抑揚を持たない宇都宮誠弥と、彼のモラトリアムな年(13)

みんなが挙げた好きなものを組み合わせて、「男が客引きの女の子に連れられて風俗店に入ってめくるめくサービスを受けたがお金が足りず、元サッカー選手の用心棒に蹴られてドブネズミのように捨てられ、女の子は実は化け猫で男は食われて死ぬ」というストーリーができた。とりあえず一歩前進した。みんなホッとしたが、フーは何やら考えていた。
「フー?」サナリがフーに聞いた。
「ワット、イズ、ディス、ストーリーズ、テーマ?」フーがサナリに言った。この話のテーマは何なのかと聞いているのだ。たしかに身も蓋もない話だと宇都宮も思った。
「ん……、マシャ、英訳して」サナリが宇都宮に言った。サナリの中でもマシャで定着していた。
「え?」
「俺、英語無理だから、今から言うこと、訳して」
「……やってみます」
「あー、俺たちは、俺たちがおもしろいと思う素材を組み合わせてストーリーを作った。そしてそれをパフォーマンスとして発表できるので楽しい。ハッピー。満足である。で、客は俺らが楽しんで作ったパフォーマンスを見る。見て、何かを感じる。その感じる何かは、客によってそれぞれである。俺たちの楽しさと似たような感覚を共有する者もいるだろうし、つまらないと感じる客もいるだろう。それはそれでかまわないと思う。これは短期間で創作するワークショップであるし、テーマを提示できるに越したことはないが、大事なのは、俺らが楽しんでパフォーマンスを作ること、そしてそれを客が見て、何かを感じること。俺たちと似た感覚を共有する客が多くいればいるほど、このパフォーマンスは成功となる。俺らも楽しい。客も楽しい。シンゴジラの石原さとみ風に言えばウィンウィン♪である。極端な話、『テーマは◯◯です』と一言で言えるものは、わざわざステージで表現する必要はないと俺は思っている。主義や主張を提示することに特化した表現手段は、ステージパフォーマンスの他にいくらでもある。数十分なり数時間のパフォーマンスを通すことでしか表現できないものこそ、ステージで扱うべきテーマだと思う。そしてそれを、創作の始めの段階で『こうだ』と提示するのは非常に難しい。きっとテーマは後からついてくる。これはまあ、誰かの受け売りなんだけれど、誰だったかな。忘れた。……はい、訳して」
「無理です」無茶ぶりにもほどがあった。こいつ、俺の質問に対してはぶっきらぼうなくせに、ここぞとばかりにめっちゃしゃべりやがったと宇都宮は思った。
しかし言っている内容は、石原さとみのモノマネ以外とてもいいと思った。なんとかフー達に伝えたいと思い、とりあえず「テーマ、イズ、イン、オーディエンス、ハート、……アンド、インマイハート……ウィンウィン♪」と言ってみた。石原さとみが前面に出てしまった。フーは困ったような笑顔を浮かべた。これは腑に落ちていない。

主役の男はサナリが演じることになった。サナリ以外の者はステージに立ったことなどなかったが、女性はミンソしかいないので、ミンソも演じることになった。ミンソはイヤそうだったが、他全員で説得した。と言っても、サナリと宇都宮は「ミンソ、ミンソ」と力強く名前を連呼しただけだった。「風俗店のめくるめくサービス」にあたる部分は、生身の人間が演じるとストリップショーになってしまうので、そこは何かしらの映像を作ることにした。あと男がドブネズミになってしまう所とか、女が猫に変身する所とかも映像を作ることにした。
サナリ以外の者がノートパソコンを取り出した。みんなリンゴのマークのついたコンピュータだった。宇都宮の会社のデザイン部門で使用しているコンピュータもMacだが、映像制作もMacなのだなと思った。
ミンソがコンピュータを立ち上げていると、サナリが「ミンソ。レッツ、パフォーマンス、トレーニング」と言ってミンソを呼んだ。ミンソは映像制作よりも演技の練習なのだった。ミンソは露骨にイヤそうな顔をした。フーが「ミンソ」と言い、トゥーンが「ミンソ」と言い、宇都宮が「ミンソ」と言った。ミンソは三人をにらみ、しぶしぶサナリの方へと向かった。
サナリとミンソは、まず冒頭の客引きのシーンを練習した。が、言葉が通じないのと、ミンソが恥ずかしがるのとでうまくいかなかった。
サナリが「マシャ」と宇都宮を呼んだ。
「はい」
「『誘惑』って、英語で何て言うの?」
「……テンプテーション、ですかね?」
「ミンソ、レッツ、テンプテーション、ミー」サナリがミンソに言った。和訳すると「ミンソ、俺を誘惑してくれ」だ。演技とは言え、けっこう無茶な要求だ。
「ミンソ、セクシーポーズ」フーが調子に乗った。そして口を半開きにしてマリリンモンローがとりそうなポーズをとった。
「ミンソ、セイ、アハ~ン」トゥーンが便乗してセクシーボイスを発した。ミンソがトゥーンをにらんで舌打ちした。ミンソはトゥーンに厳しい。
「ポーズオンリー、オーケー?」サナリがさきほどフーのとったセクシーポーズをマネした。「ミンソ、レッツ、ポージング」
ミンソはぎこちないながらも、サナリと同じポーズをマネした。
「オーケー、オーケー。アンド、セイ、アハ~ン」
「……ノー」ミンソが拒否した。
「オーケー。リピート、アフター、ミー。『ア』」
「……『ア』」
「『ハー』」
「『ハー』」
「『ン』」
「『ン』」
「オーケー。レッツ、コネクト」つなげろと言っている。「『ア』アンド、『ハー』アンド、『ン』」
「『アハーン』」棒読みだった。
「オーケー。マシャ、ミンソにそれでいいって伝えて」
「ミンソ、ザッツ、オーケー」
「オーケー?」
「オーケー」サナリが言った。棒読みでいいと言っているのだ。
「ポージング、ミックス」サナリがモンローのポーズをとり、棒読みで「アハーン」と言った。ミンソもおずおずとポーズをとり「アハーン」と棒読みした。
それは確かにぎこちないポーズで、セクシーさのかけらもない棒読みだったが、ミンソから隠しきれずに見える恥じらいが妙にくすぐったかった。普段ツンとしている女子が意中の男子に言う「あんたのことなんか、何とも思ってないんだからね!」に似ている。ミンソの切れ長の目がツンにハマっていた。宇都宮は萌えた。
「グレイト!」サナリが拍手した。フーとトゥーンと宇都宮も拍手した。ミンソは照れた。その姿に宇都宮はまた萌えた。こういうのを演技というのかどうか、宇都宮にはよくわからなかったが、サナリは相手からそのような要素を引き出すのがうまかった。

他のグループも創作にかかっており、映像制作と演技の練習を同時進行していた。太田カツキの笑い声がギャハハと響いた。伸び放題の金髪と迷彩柄のオーバーオールが悪目立ちしており、遠くからでもすぐにわかった。同じグループの女の子と身振り手振りで談笑している。完璧になじんでいた。太田に言葉の壁など関係ないのだった。
ホールの一角に、10メートル四方くらいの白い床があり、背の高い照明機材が狙っていた。ここがステージになるのだ。時折「チェックしまーす」というスタッフの声が響き、ホール全体が暗くなり、ステージのみが照らされた。スピーカーからはノイズのような音や、アンビエントな音が流れた。そして床に映像が映し出された。スクリーンの役割を果たしているのだ。スクリーンは床と、ステージ奥の壁にも設置されていた。各グループが順番に、映像の出力テストや演技とのタイミング合わせをステージで行った。
宇都宮は映像制作のソフトを扱ったことがないので、イラストや画像などの素材を作る担当になった。本当は絵心もないのだが、素材も作れないとなるとただの足手まといので、黙っておいた。
フーとトゥーンと宇都宮はまず「風俗店のめくるめくサービス」の映像に取り掛かった。直接的な表現にするのは気が引け、抽象的なイメージ映像を作ることにした。インド映画のラブシーンで、男女が水辺で踊り狂う、あれだ。
「マシャ、プリーズ、ローズ、フォト、メニー、メニー」フーが言った。バラの画像をたくさん集めてくれと言っている。
「オーケー」
「アイ、ウォッチドゥ、ムービー『アメリカンビューティー』」アメリカンビューティーは20年くらい前のアメリカ映画で、ケビン・スペイシー演じるさえないおっさんが、娘の同級生に欲情する話だ。宇都宮も見たことがある。さえないおっさんの妄想の中で、娘の同級生の周りにバラが咲き乱れ、おっさんを誘惑する。
「ローズ、イズ、シンボル。バージン、ラブ、etc……」バラは処女性などの象徴らしい。フーはよく知っている。「ローズ、イズ、マッチング、アット、ディス、イメージシーン!」
フーは急にモニターの陰に隠れるようにし「バット、ミンソ、イズ、ノット、バージン」と小声で宇都宮に言った。「야,그렇지? 튼」と言い、トゥーンを見てにやにやした。トゥーンが照れた。どうやら、トゥーンとミンソは付き合っているようだ。なぜか宇都宮も照れた。
どっちにしろ風俗店と処女性はマッチしないのではないかと宇都宮は思ったが、イメージの内容はフーのあふれんばかりのエロスに任せることにし、バラの画像素材を集めた。

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