異なるディメンションのリアリティ
緊急事態宣言が5月末まで延長になった。
「これからひと月も自粛状態が続くとどうなるのかなあ。なんだか地球規模の壮大な実験が行われているみたい。人類がどんな行動をとるのかを神様が望遠鏡で見ているんじゃないかな」
「神様には望遠鏡はいらないでしょ」
エンゾ君は近所に住んでいる中年フリーターで、昔で言うなら高等遊民。コロナ以前から自粛しているみたいなひきこもり40代で、奥さんに食わせてもらっている。本の虫で、時々、散歩がてらうちに遊びに来る。
最近、私はエンゾ君とこの事態について語り合うのが楽しみになってきた。いつもマイペースのエンゾ君といるとほっとするんだよね。
「ねえねえ、エンゾ君、人間がどのように、生物と非生物の中間のようなウイルスと共存していくのか。意識をもたない、生命とも言えないような単純な構造のウイルスがなぜこんなに狡猾なのか、思うほど不思議なんだよね。この事態は我々になにかを示唆している気がしない?」
「なにかって、具体的にどういうこと?」
「えっとね。たとえば古代の人々はこの出来事をどのように語るのだろうと考えるのよ。私たちは神話や昔話を絵空事と思いがちだけれど、神話とは「異なるディメンションのリアリティ」と河合隼雄先生が言っていたのね」
「田口さんは、ほんとうに河合教だね」
「だって、いまこそユングだと思わない? すっかりリアリティが画一化してきている。つまり人類は科学という信仰の肥大化によってバカになってるんだよ。科学だけでなんとかしようとするから、対策がわからないんじゃないか」
「それはあるかもね。エビデンスがないからと言って効果がないとは言えない」
「そうなのよ、この世は科学でなんて解明できない。だからもっと異なるディメンションのリアリティを統合していかないと袋小路に入っちゃう。異なるディメンションを統合するために、かつて人はマジックマッシュルームを食べたりしていたんだと思う。
世界は、とてつもなく多様な生物によって構成されている。つまり、異なるディメンションのリアリティが重なり合ってできているのが、地球ってわけよ。他の生物のリアリティに立てば、あるいは非生物のリアリティに立てば違う智恵があるのかもしれない」
ここから先は
Web magazine「ヌー!」
田口ランディが日々の出来事や感じたことを書いています。
日々の執筆を応援してくださってありがとうございます。