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STO市場の現状整理と発展に向けた検討


1. はじめに 

 2020年からスタートしたSTO(Security Token Offering)も4年目を迎え(実質的な営業開始からは3年)色々と見えてきたことを整理したいと思う。

 筆者はSTOの立上げに際し、業界団体の立上げ・証券会社でのST事業立上げのコアメンバーとして関わっており、制度設立の経緯や発展の事情も踏まえ、現在の当事者から少し外れた立場から客観的に評価したい。 

2. STOの本質

 ST(Security Token)はデジタルな形式で発行・管理された有価証券と見做されるデータと定義できる。

 「ブロックチェーン技術を活用した画期的な新しい投資商品」と表現されることもあるが、法律上の要件にブロックチェーン云々は含まれていない。加えて画期的かどうかの検証は十分ではなく、何を持って画期的と評価しているか根拠が不十分な場合が殆どである。 

 有価証券のこれまでの歴史・遷移を振り返ると、①物理的な券面が存在していた時代、②振替制度によって名簿上で一括管理される時代(無券面化)、③デジタル化による発行・管理による分散化の時代、に区分することが出来る。 

 現在は②から③への過渡期に位置付けられる。しかしながら②から③への移行は当初の期待通り進捗していないように見える。本稿ではなぜ②から③へのシフトがスムーズに進まないのか整理したい。 

 まず①から②への移行は物理的な券面の廃止という大きな変化を伴っており、誰の目から見ても変化は一目瞭然で、実務的にも券面管理から台帳管理による効率化などの恩恵が見て取れる。

 ①から②への移行は「中央集権化の強化」とも整理出来る。この観点は後ほど対比的に用いるので頭の片隅の留めておいて欲しい。 

 次に②から③への変化を整理する。②の段階で既に株式や債券の券面は廃止され、振替機関(CSD)の振替帳簿による集中管理となっている。この「無券面化」と呼ばれる管理手法と③のデジタル証券の違いは一般には理解されにくいようだ。

 ③のデジタル証券の法律制定の経緯を辿ると、ビットコイン・ブロックチェーン技術・ICOといったプロダクト・技術が起源であることが分かる。

 ブロックチェーン技術の代表的なプロダクトがビットコインであり、特定の管理者の存在・承認なしで、デジタル形式でデータ(価値)の移転が可能なアプリケーションと定義できる。 

 ビットコインの普及を契機に2017年~2018年頃に様々なコインやプロジェクトがICOという手法で立ちあがり、そして消滅した。

 STOは直接的にはICOを起源としており、当時の金融庁の報告資料では「投資性ICO」という表現が用いられており、STOは有価証券の性質を持ったコイン・トークンを用いた資金調達を金商法下で管理し投資家を保護することを目的とした法改正と整理出来る。 

 STO制定の経緯をこのように整理すると②と③では思想的な断絶の存在が確認できる。②の仕組みでは信頼できる中央管理者(保振)での集中管理・データ更新を前提に、限られた参加者(証券・銀行などの金融機関)が指示を出すクローズドな階層構造が採用されている。 

 一方で③は本来的に特定の管理者を求めず、参加者は対等な立場でそれぞれの役割を果たすことが求められるシステムであり、金融取引との相性は良くない。このようなシステムの性質を無視して既存のフレームワーク(②の仕組み)に③を組み込もうとすることで、本質的な不一致が生じる。 

 上記は自明であるが金融当局・金融機関ともにその事実を正しく認識出来ておらず、論点がずれた議論が散見される。

 ②を土台に③を組み込もうとすること自体がナンセンスであり、②と③は本来、連続的なイノベーションとして発展的に達成されるものではなく、異なる統治システムの受入という大きな判断を伴うパラダイムシフトである。 

 ③は単なる証券発行・管理の発展ではなく、既存の証券管理・取引の根本となるフレームワークの見直しと言える。

 ③は中央集権ではなく分散型であり、保振のような管理者を前提としておらず、マスターデータもCSDが一箇所で管理するモデルではなく、各ノードで同一データを分散管理し維持することを前提としている。 

 ③の仕組みは有価証券の自由な発行・管理と相性が良い。具体的には「自己募集」での活用が想定できる。

 自己募集は証券会社などの金融機関を介さない、直接的な手法による資金調達である。この場合、発行者と出資者は仲介業者を介さずダイレクトにデジタル証券の取引が可能となる。 

 これまでの論点を整理するとSTOが窮屈で使い勝手が悪いと感じる要因は以下となる。

  • 中央管理者を不在としたアーキテクチャ(分散型)を採用しつつも、証券会社などの管理者を通じて中央集権的取引モデルを採用している点。

  • システムとビジネスフレームワークが不整合を起こし、意図した効果が発揮できていない点。

これは②と③の違いを正しく理解せず、②の延長線上に③が存在すると見誤った結果だ。結果としてSTOは当初期待されていたほど広がりを見せていない。

 案件数・調達額ともに低位で推移しており、到底主流とは言えず未だにユースケースの模索が続いている。このユースケースの模索と言う点が今後のSTOを占うポイントでもある。 

3. STOのユースケースとポートフォリオ価値

 STOという手法は伝統的な有価証券、具体的にはCSDを通じて管理されている株式・債券・投信とは限りなく相性が悪い。

 これらの有価証券はわざわざST形式で発行・管理するメリットが存在しない。既存の手法を高度化・効率化することが正解であり、別の世界線であるSTという手法に乗り換えるメリットが存在しない。 

 従って上場株・公募投信・国債など規模の大きな商品に付け入る隙が存在しないため、STは現在に至るまでユースケースの模索を続けている。

 個人投資家の主力商品はトレーダーであれば上場株であり、長期投資家であればインデックス投信が主力になる。 

 機関投資家も上場株や国債など市場規模が大きな商品がメインであり、個人・プロのどちらもSTがポートフォリオのコアに位置付けられることはない。

 現状、STは投資家のポートフォリオに存在することを許されていないのである。 

 STは実験的なケースを除くと専ら個別不動産の証券化に用いられているのが実情である。

 不動産の証券化は20年前のREITの登場から個人へも普及しておりメジャーな商品と言える。STとREITの違いは単体不動産かパッケージ不動産かの違いに集約される。 

 商品の制度上、REITは上場株と同様に取引時間中に時価で売買が可能な商品であり、STは現状クローズドな商品である。

 REITは複数の不動産のパッケージ商品であり、オフィス・住宅・倉庫など様々なカテゴリに細分化されている。STでは単品不動産を証券化する場合が殆どであり、小口化効果は存在するが分散効果は存在しない点に注意が必要である。 

 元来、不動産投資家は冷徹にリスク・リターンを勘案し利回りを求める存在である。

 現状の東証REITの平均利回りとST不動産の利回りを比較すると案件毎の若干の差は生じるが概ねイコールとなり、どちらの方が利回りが高いとは一概には言えない状況だ。 

 こうした状況を加味すると不動産STは不利としか言いようがない。投資の基本である分散効果が働かず、個別不動産への集中投資という手法を採用していることになる。

 REITのように市場で売買できる環境も整っておらず、証券会社との相対取引に限定されるため流動性も乏しく、途中売却ではマージンを加味した価格での取引を強いられることから利回りも低下する。 

 短期売買が困難な点からトレーダーの需要を満たせず、コスト面・分散投資の観点から安価なインデックス投信にも劣後しており、結果としてSTは投資家のポートフォリオにおいて「いらない子」として扱われている。 

 次回の論考では困難な状況にあるSTが目指すべき道について整理する。

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