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グレーな空の向こうの従兄弟に宛てたSabaの手紙

writer: @vegashokuda

「死ぬまでにどうしてもやっておきたいこと(bucket list)は?」と訊かれたら、あなたは何と答えるだろうか。

Chance the Rapperの回答は「ドラムの演奏を学ぶこと」である(ドラマーはモテるから、というのが理由らしい)。MLBで殿堂入りを果たしたBilly Williamsにとってのそれは「東京の屋上でサッカーをすること」だそうだ。Lupe Fiascoは「ノーベル賞を獲ること」と答えた。

上記の答えはいずれも、彼らと同じくシカゴ出身で現在23歳のラッパー(=Saba)が2016年10月にリリースしたアルバム『Bucket List Project』で明かされるものだ。

当時22歳の作品のテーマが「死ぬまでにやっておきたいこと」だなんて奇異に響くかもしれないが、その治安の悪さから“Chiraq”(“Chicago”と“Iraq”からなる造語)の別称を持つ、シカゴのゲトーの現状に鑑みれば、納得できるものだろう。

改善の兆しはみられるものの、同市では昨年1年間だけでも650人が殺人事件で命を落としており[1]、そこに暮らす人々にとって「死」がどれだけ身近にあるかは想像に難くない。

それでも、当時のSabaには、自身が所属するクルー(=Pivot Gang)のメンバーでもある従兄弟のJohn Waltがその650人のうちの一人になるなんて、想像できていなかっただろう。

(Saba, 『CARE FOR ME』)

「グレー」に託された意味

Sabaが4月5日にリリースした最新作『CARE FOR ME』にテーマカラーがあるとすれば、それはグレーだ。アートワークからしてその色はグレーだし、彼が本作で扱っている種々のテーマにもグレーが似つかわしい。

例えば“BROKEN GIRLS”では希薄な男女の関係性がテーマとなっており、そこに色があるとしたら、それはグレーだろう。

We go ‘til you done or my penis sore
Sleep with the TV on then we don’t speak no more

【意訳】
君がイくか俺のペニスが痛くなるまでヤる
テレビを点けっぱで寝て、あとは何も話さない

“LIFE”では自分を取り巻く、望みを持ちにくい(グレーな)環境を以下のように表現している。

Momma mixed the vodka with the Sprite
They killed my cousin with a pocket knife
While my uncle on the phone, he was gone for more than half my life
He got out a year and then he died

【意訳】
母さんはウォッカをスプライトで割ってた
俺の従兄弟はポケット・ナイフで殺された
おじさんとは電話できたけど、俺の人生の半分も不在だった
出て1年で死んじまった

また、子供時代を過ごした祖母のアパートメントを追憶するとき(“SMILE”)、煉瓦の色こそ赤けれど、その情景もグレーなのかもしれない。

Sweet Westside Chicago, two-flat apartment
Red brick and garden, that’s been forgotten
Grass all splotchy, vacant lot splotchy
Bank account splotchy

【意訳】
ウェストサイド・シカゴ、2階建ての家
忘れ去られた赤煉瓦と庭
生えっぱなしの草に汚い更地
銀行口座もすっからかん

しかし、それら以上に重要なのは、Waltが刺殺された後、孤独と憂鬱に苛まされる、Sabaの心の中にある空の色がグレーだということだ。その孤独と憂鬱の中で、彼はこう歌う(“BUSY / SIRENS”)。

I’m havin’ a busy day, I’ll hit you back right away
I seen that skies were grey, I hope to God you’re safe

【意訳】
今日は忙しい
すぐに連絡を返すよ
空はグレーだった
神様、君が無事でありますように

同時に、紛い物に溢れたインダストリーの色をSabaがグレーと称していることも見逃せない(“GREY”)。彼は業界へのフラストレーションを露わにするとともに、自分のアートに忠実でい続けることを宣言している。

The best song is probably on the B-side
Won’t be surprised when the label deny
This so grey, grey

【意訳】
一番いい歌はたぶんB面にある
レーベルがそれを拒んだって驚かない
こいつはグレーだ、グレーだ

Don’t label me with them niggas, infatuation with plastic
I wanted it to be realer

【意訳】
プラスチックに魅せられた奴らと俺を一緒にするな
俺はもっとリアルなのを望んでた

セラピーとしてのストーリーテリング

さて、そのグレーな心を癒すためのセラピーとして、Sabaは言葉を紡ぐこと(彼が言うところの「カリグラフィー(CALLIGRAPHY)」)を選んだ。

同作のハイライトともいえる9曲目の“PROM / KING”は、前編と後編からなるストーリーテリングだ。

オープニング・トラックの“BUSY / SIRENS”で語られるとおり人付き合いが苦手で、「忙しい」と言いながら人との接触を避けてしまうようなSaba。前編の“PROM”ではそんなSabaの、自身とは対照的に早熟でお調子者のWaltとの、プロム(卒業パーティー)での思い出が描かれている。

執拗にからかってくることもあり、それまであまり仲が良くなかったWaltだが、彼のおかげでSabaはどうにかプロムの相手を見つけ、代わりにスーツ代を工面してあげる(Sabaはこの時初めて、Waltがすぐ近くの親戚宅に住んでいながら、自分とはまったく別の貧しい生活を送っていたことを知る)。

祖父から貰ったコンドームと、祖母から貰ったクロワッサン、いや、コルサージュ[2]を手に、Sabaはプロムに向かう。

プロム後に相手のJadaを連れ、Waltらと別の場所で落ち合うと、Jadaの兄から「妹に手を出したら殺すぞ」と脅迫を受けるところで前編は終わる(“PROM”と“KING”の間にあるスラッシュは、Sabaがプロム・キングになることを阻んだ、この脅迫なのかもしれない)。

バスケットボールの奨学生として大学に進学したWaltだが、その後、Sabaと一緒に音楽活動をするようになる。後編の“KING”で描写されているのは、それからのことだ。

正反対だったはずの二人は、いつしか意気投合していく。オープンマイクのリストであからさまに無視された際も、ホストに詰め寄ったのはWaltだった。

そして2ヴァース目では、Waltが刺殺された日のことが描かれている。ある日、電話の様子がいつもと異なるWalt。それから彼が刺殺されるまでには6ヶ月の時差があった。

その終末の唐突さを示すかのごとく、同ヴァースはWaltを迎えに行くべくSabaらが車に乗り込むところで途切れている。同曲の最後には、皮肉にもWaltが生前に残した、「明日まで生きられれば」と歌う声が収められている。

Sabaの中に生き続けるWalt

本作のラストを飾る“HEAVEN ALL AROUND ME”のリリックは、天国にいるWaltの視点から綴られている。

Yellin’ at my brothers like, “I know that I’m here”
Regardless how loud, they don’t hear
Walkin’ through the crowd, they share tears
I know I did not disappear

【意訳】
ブラザーたちに『俺はここだぜ』って叫ぶ
どんなに大声でも奴らには聞こえない
人混みの中を歩きながら奴らは涙を流す
俺は消えてないんだって分かる

これを唐突に聴かされれば当惑してしまうかもしれないが、Waltとの思い出を丁寧に振り返った“PROM / KING”を追体験している我々は、美しい旋律も相まって、彼らに感情移入してしまう。

そう、ここまでを含めて、Waltの死後、憂鬱な気持ちに整理をつけるべくSabaが選んだ「カリグラフィー」なのだろう。

すなわち、我々が本作を聴くことで経験するカタルシスがあるとすれば、それは彼が本作を書く過程で経験したものと同じなのかもしれない。また、同時にそれは彼にとって、グレーな空の向こうにWaltの輪郭をくっきりと描き出すための作業だったのかもしれない。

さすれば、“GREY”での、自分のアートに忠実でい続けることの宣言は、そのWaltへの誓いだろう。

そして、そうし続けるかぎり、WaltはSabaの中に生き続ける。

だから、Waltのbucket listを聞けていなかったとしても、問題ない。

Sabaが自分のために綴った日記は、Waltに向けた「俺のことを気にかけてよ(CARE FOR ME)」という手紙でもあり、何らかの理由でグレーになってしまった聴く者の心をも癒すセラピーだ。

[1] Chicago murders, shootings down in 1st two months of 2018
[2] Saba – PROM / KING Lyrics | Genius Lyrics

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