齢者では菌血症かリウマチ性多発筋痛症をまず鑑別に考える。社会的認知度が未だ十分ではないとは言え、一次性の線維筋痛症はまれな病態である、というのが筆者の意見である。

[追記]関節診察の実際については、「道後温泉病院リウマチ・リハビリテーションセンターYouTubeチャンネル」

をご参照いただきたい。本邦リウマチ学の「レジェンド」高杉潔先生の解説動画を観ることができる。高杉先生の診察室に、付箋が多数貼られた拙著「ロジックで進めるリウマチ・膠原病診療」が置かれていたとの目撃談があり、恐縮のあまり消え入りたい気持ちがする。


おまけ:たぶん寿司とかロブションが効くひと


いただいたサポートで麦茶とか飲みます。