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なんでこんなに痛いんだ。


かつてこの山は、ハワイ諸島に浮かぶ火山島だった。
火の女神ペレの島だった。地球歴の遠い遠い昔の話だ。

島は侵食によってサンゴ礁となり、気の遠くなるような時間のなかで海底に落ち、さらに何十万年、何百万年という時間の中で海底のプレートに引っ張られ、太平洋の東の果ての島にぶつかり、隆起して再び山になった。

サンゴ礁だった頃の石灰岩が露出した山は白く輝き、それを見た人びとはその姿に神を感じた。やがて草木が生えてふもとには森が生まれた。川があり森がある山あいは動物や鳥や人間が集い、集落が生まれ、生活の場となった。

ごつごつといた巨石が屹立する山頂に神のイワクラが設けられ、祈りや祭りが神に捧げられた。豊かな生態系の中で人と動物と神が共に生きていた。およそ3000年ほど、そういう時代があった。

山が信仰の対象だった時代、武甲山は秩父盆地ににょきっと在って、武甲山の影にある森は影森と地名がつき、近辺には鍾乳洞があり、山影に身を寄せて近代の始めまで森の民であるサンカがひっそり暮していたと言う。

あっちゃんは、影森で生まれた。森はあっちゃんの遊び場だった。その話は始めてあっちゃんに出会った頃からよく聞いた。

「どうして水俣に移住したんですか?」
 と質問した時、話は水俣ではなく秩父の武甲山から始まったのだ。
「実家が秩父で、若い頃に武甲山の発掘調査をしていたのね」
 あまりに遠くから話が始まるので、なんだか面食らった。
「武甲山?」
「そう、秩父の武甲山。知らない?」
「ごめん、知らない……」

その発掘調査を途中で抜けて、あっちゃんは旅に出たそうだ。南へ南へと旅をしていて、行き着いたのが水俣だったと言う。また、ずいぶんと遠いところへたどり着いたものだ。

「それで、なんで水俣に住もうと思ったの?」
「うーん。ここに居てもいいんだ、って思えたから」

飲むと必ず武甲山の話が出た。この山があっちゃんにとって大切な場所だということはわかった。だけど、何がどう大切なのかさっぱりわからなかった。人間って、ほんとうに大切なことはうまく語れないものだ。たぶんあっちゃんもどう説明していいかわからなかったんだろう。
 
あっちゃんと出会ってから20年が過ぎた。
その間、何度も「武甲山に一緒に行こう」という話が出た。でも実現しなかった。その山はどこにあり、どんな意味があるのか。あっちゃんの話は断片的で、なんだか夢の話みたいだった。

西武鉄道が終点の秩父駅にさしかかった時、車窓に変なものが表れた。

「あれ、何? ピラミッド?」
どうせ第三セクターがつまらない箱物でも作ったんだろう、って思った。それはコンクリートに固められた要塞みたいにも見えた。
「あれが、武甲山だよ」
 と、あっちゃんが言うので「え?」と思った。
「石灰岩を採掘するために削られて、あんな姿になったの」
降りるとすぐホームの端まで駆けて行き、目の前の異様な風景を何枚も写真に撮った。
確かに半分は山の形を留めているけれど……、秩父駅の側から見ると、それはすでに山ではなかった。どう言っていいかわからずスマホにその姿をおさめるしかできず、困惑した。

子どもの頃に奴隷商人がアフリカの人々を縛り上げ、船に乗せ、痛めつけて財産も剥奪するのを見て、悲しくて眠れなかった。あの感じと似ていた。理不尽で、息が詰まる感じと似ていた。こんな感情を味わったのは久しぶりだった。

あっちゃんと一緒に、始めて見た武甲山は、もう半分、山とはいえない。削り取られ、剥き出しになり、崩落を防ぐために固められ、それでもまだ山の中心深くまで採掘のための機械が挿入され、かつて海の底にあったサンゴ礁の堆積を掘り出されていた。
「あれは、コンクリートの原料になるんだね。ビルとか、道路とか。いろんな場所の一部になっているんだね。山はどこに散っていくんだろう?」
「混ざっちゃうから、わからないよ」

20年間、あっちゃんに会う度に話に聞いてきた山。なんでその山が原因であっちゃんが故郷を出たのか。その意味が、一瞬でわかった。この山の受けている暴力にあっちゃんが耐えられなかったからだ。そう思った。あっちゃんはそういう人だ。人だけじゃなく、動物や、木々や、虫や、そういうもの言わぬものたちの声を聴く人だ。

私はよそ者だから、感傷に浸ればいいだけだ。ここに住んでいるわけじゃないし、「なんてひどい事を」と言ったところで、ここを離れれば忘れてしまえる。

だけどあっちゃんはこの土地に生まれ育った人だ。この土地と結びついている。あっちゃんのお父さんも、かつては発掘の会社に勤めていたのだと聞いた。生きるために、仕事や現金収入が必要となった近代において、産業は大事なのだ。

きっとものすごい葛藤を抱えて、あっちゃんは水俣にたどり着き、水俣病を支援している人たちと出会い、そこに自分の居場所を見つけたんだろう。なんか、知っているつもりであっちゃんのこと、ぜんぜんわかってなかったんだなって、思った。

水俣病事件の闘争の嵐が去った頃に、ひょっこり水俣を訪れた通りすがりの観光客みたいな私を、あっちゃんは歓迎してくれた。理由はよくわからないけれど、あっちゃんはいつも車で水俣のあちこちを案内してくれた。そして二人で一緒に海岸で海を見たり、温泉に入ったりした。

そういう時も、あっちゃんは「いつか武甲山に戻ってやることがある。仕事を途中で投げ出して水俣に来てしまった」と言っていたのに、私にはなんのことかよくわからなかったんだ。

縁もゆかりもなかった秩父に降りたって、相変わらず通りすがりの人として、私はここに居る。目の前に瀕死の山がある。だけど、水俣に居る時のように所在がない。完全によそ者だし、無責任で、中途半端だ。ああ、いつもこんな感じだ。

「来てくれてありがとう」って、あっちゃんは言ってくれるけど、私が来たからって、世界は何も変わらないし、そもそも私は何者なんだ?

でも、なんだろう。この引き裂かれるような痛さは。この山の姿に「申し訳ない」と感じてしまう。ほんとうにごめんなさいとしか言いようがない。不可解だ。ただの山ではないか。なのに、そこに生き物がいて、暴力を受けながらも人のために働いている、そう思えてしまう。搾取され続けながら、それでもなにかを守り続けているような、そんな姿に見えてしまうのだ。

きっと、あっちゃんと見ているからだ。あっちゃんが隣にいるから、あっちゃんの痛みを感じているのかもしれない。

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