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メロンのような伝統野菜「マクワウリ」を食べてみる

先日、初めて農産物直売所へ行った。そこで見つけたのがこれだ。

マクワウリである。商品名を見て「あのマクワウリですか!?」と思って、買った。私は器好きなのだが、江戸時代くらいの古い器へ楕円形に縞柄の瓜が描かれていることがあり、その正体はマクワウリらしいと知っていたのだ。「甘い瓜で人気があった」とだけ情報を得ており、それ以上の正体を全く知らずに生きてきた。その、マクワウリである。

昔は器に描かれるほど身近だったのに、自分が食べたことがないから現代では存在しないと思っていた。いつしかマクワウリを架空のもの扱いしていたことにハッとして、買い物かごに入れた。


初めましてすぎて食べ方が分からないのでネットで調べると、熟れた状態で食べると甘くて美味しいとある。なるほど、これは瓜の中でもきゅうりやズッキーニではなく、スイカやメロンの類なのか。「マクワウリのおしりの方から甘い香りがしてきたら熟れた証拠」とのこと。

いかにもな瓜のおしり

買ってすぐは香りがせず、まだ熟れてなかったため数日間追熟させることに。


追熟期間中にマクワウリについて色々と調べてみる。器でしか知らないけれど、浮世絵などにも描かれているのでは?と探ると、やはりあった。

歌川豊国(3世)画 「夜商内六夏撰」嘉永02(1849) 東京都立図書館所蔵

「水菓子」と書かれた看板の下に、梨や西瓜と共にマクワウリが並んでいる。下段中央の黄色く楕円状のものがマクワウリかと思われる。右隣は桃だろうか。ところで「水菓子」とは果物のことらしい。なるほど、水だ。

昔は瓜といえばマクワウリのことで、山上憶良が和歌を詠んで『万葉集』に収録されていたり、縄文時代早期の唐古・鍵遺跡から種子が発見されていたりと江戸時代以前から日本人に食べられていたそうだ(Wikipedia情報)。


マクワウリを食べるにあたって、全く知らないまま口にするのは怖いので味の情報を知っておきたく調べてみる。昭和14年出版の『トマトと甜瓜まくわうり』を読む。

甜瓜まくわうりの肉質はまことに柔軟で舌ざはりのよいものです。成熟したばかりの甜瓜まくわうりを一度口にすれば、アイスクリームのやうにトロリと溶けて腹の底までみこみ、同時に甘い甘い漿液しゅうえきによつて咽喉のどはうるほされます。

農業世界編輯局 編『トマトと甜瓜』,博文館,昭和14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1110294 (参照 2023-07-26)

「成熟したマクワウリは食べるとアイスクリームのように溶けて、甘い汁により喉が潤う。」らしい。トロリと溶ける果物、例えばメロンやマンゴーでもアイスクリームほどではないので、さすがに過剰な表現では?と思わないでもない。が、それにしても食欲のそそられる文章だ。


また甜瓜まくわうりを語る上に見逃せないのは、その上品な香りです。ツーンと鼻をつく、芳しい香りは甜瓜まくわうりの独特のものでせう。(中略)
マスクメロンや甜瓜まくわうりの香りは、庖丁ほうちょうで割つた瞬間がなんともいはれないいゝものですから、お客様にご馳走しようとする時は、お客様の見てゐる前で切るやうにして下さい。

農業世界編輯局 編『トマトと甜瓜』,博文館,昭和14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1110294 (参照 2023-07-26)

香りについても「ツーンと独特の香りがする。包丁で切った瞬間がたまらなく良いから、お客様にご馳走する時は、目の前で切りなさい。」とまで言っている。だいぶ気になってきた。


ついでに青空文庫でも「マクワウリ」の単語が登場するものを調べてみるといくつかある。その中でも中谷宇吉郎の随筆『寺田先生と銀座』に出てくるエピソードがとても良いので引用したい。筆者が寺田寅彦先生とその教室のクラスメイトとともに銀座の千疋屋でメロンを食べることになった話。

 初めてではあるが、大体見当はつくので、内側からスプーンで削って食べ始めた。まくわ瓜の味を少し淡くしたようなものであったが、これがメロンの味かと思って注意して食べた。三分の二くらい行って、まだ軟い部分が大分残っていたが、こういう高貴なものは、そう下品に食べては悪いと思って止した。他の若い連中も皆そうした。
 ところが先生は、ずっと皮に近いところまで、削りとって食べられた。そしてひょっと私たちの皿を見て「君たちは、メロンは嫌いですか」ときかれた。一同はあわてて「いいえ」といって、また残りのところを食べた。

中谷宇吉郎『寺田先生と銀座』より一部引用

これは昭和30年のエッセイで、メロンが普及していない当時のほほえましいエピソードである。ここにメロンの味の説明として、身近であったマクワウリが持ち出されるのが興味深い。「まくわ瓜の味を少し淡くしたようなもの」とあるので、つまりメロンの方が身近な令和人にとって、マクワウリの味は「メロンの味を少し濃くしたもの」と言うことが出来そうだ。


こうしてマクワウリ情報をかき集めていると、日々が流れて瓜からは良い香りがしてくるようになった。そろそろ食べ頃だろう。冷蔵庫に入れて冷やしておく。

時が来た。まずは2つに割り、香りを嗅ぐ。

確かに良い香りがする。ほとんどメロンだ。

種のある中心部を取り除く。スプーンでするりと取れるのが気持ちいい。取り除かずに一緒に食べても良いらしい。

皮を剥く。想像していたより硬く、りんごのような感じ。よく見ると縦に筋が入っている。

食べやすい大きさにしたら器に盛り付けて完成。ちなみに、器は瓜柄のものを探したのだが良いものが見つからず手に入らなかったため、手持ちの器で一番瓜っぽいのを採用した。

実は瓜柄なのでは?いや、そうだとしたら縞が多いか。


実食。香りがメロンなだけあって、味もメロンだ。食感は硬めの柿くらいで、皮に近くなるにつれ噛みごたえが増す。甘いことには甘いけれど、甘さの度合いはメロンよりもスイカに近い。シャクシャクとした食感が咀嚼を促し、満腹感を生み出すのはりんごに似ている。

割と硬めであっさりとした味だったから、これは果物用ではなく野菜として漬物にする用だったかもしれない。

思い返せば、香りを嗅ぐ瞬間が一番楽しかった。もし今後マクワウリをお客様にご馳走することがあれば、必ず目の前でカットしよう。



参考文献

・歌川豊国(3世)(歌川国貞(1世)「夜商内六夏撰」,伊場仙板,東京都立図書館デジタルアーカイブTOKYOアーカイブhttp://archive.library.metro.tokyo.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00020347参照 2023-07-26)
・農業世界編輯局 編『トマトと甜瓜』,博文館,昭和14. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1110294 (参照 2023-07-26)
・中谷宇吉郎(1988)『寺田先生と銀座』青空文庫,https://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/53218_49852.html (参照 2023-07-26)

めでたし、めでたし。と書いておけば何でもめでたく完結します。