見出し画像

「すずめの戸締まり」冒頭約10分の●●が凄い件について。

※このコラムには、一部ネタバレ要素を含みます。 

 世間で話題を呼んだ「すずめの戸締まり」は冒頭に力点を置いた作品だと思う。具体的には、冒頭の約10分間で視聴者に複数の展開を提示することで、一気に作品に関心を引き寄せる戦術が盛り込まれている。そして、新海誠監督(以下、同氏)がそのような戦術を取り入れた背景には、現代人の「タイパ志向」が関係していると筆者は推測した。

 「タイパ」とは、タイムパフォーマンスの略であり、文字通り「時間効率」を指す。つまり、時間効率を意識するスタイルが「タイパ志向」なのだ。そして、タイパ志向はエンタメ分野にも関与する。例えば、日本のポップソングのイントロ導入までの時間が極端に短くなっており、昭和・平成時代のヒット曲と最近のヒット曲を比較してみると、後者は「ほぼ0秒」でイントロに入る傾向にあるのだ。その他、ネットフリックス等の配信サービスで映画やドラマを視聴する際は、倍速にする事で短時間で作品を鑑賞する消費者が多いと言われている。

 このような志向を持つ人々が映画作品の視聴者となる現代であるが、同氏は彼らの志向を考慮して、「すずめの戸締まり」の冒頭に工夫を凝らしたのだと考える。つまり、序盤で一気に複数の情報を開示して、視聴者の興味を一気に引き寄せる戦術がなされているのだ。たとえば、冒頭の約10分間で以下のような情報を一度に開示している(※以下、ネタバレ注意)。

  • 広大な草原と星空(?)が幻想的な世界で、息を切らしながら歩く少女(幼少時代のヒロイン)と、正体不明の女性の人影

  • 別世界(常世)へと通じる扉の存在(①)

  • ①から出現した、地震を引き起こすモンスター(②)

  • ②を現実世界(現し世)から別世界(常世)に押し返す、謎のイケメン魔法使い

  • なぜかヒロインとイケメン魔法使いだけが、②を認識できる etc… 

 このように、序盤であえて情報を非公開のままにして、短時間で視聴者に複数の「謎」を投げかけていることがわかる。要するに、同氏は視聴者に作品の情報に、あえて「ぼかし」を加えて提示することで、その後の展開を知りたいという欲求を抱かせる戦術を取っているのだ。同監督の過去作品である「君の名は。」「天気の子」「言の葉の庭」、そして、短編アニメーションではあるが「秒速5センチメートル」等と比較しても、冒頭で開示される情報量に大きな差がある。当然、上記はあくまでも筆者の推測に過ぎないが、同氏は「タイパ志向」の視聴者がいることを踏まえ、彼らを劇場から逃してはならないと考えていたのかもしれない。

 現代人の時間感覚は、どんどん短くなり、一つの物事に消費する時間に敏感になった。時間が不足している中では、現代人はエンタメに対してすら、時間の使い方にシビアになっていると言えよう。この状況下で、新海誠監督は「冒頭10分で複数の謎を開示する」という戦術で、「すずめの戸締まり」をヒット作品に導いたのだと考える。

©︎2023 らのもん

■参考文献

・日本経済新聞 朝刊 「倍速ニッポン(上) 『タイパ』重視、楽曲イントロ半減」(2022/09/13)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?