コロッセオの歴史について

コロッセオ(Colosseum)は、ローマ帝国時代に建設された円形闘技場で、その壮大な歴史は以下の通りです。


#建設と完成
- **建設開始**: コロッセオの建設は西暦70年頃、皇帝ウェスパシアヌス(Vespasian)によって始められました。建設地はネロ皇帝の黄金宮殿(ドムス・アウレア)の人工湖の跡地でした。
- **完成**: 建設はウェスパシアヌスの息子ティトゥス(Titus)によって西暦80年に完成しました。その後、ティトゥスの弟ドミティアヌス(Domitian)の時代に追加の改修が行われました。

#構造と規模
- **構造**: コロッセオは楕円形で、長径が約189メートル、短径が約156メートル、高さは約48メートルです。4階建ての構造で、外壁はトラバーチン石で覆われています。
- **収容人数**: 約50,000~80,000人を収容できる規模で、古代ローマの市民が無料で観戦することができました。

#用途
- **剣闘士の試合**: コロッセオは主に剣闘士(グラディエーター)の試合や野獣狩り(ベスティアリ)など、血なまぐさいエンターテインメントの場として使用されました。
- **公開処刑**: 罪人の処刑も行われ、その多くは野獣に襲われる形で行われました。
- **模擬海戦**: 初期にはアリーナを水で満たし、模擬海戦(ナウマキア)も行われました。

#中世以降の変遷
- **中世の利用**: ローマ帝国の崩壊後、コロッセオは廃墟となりましたが、要塞や住宅地、さらにはキリスト教の礼拝所として利用されました。
- **地震と略奪**: 中世の間に地震や石材の略奪により、構造が大きく損傷しました。特にローマの建物の建設資材として石材が再利用されることが多かったです。

#近代の保護
- **復興と保護**: 18世紀以降、ローマ教皇やイタリア政府によって保護と修復が進められました。特に19世紀に大規模な修復作業が行われ、現在も継続的な保護活動が行われています。
- **世界遺産**: 1980年に「ローマの歴史地区」としてユネスコの世界遺産に登録されました。

#現在の状況
コロッセオはイタリアを代表する観光名所であり、年間数百万人の観光客が訪れます。内部は博物館としても利用され、古代ローマの歴史や文化を学ぶ場となっています。

コロッセオは、古代ローマの建築技術とエンターテインメント文化の象徴として、今なお世界中の人々を魅了し続けています。

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