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『◯◯のアポロ、』(原作ジャン・ジロドゥ『ベルラックのアポロ』)



登場人物

​照
​和子
​チビ
​龍子

※Tはテキストの投影を表す。

《一幕》

入り口に”大小発明家協会”と、でかでかと掲げれている家に入ると和室に通される。お茶を出されしばし待っていると、
一人の男が出てきてしゃべり出す。

照​ さて、お集まりのみなさん。こんにちは。今日はこの新発明の発表の場にお集まりくださり。誠にありがとうございます。本日私がご紹介いたしますのは。
夢のお話です。夢というとみなさんはどんなものを思い浮かべますか?
私の持ってきた夢はこれです。
こちらです。これこそが夢の万能植物!
心傷ついた人には心の癒し。また、ちょっとした人生の退屈にはピリッとしたス​パイスになるでしょう。
これこそあなたの求めるもの。他でもない、あなたのための、夢の、植物です!
​拍手。
照​ ありがとう。
これこそは夢の発明。バラ色の未来があなたにも待っている。

T​ 質問
T​ それは何で出来ているのですか?

照 ​え、それは、つまり
T​本当に植物なんですか?
照​もちろん、そしてこれはいつでも求めるもののことを想っているのです。
T​ 植物がものを想うのですか?
照​ もちろん、こいつほど私を思ってくれるものはありません。彼女こそ私の心の恋人であり私にとってもっとも美しい者なのです。
​しかしこれは私だけのものではありません、なんてったって持ち主の思うとおりのものになるのです。
​あなたも、あなたもあなたも、気になってきたんじゃあないですか?
​こちらにその種があります。まだ試作段階なので本当に夢が届くかはまあ、今のところ五分五分ってえところですが。どうぞ、試しに使ってみてください。資金はさらなる研究ののために使われます、どうぞ、一袋で2000円です。

和子 ​姉さん、姉さん。

呼ばれた姉(龍子)奥の部屋から。

和子​ 出てきなよ。
​そんな、隠れてないでさあ。
龍子​ だけど、かずちゃん。ちょっと、いま手が離されなくって。
和子​ なに。いったいどうしたの?

襖が開く。と奥の部屋は異様にも熱帯植物が繁茂しておりさながら温室である。

和子​ うわー。
龍子​ でしょう。
和子​ うん。
​いつになったら、この部屋から出る気なの。
龍子​ うん、もうでなくてもいいかなって。
和子​ 勝手だなあ。
​私は出て行くからね、一人暮らしするから。
龍子 そうしたらいいじゃない。
和子​ そうする。働くんだから。どんな手を使ったって稼いでやる。
​ねえ、姉さん。あの人どういう知り合いなの?
龍子 ​父さんのね、生徒だったの。
和子​ へえ。​
龍子​ まあ、私だって、そんなに詳しくはないけど。ずいぶん変わったことをやっていたじゃない。なに、野菜がどうこうって。
和子​ 聞いてたんなら出てくりゃいいじゃない。
龍子 あら、ごめんね。でも本当に本当の姿なんてわかりっこないんだから、あんな風に夢みたいなことを言ったり考えたりするのもいいいかもしれないね。
和子​ 姉さんは、姉さん自体が夢みたいだもんなあ。
龍子​ 誰だって夢かもしれないと思わない?
和子 ​そんなことないよ、私は現実的だもん。
龍子 ​本当にそう?
和子​ だって、あ、終わったみたい。行ってくるね。

​照が一息ついていると
​和子がお茶を持ってくる。

和子​ おつかれさまです
照​ あ、すみませんわざわざ。
​あのこちら今日の会場費です。
和子​すみません、ふつうの家で。
​あの、
照​ はい。
和子​ 姉のお知り合いなんですか?
照​ ええ、がっこで一緒だったのでその紹介で、お姉さんは元気ですか?
和子 ​ええまあ元気、だと思います。
​そちらの、万能
照​ 野菜?!
和子​ ええ、それ本当に夢の、その人の本当に欲しいものになってくれるんですか?
照​ 実をいうと、まだ完成していないんです。これは試作品。
​まったくもって不味いもんでして。
和子​ え、じゃあさっきのは。
照​ まあ、完成させるのにも資金が必要なので、試作品という事はことわってあるじゃないですか。

​和子ぽかんとしている

照​ おうい、ちびもうでてきていいぞう。

​ちび、と呼ばれた少年でてくる。

チビ​ へーい。
照​ 今日はまあ、上出来だった。こんどはもっと何かしかけでも使おうか。
チビ​ なあ、兄貴よう。いつまでこんなこと続けるのさ。おれもういやんなっちゃたよ。
照​ そんなら勝手にしろよ。おれはしらんよ。
チビ​ ちぇ。
和子​ あの、うそなんですか。
照​ そんなことありませんよ、いつかくるほんとうのためのじゅんびです。私が干上がってしまったら、研究をやれなくなるでしょう?
和子​ まあ、そうですけど、
チビ​ おおうそつきですよ。
照​ ばか、何をいうんだまったく。
​すみませんね、こいつ。
和子​ あの、わたしお仕事をお手伝いできないでしょうか?
チビ​ ええ?!だって、こんな大嘘付きですよ。
照​ だまってろよ。そりゃ、いったいどうしてですか?
和子​ 私、ずっとこの家にいるのイヤになってきているんです。だから働くとでもいえばいい理由になるでしょう。こんな事いって利用するようでごめんなさい。
照​ いいえ人なんてまあそんなもんですよ利用し利用され、じゃあほんとうにやりますか?
和子​ はい!
チビ​ おどろいたねー。
和子​ あの。
照​ はい。
和子 ​あの。さっきの夢の
照​ 野菜?
和子​ 私にも下さいませんか。
照 いいですとも。
​でも、全然美味しくないですよ。
​ミョウバンみたいで。
和子​ ミョウバンを食べたことないからわかりませんけど。いいんです。美味しくなくって。

​照、和子に渡す。

照​ 本当に美味しくないですよ。
和子​ いいんです、いいんです。
照​ じゃあ、そろそろお暇いたします。今日はありがとうございました。
和子 ​いえ、こちらこそ。

​照とチビ、出て行く

《2幕1場》
​ガラリと戸が開き、庭からチビがはいってくる。部屋を物色していると龍子が現れる。

チビ​ わ!
龍子 ​和ちゃん?じゃないの?
​あなただあれ?
チビ ​す、すいません。あの、ていうか、お姉さんは何でそこに?ここで何やってんですか?
龍子​ なにも。
チビ ​(覗いて)なんか、すごいなあ。
​それは、◯◯、そっちのは◯◯。
龍子​ よく知ってるねえ。君は草花が好きなの?
チビ​いや、何ていうか、兄貴がねえ、そういうの、研究?してまして。
龍子​ ふうん。
チビ​ 何ていうか、兄貴は本当に変なヤツでして、研究っていうのも変な研究でね。
​なんだったなあ、その人間と植物の合いの子を作るような気味の悪いことをいってますよ。
龍子​ へえ。
​それって一体何でなの?
チビ ​僕に聞かないでくださいよ。わかんないですよ。
龍子 ​ね、私がここに居るってっこと、他の人には言わないでね。
チビ​ 狙われてでもいるんすか?
龍子 ​そういうわけじゃないけど。あんまり人に知られたくないの、私はね外国に行ってることになっているの。
​こんなところに隠れているとわかったらカッコ悪いじゃない。
チビ​ そもそも隠れなけりゃあ良かったんじゃ。
龍子​ もう隠れちゃったんだから仕方ないじゃないの。
チビ​ 失礼。すんません。やれやれだぜ。
​あ、ちょっと電気をいじらせてもらえます?兄貴が妹さんに許可はもらってるはずです。

​チビ、シャンデリアを持ってきて電灯に取り付ける。
​玄関から照と和子が入ってくる。
​龍子、去る。

照​ じゃあまず手始めに。
​こちらをごらんなさい。
​これは何ですか?
和子​ モンシロチョウ、ですか。
照​さよう、モンシロチョウだ、しかしただのランプではない。(モンシロチョウに関する物語や詩的減説を披露する)
和子 まあ、そんなにステキなものだったんですか?
照 ​とまあ、こんな風に言葉に彩をつけて、飾りたててやるんです。
​あなたもやってごらんなさい。
和子​(やってみる)
照​ うーん。○○ですね。(↑によって)じゃあもう一丁
和子​()
照​○○
チビ​ なあ、おれもう帰ってもいいかい。
照​ かってにしな。こちとらいそがしいんだ。
チビ​ おれはいつだって招かれざる客なんだねえ。もうちょっと優しくしてくれたっていいのに。
照​ ほい、今日の分。
チビ​ サンキュウ。どこまで粘るか、楽しみにしてるよ!

​すこし、だんだんと辺りは暗くなっていく。

和子​ 明かりつけますね。
照​ ちょっとまって。もう少し。もう一息。このシャンデリアを褒めておやりなさい。
和子​ でももう暗くなってしまいます。
照​ いいから、
和子​()
照​ もう一息。
和子​()
照​ ほら。

​明かりが灯る。
​和子驚く。

照​ ほら、大成功。
​素晴らしい!これで今後あなたの行く末は間違いなしです!
和子 どうして?
照​ どうしてって?それはね、今の原理が人にも応用できるからなんですよ。
和子​ どういうことです?
照​ つまり。相手をいい気持ちにさせてやるということです。クラクラになるほどに。
​自分のことは忘れて。
​とにかく、相手のことを幸せにするよう心がける。すりゃあ、そのうちきっと自分のことなんか忘れてハッピーになれるでしょうよ。
​まあ、すればするほどに私はすり減っていっているんだがね。
​でも、長生きばかりが人生ではありませんから、短く美しく燃えるというのもよろしいじゃござんせんか。いつか崩れるとわかっていたってどんどん突っ走っていくんです。
和子 ​私はすり減りません
照​ ほう、どうして言えるんですか?
和子​ そんなの、思い込みでしょう。何だって理屈どおりにやれば。基本そのとうりいくはずです。
照​ まあ、ねえ。きっと私はそのうち消しゴムのように擦り切れてしまうでしょう。
和子 ​消えたりしませんよ。
照​ でも、ほら、指先から消えかかってる!
和子​ きれい!
照​ ?!
和子​ そういっている、あなたは可哀想できれい。
照 ​い、や、あ。
​まいった、まいった。参りましたよ。
​もうすっかり、マスターしてしまったようですね。おもわずギクリとさせられました。
​この方法を考えたのは僕ですがあなたは実行においては僕の数十数百も上手かもしれない。
和子​ そんなんじゃなくって思いついたままを言っただけなんです。
照​ ますますもって、素晴らしい才能です。
​恐ろしいほどに!

​和子、照の手を取ろうとするが。サッと引っ込められる。

和子​……
照​ ゴメンよ。傷つかないでくれ。僕ぁちょっとおかしいんだ。
​生きた人間に触りたくないし触られたくないんだ。わからないかもしれないけど。
​君が悪いんじゃない。
​だから傷つかないで。本当に。
​……しかし、あなたの才能は本当に素晴らしい、これは生かすべきです。どんどん使っていきましょう。
​なぜあんなことを言ったんです
和子​ 楽しいからです。人をワクワクさせるのは。何よりもワクワクします。
照​ そういうのが何よりの才能なんでしょうなあ。
​まあ、ちょっと場所や対象を変えてやってみましょう。

​照、和子出て行く。

​辺りは暗くなる

和子​ ああ、みじめ。
​才能何て言われても、役に立たなくっちゃ、仕方ないじゃない。
​そんな才能なら、苦しいだけじゃない。
​私はもっともっと手に入れてやろう。
​そうでなくっちゃ。
​そうでなくっちゃ惨め。

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