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「アリスとテレスのまぼろし工場」

[以下、露骨なネタバレはありませんが、控えめなネタバレと露骨な表現あり]

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「最後のシーンで工場とともに自爆しようとするアリス(菊入正宗、14歳)を後ろから抱きとめるテレス(大嫌いな佐上睦実)、そして『僕は未来に行くんだ!』と、その腕を振り払うアリス、大爆発とともに炎上して崩れ落ちる工場、ひび割れる空、未来へ〜未来へ〜 君だけで往け〜」

というストーリーではありませんでした。
というか、最後まで観ても「アリス」も「テレス」も出てこねぇ。


この映画を観るに至った動機は、ひとえに「中島みゆきがテーマ曲を提供している」ということによります。

かつて唐十郎「雨月の使者」の歌詞に曲をつけるという超難度の仕事を成功させた中島みゆきが、「最後まで読み終わらないうちに、どっぷりと岡田麿里様の“しもべ”になっていた」と岡田監督の台本に惚れ込み、映画のための渾身の1曲を書き下ろした………と言われたら、こちらも居住まいを正して鑑賞しよう、という気になります。


また、時系列的に、映画の制作途中に主題歌が岡田麿里監督のもとに届いたようで、そのことが最終プロダクトとしての映画内容にどのように影響したのかを観たかった、という気持ちもあります。
要するに中島みゆきファンとして観ておかなきゃという気になった、と書けば済む話ですが。

新海誠「すずめの戸締り」で、「後戸が開く」場所は多くの人々の想いが残留する廃墟であると設定されていますが、ではその廃墟のなかでパラレルワールドとして『廃墟になる前の人々の生活が続いていたらどうなるか』を描いた作品、といえば、だいたい映画の基調の描写として過不足ないと思います。

新海誠[画像タップで引用元へ]



その上で、ストーリーをなぞらない範囲で感想を書くと、

  1. なんとなく安定している現在の世界を、場合によっては嘘で糊塗しながら維持するのか、不安定で何も見えない・一部は絶望が明らかになっている未来に行くのか、という登場人物間の断絶

  2. 未来の娘がアナザーワールドの父親に寄せるエレクトラ・コンプレックス的な恋愛と、母親への幼児的な愛情と最終的な敵意の克服[昇華]

  3. 14歳のころの青いジュブナイルな性愛

これらが大きな3つのラインで、そのテーマを表現する上で適切な(素晴らしいと言ってよい)アニメ表現がなされていると感じました。

ひび割れる空、神機狼(しんきろう)を吐き続ける工場、未来の世界の悲惨を知るがために現状を維持するために働く大人と、現状の閉塞から未来を希求する主人公たちのグループ。

キャラクターの顔を見て、すれっからしのオッさんが感じる印象、どうしてみんな上気した顔をしている(意地悪な表現をすると、「みんな発情している」)んだろうという疑問は、映画を通して観ると、つまり「思春期の、ある種の浮ついた、微熱のような心持ち」の表現としてなされているんだな、と理解できます。そりゃ閉鎖された町に14歳の男女が何年も「変化しないことを強要された形で」過ごしていたら、いくら草食系でも肉食系に転化するだろと。

以下はYouTube MAPPA CHANNELからのスクリーンショットです。

佐上五実、野生の発情期
佐上睦実、まぁこれはキスシーンだから発情やむなし
園部裕子、個人的にめちゃくちゃ気の毒だった。

そう考えると菊入正宗14歳の頬の赤らみが、彼自身が世界を把握していくにつれて消えていく一方で、最初から色々把握している佐上睦実が終始一貫発情しているのは意味深な感じです。つか、登場シーンからして発情期っぽい。

「自分確認票」「深夜ラジオのポリフォニックな使用」などの小道具の使い方はとても良いと思いました。

一方で映画予告編で引用されていた佐上睦実の台詞「てめェ!やっぱりオスかよ!」は、明らかに浮いていると思います。そういう強い表現を使う必然性は映画全体を通じて感じられませんでした。

多分、盛り込み損ねたテーマの欠片。

それ以外にも佐上睦実の描写に「いや、思春期の女の子がそうはならんやろ・言わんやろ」という違和感を多々感じたのはざんねんポイントで、監督がうまく噛み砕いて映画に落とし込めなかったテーマの残渣を感じました。一言でいえば消化不良で、人によっては大きな減点ポイントにするのではないでしょうか。
佐上五実も、もうちょっとこう、何というか………感の残る描写で、総じて個々のキャラクターの設定と描写にはあまり点をあげられないです。

まとめると、新海誠の映画へのアンサーソング[そのつもりは無かったと思うけれど]としても鑑賞できる地鎮祭映画(←言いかた)で、映画の鑑賞後はなぜ中島みゆきの曲のタイトルが「心音」なのか、なぜ「未来へ 君だけで往け」なのか、という理解も深まり、曲を聴くたびに映画内容までこころに響いてきて感銘もより一層のものになる、という佳作だと思います。

蛇足ながら、「すずめの戸締り」にも本作にも、大人の恋愛がほんのり塩味としてトッピングされています。嫌いじゃないけど。

ジュブナイルの微熱を懐かしく思えるオッさんオバちゃん世代にこそお勧めしたい。
中島みゆきファンはキャラデザがどうとか言ってないで問答無用で観ろ。

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