悪い天気
2014年度 希望の大地の戯曲賞「北海道戯曲賞」大賞受賞作
「悪い天気」
藤原達郎
[登場人物]
男
女
男2
公園。
夜。
男と女がベンチに座っている。
ベンチの背後に茂みがあり、前には外灯が立っている。
飲みかけのビールと食べかけのお菓子。
傘が1本。
天気が悪いのか、空がごろごろと言う。
女 (空を見上げて)これは、もうすぐ来るわね。
男 ……(お菓子でちまちまと何かを作っている)
女 ひざに来るの、わたし。
男 (作りながら)……え?
女 わかるのよ、あぁ、もうすぐねって。
男 ……なにが?
女 天気よ。
男 ……悪いだろう。
女 そうよ、悪さが、ひざに来るの。
男 ……悪さが?
女 なんだか、うずくの。
男 あぁ、気圧の話?(お菓子が1つ、ころころと落ちる。目で追う。拾わない)
女 気圧……、そうかしら。
男 (お菓子を目で追ったまま)気圧の関係で、ひざがうずくんだろう?
女 そういうことなのかしら。ただ、わかるのよ、あぁ、もうすぐねって。
男 ……便利なの?
女 昔、やっちゃったのよ、ちょっと、走り高跳びで。選手だったの、背面跳び。踏み切る時に、こう……、ねじり上がるように飛ぶのよ。それでね、ひざを、ちょっと。
男 ……あぁ。(ちまちまと作る。)
女 ねじり……、まあ言葉で言うとねじり上がるっていうことになるんだけれど、ニュアンスがいまいち伝わらないわ。見てもらった方が早いか。(立つ)
男 え、いいよ、それは。
女 (実演して)こう、腰からひねって……、踏み切り足、こっち、ここよ、ここ、見てほらここ。(踏み切り足を指す)
男 あぁ、見たよ(見てない)
女 こうひねったあと、バネをつけるためいったん沈んで……、ねじり、上がるのよ!(ねじり上がる)……わかった?
男 ……できた。
女 ……何?
男 顔。
女 ……誰の?
男 ……柿くんと、ピーナツちゃん。
女 ……。
男 「やあ、柿くんです。」「どうも、ピーナツちゃんです。」
女 (顔のパーツを食べる)
男 「ぎゃあ、やめてくれえ、俺の目があ……」
女 (食べる)
男 ……俺は、かゆいよ。
女 ……え?
男 アトピーなんだ。
女 知ってるわ。(お菓子を手の平にいくつか乗せ、歩きながら食べる)
男 天気が崩れるとかゆいんだ。
女 あなた、季節の変わり目もそう言ってたじゃない。
男 季節の変わり目もそうなんだよ。でも、天気が崩れてもかゆいんだ。
女 ……大変?
男 慣れたよ。
女 ……半月板っていうのがあってね。
男 ……え?
女 あるのよ、ひざに、半月板。
男 あぁ……。
女 それをちょっと、あれしちゃったのよ……。おいしいわね、これ。
男 柿の種とピーナツ、どっちが先になくなるタイプ?
女 「ぽくっ」って鳴るの。
男 ピーナツが?
女 ひざが。
男 ひざ……?
女 そう。内部で鳴ってる音なんだけれど、外にも聞こえるくらいの音量で、砲丸投げの佐藤が「お前、踏み切る時、なんか『ぽくっ』て言ってない?」って……。
男 ふん……。(身体をかく)
女 そんな、ね、ひざがぽくって鳴るくらい、どうってことないわ。「どう、ユニークなひざでしょ?」って、ジョークにしてやったわよ、当時。
男 ふふ……。
女 でも、それが良くなったのよね。ぽくぽく言いながら飛び続けているうちに限界が来て、とうとう飛べなくなってしまったの。
男 ……大丈夫?
女 いや、たいしたあれじゃあなかったの。ちょっとしたあれで。ほら、日常生活にはなんの支障もきたさないわ。ただね、治ってからも、うずくの。
男 気圧の関係で?
女 ……さあ、どうかしら、わからないわ。
男 あれ……、なんだっけな。(お菓子を食べる)
女 ……何?
男 ……あれ、ほら、成分の名前。
女 ……半月板の?
男 かゆみのだよ。それ以外にないだろう。
女 あぁ……。
男 あの、ほら、なんとかミンみたいな。
女 ……知らないわ。
男 カユミン……、まあ、いいか、仮に、カユミンで。
女 ……。
男 身体をかくと、キズになるだろう? そのキズが治る過程で、カユミンが分泌されるんだ。多いんだよ、分泌量が、アトピーの人は。だから治る前に、またかいてしまう。その繰り返しだよ。
女 ……あぁ。(茂みの辺りで、木の枝を拾う)
男 人の皮膚の厚さが100として、0だとキズむき出しの状態な。で、アトピーの人は50くらいまで回復すると、カユミンのせいでまた患部をかいてダメージを与えちゃうから、いつまでたっても100にならないんだ。(お菓子を食べる)
女 それは、私の面の皮が厚いってこと?
男 ……え?
女 皮よ、面の。
男 そんなこと言ってないだろう。何、面の皮?
女 恥を知れとでも言いたいのかしら。
男 アトピーのことを言ってるんだよ。
女 ふふ……。
男 ……なんだよ。
女 半月板はね、自然治癒しないの。
男 アトピーもだよ。
女 病院でちゃんとあれしないといけないの。
男 そうさ、ステロイド剤でかゆみを抑えるんだ。
女 半月板がぽくぽく鳴った時、陸上部のみんなで私のひざについて話し合ったわ。続けるかどうかの瀬戸際だったから。そうしたら、新聞部の田村くんが教室の窓から顔を出して言ったの。「満月は?」って。その場にいた全員が茫然としたわ。
男 でも、ステロイド剤は使えば使うほど、その効き目が弱まってくるんだ。慣れるんだ、身体が。だからどんどん強い薬を使うはめになる。悪循環だよ。
女 ……飛べない鳥っていうのはね、飛べない代わりに、走ることや泳ぐことの能力を伸ばし、厳しい野生を生き延びていくの。そうやって適応できない者たちは、進化の過程で淘汰され、滅びるのよ。
男 ……まあ、アルコールを摂取してもかゆいんだけれどね。上がるから、体温が。基本的に年中かゆい。(身体をかく)
女 あの時……、砲丸投げの佐藤が、「お前のひざ、ぽくぽく言ってない?」って言った時、なぜ大事をとらなかったのか。なぜあの時、自分の身体を過信したのか。そのことを思い出すたびに、こう、(胸を押さえ)このあたりが、うずくのよねぇ……。
男 (舞台袖を見て)……窓、あけてきちゃったな。
女 ……え?
男 うちの。(指さして)ほら。
女 ……本当。
女、ベンチに座る。
男と女、ビールを飲む。
空がごろごろと言う。
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