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熊本日記(10)

(前回のあらすじ)会場内に入りました。

受付で、制作の古殿さんに手土産のめんべいを差し出しました。

「これ、つまらないものですが……」
「まあ、わざわざすみません」
「福岡のお菓子でして、めんべいと言います。噛めば噛むほど旨味の出る、やみつきのおいしさです。個包装されていますし、日持ちもしますので、是非みなさんで分けてお召し上がりください」
「ありがとうございます」

なぜ僕は、こんなにもめんべいの宣伝に貢献しているのでしょう。めんべいからは1円ももらっていないのに。なんならお支払いをしている立場です。

ギャラリーキムラは、キムラさんの営まれている画廊です。キムラさんご自身、絵を描かれるようで、楽屋として使っていたスペースにたくさんの絵が収納されていました。演劇にもご理解があり、公演会場としてお貸しくださっているのだそうです。居心地の良い空間で、濃い茶色を基調とした室内は、公演前の準備で人が慌ただしく行き交っていても落ち着きを保っており、ガラス張り面は気持ちの良い陽光が階上から降り、明るく照らすのでしょう(雨天だったので、あくまで想像です)。
カウンターにキムラさんが立ち、飲み物をふるまってくれました。僕はオレンジジュースをいただきました。

それから、きららの池田さんにご挨拶させていただきました。池田さんは何年か前に僕の公演を観に来てくださっており、その時以来です。

「ご無沙汰しております」
「よくあんなに情報量の多い本を書きましたね」
「僕、エチュードみたいに書くんですが、あんな風にしか書けないんです」
「普通、エチュードであんな風にはならないんです」
「なりませんか」
「なりません」

ならないそうです。

「ピッピがアワアワなっている様を楽しんでいます。写真、撮ってもいいですか?」
「はい」

池田さんがスマホのカメラをかまえました。僕は背筋を伸ばしました。

「藤原さん、華丸大吉に似てるって言われたことありません?」
「40年以上生きていますが、今初めて言われました」
「あれ、おかしいな……」

無事、池田さんのカメラに、昔ナイナイの矢部には似てると言われたことのある僕の顔がおさまりました。
妻からはダチョウとキリンに似ていると言われます。

総合演出として参加している不思議少年の大迫さんが、音響機材のチェックをしていました。
大迫さんとはひょんなことからツイッターでやりとりをするようになり、小倉のエンゲルというカフェで駄弁ったり、福岡で非売れの田坂さんと三人でお茶会をしたりと、妙に仲良くなったのでした。
そしてコロナ禍の2020年に、自宅でラジオのように楽しめるものを作ろうと、大迫さんが企画した「木曜のコント」というユニットに僕も参加させていただき、そこで作った「祝辞」というコントを森岡さんが気に入ってくれ、今回の一人芝居の作品提供へとつながっているのでした。
何事もご縁です。

楽屋に通してもらい、森岡さんと、共演のオニムラさんにもご挨拶させていただきました。本番前にあまり気を使わせてはあれだと思ったので、早々に退出するつもりだったのですが、お菓子をいただいたり、「財宝」っていうおいしい水をいただいたりと、なんだかんだもてなされてしまいました。ありがとうございました。

開場時間になり、続々とお客さんがやって来ました。
僕も無事、後ろのお客さんの邪魔にならない席を確保し、準備万端です。
(続く)

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