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熊本日記(9)

(前回のあらすじ)山口くんのツイートにいいね!ってしました。

さて、開場時間が近づいてきたので、再びギャラリーキムラへ向かいます。僕は基本的に、開場してすぐの、お客さんのまだ少ない時間帯を狙って行きます。30分前開場なら、35分前に行きます。自由席の場合は特にです。なぜなら、僕は座高が1メートルあるので、僕の後ろに座った人が見づらい状況を避けるべく、邪魔にならない席を確保したいからです。もちろん、後ろのお客さんのためでもありますが、どちらかと言えば自分のためです。「後ろのお客さん、見づらくないかな……」などと気になってお芝居に集中できないのです。

雨で濡れた地面に気をつけ、地下へと続く階段を降りると、ギャラリーキムラのガラス張りになった店舗が見えました。その中で、関係者のみなさんが準備をしている様子も見えます。当然、関係者のみなさんからも、外で待っている僕が丸見えです。ガラス張りだと知っていたらもうちょっと遅れて来たのに。不覚です。
今さら引き返すのもなんか感じ悪いな、と思ったので、そのまま立っていました。すると劇団きららの池田さんが僕に気づき、扉付近にいたスタッフの方に何かを言いました。池田さんとは北海道でお会いしており、面識があったのです。そしてスタッフの方が外に出て来ました。気を使わせてしまいました。

「作家の方ですね?」
「あ、はい」
「今回、スタッフとして参加しています、アオエと言います」
「藤原です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします。準備ができるまで、もう少々お待ちください」
「はい」

そして沈黙が流れます。
こういう時、僕に気の利いた会話をするスキルが備わっていればよかったのですが、10年前くらいに「俺、そういうの、無理だ」と早々にあきらめたので、会話は生まれません。慣れたものです。
しかしアオエさんはそんな事情知らないので、再び気を使い、話しかけてくれました。

「私の苗字、全部、母音だけで言えるんです」
「え?」
「“A”、“O”、“E”って、全部、母音なんです」
「あ、ほんとだ。全部母音だけで構成されている。すごい」
「学生の時、英語の先生に言われて気づいて。なかなかないですよね」
「僕、地元が岡山でして、近所に『青江新田』っていう地区があるんですが、それと何か、関係があるんですかね?」
「どうなんですかね? ないんじゃないでしょうか」
「そうですか?」
「少なくとも、私は知りません」
「そうですか」
「すいません、私、『青江新田』のこと、知らなくて……」
「いいんです、それは、僕の地元なんですから。けれど、やはり母音だけで言えるっていうのはすごいですよ」
「そうですか?」
「ですです」
「そっか」
「すごいです」
「ありがとうございます」

こうして、人の名前を覚えるのが苦手な僕は、アオエさんの名前は覚えるに至ったのでした。
そうこうしていると、制作の古殿さんが「準備ができましたので、中へどうぞ」と案内してくれました。
アオエさん、お相手ありがとうございました。
(続く)

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