抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年(18)

発表会が始まった。最初にアキラ・キタムラがステージに立ち、趣旨の説明をした。
「えぇ、インタラクションデザイン研究室のキタムラです。このたびはお集まりいただきまして誠にありがとうございます。チラシにも書いておりますが、このワークショップは『身体とメディアの融合』を目的として開催いたしました。韓国からセオ教授にもご協力いただき、教授の生徒の方々にもご参加いただいております。えぇ、昨日の昼前からスタートしまして、日本からの参加者と韓国の学生とで、パフォーマンス作品をいくつか創作しました。短期間かつ、言葉の壁を抱えながら創作されたパフォーマンスのため、つたない表現もあろうかと思いますが、それらの負荷が作品に良く影響した部分もたしかにあり、また違った視座を与えてくれたのではないかと個人的には手応えを感じております。どうぞ最後までごゆっくりお楽しみください」

客席が暗くなり、ステージだけが照らされた。まずは太田カツキのグループからだった。太田は発表会の前にレッドブルを飲んでいた。朝より顔色はよかった。誰もいないステージにテトリスのようにバラバラと文字が落ちてきた。リハーサルで見た時より文字が大量だった。そこに太田がスマホをいじりながらひょこひょこやってきた。太田がスマホを操作すると、床に落ちた文字が奥のスクリーンへ飛んで行き、LINEの画面のように文章が組み上がっていた。太田は韓国の女性とやりとりをしている設定のようで、相手役の女性もステージに出てきてスマホを操作し、スクリーンに韓国語の文章ができあがった。やりとりは次第にエスカレートし、二人ともスマホを投げ捨て、床から文字を拾ってはスクリーンに投げ、写植のように文章を作っていった。最後に太田が「付き合ってくれ!」と言いながら文字を投げ、女の子が「미안」と言いながら文字を投げると、「うわーん!」と泣きながら太田が壁に激突し、太田の人型が残った。太田の恋は実らなかったようだ。女の子が投げ捨てたスマホが鳴り、電話に出ると、韓国語で楽しそうに話しながら女の子はステージから去っていった。太田が起き上がり、お辞儀をした。客席から拍手が起こった。宇都宮も拍手した。おもしろかった。戻ってきた太田からスマホを見せられた。画面にひびが入っていた。さっき投げ捨てたから。

次のグループはプロジェクションマッピングに挑戦していた。最近よく見かける、建物などに映像を映し出す技術だ。床がぽこぽこと浮き上がったり、ベニヤ板に扉の映像が映され、マジシャンの格好をした男が扉を開けるとハトが飛び出たりしたが、マジシャン役の男のどや顔がなんだか鼻についたのと、時間が足りなかったのかいまいち盛り上がりに欠け、残念だった。

宇都宮達の番になった。フーとトゥーンがコンピュータをプロジェクターにつなげ、ミンソは深呼吸をし、サナリはいつも通り腕組みしていた。宇都宮はちょっとしか出ないし、コンピュータの操作もしないくせに、緊張で吐きそうだった。
サナリがステージに出た。白シャツにスラックスという格好だった。ため息を吐き、上司から説教されたことを思い出していた。サラリーマンという設定なのだ。スピーカーから宇都宮が録音した上司の声が流れた。「1教えたら、10察するだろう普通? なんで1から10まで言わないと理解しないんだよ」と、以前太田と行ったお好み焼き屋で聞いた愚痴をセリフにした。他にも宇都宮が言われて腹の立ったことをセリフにして吹き込んだ。宇都宮は根に持つので、そういうのをよく覚えていた。

説教に合わせて、ぐにゃぐにゃとサナリが舞った。手足をだらんだらんと揺さぶり、よろめいて倒れそうになったりする。なんなら倒れて転がる。怒りをぶつけるだけの説教をくらって気持ちが萎えていく感じがよくわかると思った。
サナリが倒れて動かなくなると、反対側からミンソが出てきた。モンローのポーズをとり、「アハーン」と棒読みで言った。サナリが顔を上げ「何ですか?」と言うと、ミンソが「우리 좋은 거 하자」と言い、サナリに手を差し出した。「え、ありがとうございます」とサナリがミンソの手をとって起き上がると、「따라와」とミンソが言い、サナリを引っ張った。サナリは「え、何ですか?」とよくわからないままについて行った。

二人がステージをぐるりと歩く時、奥のスクリーンに大学からファミレスに行く途中の夜道が映った。昨日トゥーンがスマホで撮影していたのだ。しかし辿り着いた先はファミレスではなく風俗店だった。
ミンソがまた「우리 좋은 거 하자」と言うと、照明がピンク色になり、スクリーンにバラの花びらがひらひら舞った。めくるめくサービスのシーンだ。バラはどんどん積もり、床のスクリーンはバラで埋もれた。激しい音楽が流れ、サナリが踊り狂った。素早く手足があちこちに伸び、カクカク曲がったかと思うとゆっくりうねり、急に高く飛んだりした。肉体的快楽に身悶えているのだ。ミンソはスローモーションでステージの周りを歩いた。サナリの振り付けだ。バラの形も色も歪んで、幾何学模様がちらちらとスクリーンを覆った。サブリミナル的に宇都宮の描いたおっぱいや金髪美女などの落書きがばばばっと現れては消えた。フーがカッコ良く処理してくれた。

サービスが終了し、ミンソがサナリに「시간이 다 됐습니다.」と言うと、サナリは素に戻った。激しく踊ったので肩で息をしている。ミンソがサナリに手を出し「지불 하시겠습니까?」と言うと、サナリは「ありがとう」と言ってミンソと握手した。ミンソは「아니 그게 아니라」と言い、再度手を出した。サナリは再び手を取り、「とてもよかったです」と微笑んだ。ミンソが英語で「ノー。プリーズ、マネー」と手を振りほどいた。サナリは「……あぁ」と言い、財布を取り出すジェスチャーをした。サナリが「ハウマッチ?」と言い、ミンソが「46000 yen」と言った。そろそろ宇都宮の出番だ。サナリを本気で蹴飛ばすのだ。蹴り返しに備えるのだ。心臓がばくばく言って、身体の外に音が漏れてんじゃないかと思った。
サナリが財布を確認し、「ソーリー、アイ、ハブ、ノーマネー」とミンソに言った。ミンソがため息をつき「돈 없어?」と言い、サナリが「え?」と言った。「카드는?」と言いながらミンソはサナリの財布をとった。「お金がないんです」とサナリが言った。ミンソが「좀 와 줘」と言い、ステージの脇で体操座りして待っている宇都宮を見た。用心棒が呼ばれた。宇都宮はバッと立ち上がった。立ちくらみがした。頭を抱えてふらふらしながらミンソに近づいた。「……アー、ユー、オーケー?」と言い、ミンソが宇都宮の腕をさわった。心配してくれている。立ちくらみが一瞬で治った。「オーケー、オーケー」と胸を張った。「이 사람 돈 안 내」とミンソがサナリを指差した。宇都宮は「コノヤロー」と迫力なく言い、サナリの尻を本気で蹴った。
サナリは吹っ飛び、床をごろごろ転がって痛がった。客席から笑いが起こった。サナリは蹴り返して来ない。あれ、本気で蹴り過ぎたかなと宇都宮はちょっと心配になった。ミンソが小声で「サンクス」と言い、宇都宮に手を振った。出番は終わりということだろうか。いいのかな。宇都宮はステージの脇へと去った。去ってから、練習での蹴り合いは、宇都宮の本気のキックを引き出すための芝居だったのだと気付いた。ミンソも知っていたようだ。サナリに騙された。

サナリはごろごろ転がりながら、身体を小さく小さく畳んで行き、ちょこまかと動き回った。床のスクリーンにたくさんのネズミが這い回り、奥のスクリーンには路地裏のポリバケツとゴミの山が映し出された。サナリはドブネズミのように捨てられたのだ。ポリバケツの上に猫がぴょんと飛び乗った。ミンソが這い回るサナリの前に立った。スクリーンにミンソのバストアップが映り、徐々に猫にモーフィングしていき、ぶにゃあと鳴いた。そしてサナリだったネズミをつまみ上げ、口の中に放り込み、咀嚼し、ゲップした。ステージ上のサナリはいつの間にかいなくなっていた。ミンソもそのままステージから去って行った。路地裏のゴミの山だけがスクリーンに残り、ステージの明かりが溶暗して行ったーー。客席から拍手が起こった。

その後、他のグループの発表があったのだが、宇都宮は自分達の発表をずっと反芻していて、内容をほとんど覚えていなかった。最後に講師陣によるデモンストレーションがあった。アキラ・キタムラとセオ教授が映像を担当していた。女性のダンサーがステージに立ち、足を持ち上げると床の映像が宇宙に浮かぶ地球にまでズームアウトされ、また足を下ろすと目の前の地面まで拡大された。そのようにしておぼつかない足で数歩歩くと雨が降ってきて、床に水の波紋が広がった。女性のダンサーは波紋に合わせて身体を震わせた。やはり映像のクオリティが桁違いに高く、自分達との違いを見せつけられたような気がした。
そのようにして、発表会は終わった。

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