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熊本日記(3)

(前回のあらすじ)連節バスに乗りました。

小倉駅に着いてまず、電車の切符を買いに行きました。普通列車の切符なので、自販機でも買えそうでしたが、ぱっと見、自販機ではクレジットカードが使えなさそうだったので、対人の窓口に並びました。現金をあまりたくさん持ち歩きたくない主義でして、切符はカードで買うつもりだったのです。
数分並び、「お次の方、どうぞ」と、男性の駅員さんの窓口へ案内されました。

「熊本まで。カードでお願いします」
「指定席ですか?」
「え、指定ができるんですか?」
「最低530円かかりますが、できます」
「(最低……?)では指定します。カードで」
「7680円です」

慣れないことにテンパっていたので、やりとりの不自然さはご了承いただきたいのですが、7680円というのは、新幹線での片道料金です。

「あ、違います、普通のでお願いします、カードで」
「自由席でよろしかったでしょうか?」
「自由ではあるんですが、たぶん違っています、新幹線じゃない方の電車です」
「あ、そっちの普通ですね」
「すいません、カードでお願いします」
「3740円です」
「カードでお願いします」

カードを使う意思が前面に出すぎて、駅員さんからの理解がなかなか得られなかったものと思われます。駅員さん、お手数をおかけしました。

どうにかこうにか切符を買い、今度は手土産を買いに、駅ビルの土産物屋に行きました。妻から「必ず手土産を買って行け」と釘を刺されていたのです。
以前、僕の本を北海道で上演してくれたことがあり、その時も観劇にうかがったのですが、妻から手土産のことを注意されていたにもかかわらず無視し、結果、県外から北海道に行った人は、僕以外全員、手土産を持参していたということが発覚、妻からこっぴどく叱られたのでした。
元々、手土産にそんなにこだわりはないので、相手が喜んでくれるものなら何でもよかったのですが、妻から「手土産は『めんべい』が望ましい」と再三言われていたのを思い出し、福太郎のコーナーに直行して、オーソドックスなめんべいを購入しました。
日持ちがするという点で、めんべいが優れているというのは理解できるのですが、他にも日持ちのする土産物がたくさんある中、なぜそんなにめんべいを推すのか理解できなかったので、「なぜそんなにめんべい?」と聞いた所、「好きなんよね、めんべい」と言われました。いや、別にお前が食うわけじゃないだろうと思いましたが、ちゃんと買ったことを伝えるため、ツイッターに「めんべいなう」的なことを書き込み、今回は無礼がないことを妻に認識させました。
めんべいはそんなに大きくありませんが、リュックの中はノートパソコンと佐川恭一氏の「アドルムコ会全史」でパンパンなので入りません。ビニールの手提げをずっと持ち歩くことになり、置き忘れないように注意しなければと、緊張するポイントが増えました(この時に傘を忘れたことにも気づきますが、後の祭りです)。

さて、乗る予定の電車が来るまで、まだ二時間近くあります。ちょっと早いのですが、昼飯を食うことにしました。新幹線なら駅弁を買って食う楽しみもありますが、今回は普通列車のため、あまりがっつりと弁当を食うのはさすがに気が引けます。
小倉駅近くに店舗があるので、気になっていた吉野家の親子丼を食べることにしました。例の、発売直前に幹部社員の不祥事が発覚し、大々的な宣伝をやめてしまった親子丼です。親子丼に罪はなかろうと思ったので行きました。
まだ昼時には早い時間だったので、客は二、三人しかおらず、席も選び放題です。他の客から程よく距離を取った席に座り、親子丼の並を注文しました。足元にリュックを置き、その上にめんべいを置き、膝ではさんでいい感じのバランスをキープしました。
親子丼を待っていると、30代前半くらいの男性が入って来、なぜか僕の方に直進してきました。

「あの、すいません」
「え、はい」
「そこの席に、カバンを忘れてしまって……」
「え?」

僕は反射的に立ち上がりました。めんべいが落ちそうだったので、めんべいは持って立ちました。
よく見ると、イスとテーブルの間の、ちょっとした手荷物を収納するスペースに、黒いセカンドバッグが放置されていました。

「よかった。あった」
「あ、はい」
「お騒がせしました」
「いえ、はい」

男性はほっとした様子で、バッグを持って立ち去りました。
僕は始終、挙動不審な相槌しか打てませんでした。
これだけ席が空いている中、前の客がカバンを置き忘れた席をわざわざ選んでいました。
そして「めんべい、忘れないようにしよう」と、ビニールの手提げを強く握ったのでした。
親子丼はリーズナブルなお値段でおいしかったです。
ごちそうさまでした。

やばい、全然熊本に着かない。
(続く)

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