鈴の音

 玲華はまだ来ていない。腕時計をみると、待ち合わせ時間の14時を、30分も過ぎている。おれはシャツのボタンを外して、風を胸元に入れた。

 100メートルほど向こうの方にいる、母親とおぼしき女性と、その子供であろう男児がほどよく距離をあけて、しゃがんだり歩いたり立ち止まったりを繰り返しながら、散歩をしている様子だった。

 おれにもあんな時期があったんだろうか。いや、あったから今ここにいるんだろう。あの男児もいつか、今のおれみたいにカノジョに待たされたりするんだろうか…。

 母は玲華をわりと気に入っているようで、たまに家に連れてくると本気で嬉しそうにしてはしゃぐしで、おれは少し辟易としているのだった。「玲華ちゃんにひどいことしたら、あたしがただじゃおかないからね」…いや、おれがあなたの息子なんですけど…。しかもどっかで聞いたことのあるフレーズだよな。玲華には玲華で、ちゃんとご両親がいるんだからさ。おれのことも、もうちょい気にかけてくんねーかなぁ…。それとも、けっこう信頼されているのか?娘ができたようで喜んでいるだけか?

 そのとき、鈴の音が聞こえてきた。やっと来た…。おれはベンチから立ち上がってふり向いた。玲華が手をふっている。走ってはいない。どこかめんどくさそうに、ゆっくり歩いている。

 おいおい、もう30分も過ぎているんだからさ、ちょっと走るくらいしたらどうなんだよ。…それでも、そんな部分も含めて、なんとなく本気では怒れなくて受け入れてしまっている。でもこのままでいいんだろうか…。鈴の音が最後に1回鳴って、玲華が言った。

 「ごめんねー、また間に合わなかった…急いだんだけど…」「…あのさぁ…この前も、おれけっこう待ったんだよね…時間ももったいないしさ…なんか、玲華が来れる時間にするとかさ、どうにかしない?」「うん…そうだよね…。今日はちょっとお店で買い物しちゃってさ。ほんとごめん。…お花のかわいいコップがあったんだ。お母さんにどうかなと思って」「…おれのは…?」「えっ…あっ…ごめん、買ってない」「………」「ごめん…でも…だって…お花のコップだし…」「もういいよ」「そうだ!今からそのお店に一緒に行こうよ!」「………」

 玲華はおれの手をひっぱって歩いている。鈴の音がリズミカルに響く。

 「さっきの提案、ありがとうね…ほんと、あたしっていつも遅れるよね…いつのまにか、みー君は待っててくれるものだって、甘えるのが当たり前になっちゃってたかも…ごめんね」

 そう言って玲華はうつむいた。今は鈴の音は聞こえていない。

 「みー君、もてるから心配だな…」「……は?」「いや、もてるから心配」「いま、オレってもてるんだ、やったーー!!とか思ったんでしょ?!」「ちがうよ」おれは早口で言い返した。

 「そりゃ、もてるよ、見た目だけじゃないっていうかさ…」玲華は晴れた空を見上げていた。さっきより暑くなっていると感じ、おれはカバンからペットボトルの麦茶をとりだして少し飲んだ。

 「やっぱり、みー君のコップも買いに行こ!」

 さっきは早口で「ちがうよ」としか言えなかったけど、また遅れてきた、と思ったら母親にプレゼント買ってたし、けっこう真剣におれのこと見てくれてた感じがして、照れくさいけど、悪い気はしない。

 「そういえばさ、その鈴の音って、どこで鳴ってるの?」「ああ、これね。うん、これはね……」

 おれは玲華の言葉を待った。


#小説 #フィクション#創作#三題噺

     

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?