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天使に守られたチャンス・ザ・ラッパーの「シカゴ愛」を読む。(Chance the Rapper - "Angels" feat. Saba)

Writer:@raq_reezy

さてさて、今回はサマーソニックでの来日が決定しているチャンス・ザ・ラッパーの楽曲を解読していきたいと思います。

チャンス・ザ・ラッパーは、現在のシカゴを代表するラッパーであり、過去に紹介してきたヴィック・メンサやサバ、ノーネームといったラッパーたちの友人でもあります。

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チャンス・ザ・ラッパーを説明する切り口は、大きく3つあります。

(1)レーベルに所属しないインディペンデントなアーティストであること

(2)アルバムを販売せずに、音楽を全て無料でリリースするアーティストであること

(3)地元シカゴに根を張って活動しているアーティストであること

それぞれについて、チャンスは曲中で自分で触れているため、その部分に差し掛かったときに詳しく説明したいと思います。

ということで、今回は前置きがやや短めですが、さっそく解読に入っていきましょう。

1バース目(Chance the Rapper)

I got my city doing front flips
When every father, mayor, rapper jump ship
I guess that's why they call it where I stay
Clean up the streets, so my daughter can have somewhere to play

【意訳】
俺の街を前方宙返りさせたぜ
父親たち、市長たち、ラッパーたち、みんなが見捨てて逃げていく中でね
だから、みんながこの場所を、俺が残った街と呼ぶんだろう
ストリートを綺麗にする、俺の娘が遊べる場所をつくるためにね

チャンスの言う「俺の街」というのは、もちろんシカゴのことです。

シカゴは、犯罪率が非常に高いことで有名です。イラクで亡くなった米兵の数よりも、シカゴで殺害された市民の数が上回っていたことから、イラクと掛けて「シャイラク(Chi-raq)」と揶揄されるほどでした。

それを前方宙返りをさせたというのは、チャンスが自身の活動によって、少しづつ治安を回復させているということを指しているのでしょう。

チャンス・ザ・ラッパーは、地元シカゴの治安回復などに熱心です。

たとえば、チャンスは父親と一緒に「#SaveChicago」というキャンペーンを行ったことがあります。これはシカゴから犯罪をなくそうと訴えかけるプロジェクトで、シカゴ市長やオバマ大統領のためにも働いたことがあるチャンスの父親がシカゴの公共機関などと協働し、チャンスはソーシャル・メディアを通じて、それぞれ犯罪の抑制を「#SaveChicago」というキーワードで訴えかけました。結果として、42時間の間、シカゴで銃が発砲されなかったといいます。(これが珍しいというのも日本では考えづらいことですが。)

その他にも、地元の子どもたちのためにフェスを企画したりと、シカゴを盛り上げる活動を行っています。

シカゴに育てられた人たちが、みんな成功するとシカゴを離れていく中にあって、チャンスは一度はカリフォルニアに移りましたが、その後シカゴに戻ってきて、様々なボランティア活動を通じて、地元の在り方を改善し続けているのです。

それは、自分の娘や子どもたちに、安全に遊べる平和なシカゴを残すためです。

I'm the blueprint to a real man
Some of these niggas toss they tassel for a deal man
I ain't going to hell or the Hillman
Igh, Igh, Igh, Igh, for my real fans

【意訳】
俺はリアルな男への青写真さ
契約のためにビレッタ帽を投げ捨ててしまうやつらもいるんだ
俺は地獄にも行かないし、ハリウッドの人間にもならないよ
アイ、アイ、アイ、アイ、俺のリアルなファンのためにね

チャンスは自身の生き様に自信を持っています。

多くの若い同世代のラッパーたちが、社会を嫌って、自暴自棄な振る舞いを推奨するようなラップをする中にあって、チャンスは黙々とシカゴの復興という難しい課題に取り組んでおり、それが本当の意味でカッコいい男の姿なだと考えています。

チャンスは、過去に学校を停学になったことがあり、その停学期間の10日間でつくりあげた『10 days』というミックステープが注目を集めるきっかけとなっています。そんなチャンスですが、音楽活動と平行して高校にも通って、きちんと卒業をしています。

一方で、今の若いラッパーたちは契約して有名になるために、教育の機会をさっさと投げ出して、学校を辞めてしまいます。ビレッタ帽は、本来であれば卒業式で天高く投げる帽子ですが、それを早々に投げ捨ててしまうと歌っています。

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ハリウッドに行ってセレブとして生きるのでもなく、他のラッパーたちのように自暴自棄に振る舞うのでもなく、地元シカゴで、世の中をポジティブな方向に変えようとするカッコいい大人の姿を見せ続けることで、シカゴの若者たちにポジティブな影響を与えようとしているのです。

I got caught up with a little Xan
Can't stop me but it slow me though
Yeah nigga famous, you don't know me though
But every DJ still play me though

【意訳】
俺はザナックスの中毒になったこともあるよ
それは俺を止めることはできないけれど、俺の成功を遅らせた
そうさ、俺は有名だけど、まだ本当の俺のことを知らないだろ
だけど、DJはみんな俺の曲を掛けてるぜ

チャンスは過去にザナックスの中毒になっています。

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ザナックスは多くの若いラッパーたちが服用していたドラッグであり、チャンスはそれを既に止めていますが、服用していた頃には、家で何もできなかった時期もあったそうです。

Damn man, I don't even need a radio
And my new shit sound like a rodeo
Got the old folks dancing the Do-si-do
So they fuck around, sign me to OVO

【意訳】
なんてこった、俺にはラジオ局のプッシュすら必要ないんだ
俺の新曲はロデオみたいだった
高齢のやつらだって、ドーシードーを踊り出したくなる
だから、みんなが俺をOVOと契約させたがる

ドーシードーは、以下のようなダンスです。

ここでは、自分の音楽が若者だけでなく、高齢者の人にまで受け入れられているということをアピールしています。

また、OVOというのは、ドレイクというラッパーが創立したレーベルです。

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チャンス・ザ・ラッパーは、どこのレーベルとも契約せずに、インディペンデントで活動していることで知られています。

Oooh, I just might share my next one with Keef
Got the industry in disbelief, they be asking for beef
This what it sound like when God split an atom with me
I even have Steve giving out apples for free

【意訳】
ああ、俺は次の曲をチーフ・キーフと一緒にやるかも
業界は俺を不信に思う、俺たちにビーフを望む
これは神が俺にエネルギーを分け与えてくれたときの音楽さ
スティーブでさえ、俺にアップルを無料であげたくなるだろうね

チーフ・キーフは、同じくシカゴのラッパーです。

最近のシカゴのヒップホップシーンには大きく分けて2つの潮流があります。

ひとつはチャンス・ザ・ラッパー周りのミュージシャンたちで、ゴスペルなどの影響も受けた暖かいサウンドが特徴的です。

もうひとつはチーフ・キーフに代表されるようなドリルと言われるシーンで、シカゴのギャングスタラップと荒々しいトラップのサウンドが融合したものです。

このふたつのスタイルが対照的なので、シーンはその代表的な存在であるチャンス・ザ・ラッパーとチーフ・キーフがビーフになるのでは等と噂されているのでしょう。

しかし、実際には、チャンス・ザ・ラッパーの友人であるヴィック・メンサがアルバムにチーフ・キーフを呼んでいます。

争わないというのがチャンス・ザ・ラッパーのスタイルなのです。

「スティーブでさえ、俺にアップルを無料であげたくなるだろうね」とは、どういうことでしょう。

スティーブは当然、スティーブ・ジョブズを意味しているのでしょう。

スティーブ・ジョブズは、無料で開放的なグーグルなどの世界観とは違って、自分で完璧な製品を作り込んで、きちんと値段をつけて物を売る人間でした。

一方で、チャンス・ザ・ラッパーは、これまでにアルバムを販売したことがありません。すべてインターネット上でミックステープとして無料で公開してきました。つまり、チャンス・ザ・ラッパーの活動スタイルは、とても現代のインターネット的なのです。

そんな自分を見たら、スティーブ・ジョブズでさえも考え方を変えるだろうと、自身の成功をアピールしています。

サビ(Saba + Chance the Rapper)

They was talking "woo woo this woo wap da bam"
City so damn great, I feel like Alexand'
Wear your halo like a hat, that's like the latest fashion
I got angels all around me they keep me surrounded

【意訳】
あいつらは、ああだこうだ言ってた
この街は本当に最高、アレキサンダー大王の気分さ
後光を帽子のように纏おうぜ、それが最新のファッションさ
俺の周りには天使がいる、俺を囲んでいるんだ

「woo wap da bam」というのは「あれこれ」といった意味を持つ、シカゴの方言です。「whatever」と同じような使い方をする言葉のようです。

その方言をサビに用いることで、シカゴ愛をアピールしています。

アレキサンダー大王は、マケドニア王国で生まれ、アリストテレスの教育を受けて、後に国王となりました。ペルシア帝国やエジプトを征服したアレキサンダー大王は、各地にアレキサンドリアという都市をつくりました。

ここではチャンス・ザ・ラッパーやサバたちが、シカゴを素晴らしい都市へと作り変えていることを、アレキサンダー大王がアレキサンドリアをつくったことと絡めて歌っています。

Who is you? And who the fuck is you? And who is him?
All of the sudden woo wap da bam you can't touch me
Na, na, na, na I got angels
I got angels

【意訳】
お前は誰?お前はいったい誰?それであいつは誰?
突然、あれこれ言っても、俺に触れることはできないぜ
無理さ、無理、無理、俺には天使がついている
俺には天使がついているんだ

成功したチャンスの周囲に、いろんな人間が寄ってくる中で、チャンスは天の支えによって、自分のやるべきことをしっかりと見極めて活動していることが分かります。

2バース目(Chance the Rapper)

I ain't change my number since the seventh grade
This for my day one, ten years, seven days
A week, nigga's never tired on they Kevin Gates
And if they rest in peace they bunny hopping heaven's gates

【意訳】
俺は7年生の頃から、電話番号を変えてないよ
それは初日から、10年間、週に7日、
彼らのケヴィン・ゲーツに飽きずにサポートしてくれたやつらのためさ
もしも彼らが死んだって、彼らは天国の門を楽しく飛び跳ねているさ

It's too many young angels on the southside
Got us scared to let our grandmommas outside
You gonna make me take the campers way downtown
You gonna make me turn my BM to my housewife

【意訳】
シカゴ南部には、若くして亡くなる天使たちが多すぎるんだ
俺たちは自分のおばあちゃんを外出させるのも怖いくらいさ
俺はキャンパーたちを都心に連れて行かなきゃ
俺はベイビーママを妻にしなきゃ

シカゴ南部の治安の悪さに触れられています。

ベイビーママとは、チャンスの娘の母親、つまりチャンスの彼女です。当時は「ベイビーママ」でしたが、今年に入って婚約を発表しています。

ちなみに、以下のグラフを見ていただくと分かる通り、欧米では結婚する前に子どもを産むというのは珍しいことではありません。アメリカでは2015年の時点で婚外子の割合が42.5%となっています。

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I just had a growth spurt
It done took so long, my tippy toes hurt
You can keep the nose ring, I don't have to soul search

【意訳】
俺は最近、成長が噴出したよ
それはめちゃくちゃ時間が掛かった、俺のつま先が傷んだ
鼻輪はそのまま付けていて大丈夫さ
俺は魂を詮索する必要もなくなった

子どもが生まれたことで、チャンスは意識が変わり、大きく成長したのでしょう。その最中は、つま先立ちのように背伸びを求められて苦労しましたようです。

I'm still at my old church, only ever sold merch
Grandma say I'm Kosher, momma say I'm culture

【意訳】
俺は今でも、俺の古い教会にいる
アーティストグッズしか売ったことがないよ
おばあちゃんは、俺のことをコーシャのようだと言うよ
ママは、俺のことを文化だって言ってる

昔から通っていた教会に、今でも通っているようです。

この「教会」は、過去に「Sunday Candy」で歌われていた「キャンディを貰うために通っていた教会」かもしれません。

アーティストグッズというのは、チャンスが自身のホームページで物販しているもので、チャンスは先ほども書いたようにアルバムなどを一切販売しない代わりに、多くの収益をこの物販から得ています。

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GCI, 1-0-7-5, angel goin' live
Power 92, angel, juke, angel gon' juke
GCI, 1-0-7-5, goin' live
Power 92, angel gon' juke, juke, juke, juke

【意訳】
WGCI 107.5、angelが生放送されるよ
Power 92、angelが掛かるよ、angelが掛かるよ
WGCI 107.5、angelが生放送されるよ
Power 92、angelが掛かるよ、angelが掛かるよ

「WGCI 107.5」と「Power 92」は、それぞれシカゴの主なラジオのことを指しています。

上で触れた、#SaveChicagoのキャンペーンはこれらのラジオ局でも発信されたようです。

「ラジオ局のプッシュは必要ない」とチャンス自身が先ほど歌っていましたが、地元ではしっかりとプッシュを受けているようです。

ということで

チャンス・ザ・ラッパーの地元シカゴ愛が詰まった一曲「Angel」でした。

ご当地ソングのように有名なものを並べただけではなくて、そこに住んでいる人間だからこそ歌える地元愛が詰まっている曲に仕上がっていました。

サマーソニックでも聴けるかもしれませんね!

それでは〜!

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