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note02.ありがとうを言うようになった父

おはようございます。
rararaです。

昨日は終戦の日。
少し前に見た映画を思い出す。
(『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』汐見夏衛さん著/原作はスターツ出版株式会社運営の野いちご文庫から。映画は、俳優さんたちの演技力により魅力が増す。10代20代にもわかりやすく感動できる。)

争いの種はない方がいい。
皆さま、平和でありますように。


身近な平和から

最小単位、まずは家族が平和であることが望ましい。
私の実家は祖父の生前、なんだかんだ言い争いが多かった印象。
子どもや孫には優しかったが、祖母には厳しかった。
今となっては詳細は記憶しておらず印象だけが残っている。
今は父が以前にも増して、母や祖母への小言が多くなってきた。
祖父・父共に、助けてくれたり、優しかったりする面もあるのだが、
このマイナス発言がなくなればな~と帰る度に思うのだ。

父の変化

地元にUターンし、認知症の祖母の介護を手伝うようになってから、
父から「ありがとう」を言われるようになった。
はじめは、どうした?今までそんなこと言ったこともなかったのに。
と、失礼だが不審な気持ちになっていた。
聞くと形ばかりの言葉ではなく、自分ができないことをやってくれているから助かると思って、とのこと。
母が仕事の時は、すでに退職した父が皿洗いや夕飯の用意をしている。
父がやってくれていたことに対して事あるごとにありがとうと言ってきたので、その効果が出たのかもしれない、と密かに思う。
周りの人間の振る舞いを見て、少なからず影響を受けている。
母にもその調子で感謝できるようになってほしいな、と願う。

おわりに

自分がありがとうと言えば、それはどこかで返ってくる。
疑ってかかれば、疑われる現実に。
世の中そのようにできていると思う。
だからできるだけ信じて、誠実にいたい。
身近な人から、平和を感じられる関わりができるといい。

幼い頃の、父に褒められた記憶や一緒に笑いあった記憶はないが、
ある程度の年齢になった今では冗談を言い合えるようになった。
父がありがとうと言うようになった理由も、自分の体の変化や環境の変化含めて、複数あるのだとは思う。
理由はどうであれ、ありがとうと言い合える関係はよい。
まだ課題はあるが、今後も自分の意識次第と捉え向き合っていこう。

☆自分ごとの内容で恐縮です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。


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