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リタイア計画と収益順序リスク:FIRE戦略の再考


1. はじめに 

 昨年末、FIR関連の記事を2本投稿しました。今回もFIREに関連したお話です。投資家の方は収益率の「順序リスク」(Sequence of Returns Risk)という言葉をご存じかもしれません。本稿では順序リスクについてFIREと絡めて考察します。 

 過去のFIRE関連の記事は下記を参考ください。

2. 資産取崩し期のリスクとそのタイミング:収益順序の真実

 収益率の順序リスクは資産形成期にはあまり影響はありません。一括投資の場合、無影響です。積立投資の場合には運用期間の終盤の成績が全体に影響を与えることになります。 

 収益率の順序リスクは資産の取崩し期に大きな影響を与えます。プラスリターンとマイナスリターンの順序によって資産残高が大きく変化する問題が収益率の順序リスクです。 

 投資においてプラス50%とマイナス50%は同じではありません。マイナス50%を取り戻すにはプラス100%のリターンが必要です。バフェット氏の名言に以下の言葉があります。 

ルール1:絶対に損するな!(Rule NO.1: Never lose money.Rule)
ルール2:ルール1を忘れるな!(NO.2: Don’t forget Rule NO1.)

バフェットより

 一見当たり前のようですが、プラスのリターンとマイナスリターンの重みの違い、複利の効果、収益率の順序リスクを考慮すると本当に重要なことが分かります。バフェット氏の凄いところは値動きが安定しているインデックスではなく、個別株で長期に渡りプラスを維持している点です。

 マイナスリターンを元に戻すにはより多くのプラスリターンが必要であることを意識すると、FIRE生活などリスクを管理したいライフスタイルにおいてボラティリティの管理が重要となります。 

 リターンの上下幅が極端に大きな資産構成よりも下落幅のコントロール・勝率のコントロールに注力することで資産取り崩し期の予期せぬ事態を避けることが出来ます。バフェット氏の絶対に損をするな、という発言は特に資産取崩し期に意識したい名言です。 

 資産取り崩し期の初期に〇〇ショックなどで大きなマイナスになると以降が期待通りのプラスリターンを維持できても、マネープランは破綻する可能性が高くなります。

 資産形成期は単年度のマイナスはあまり意識せず、長期で期待リターンが高い資産への投資をベースに8%~10%程度のリターンを狙い、資産取崩し期は単年ベースでマイナスを出さないことを念頭に3%~4%程度のリターンを目指すといった運用スタイルの切り替えが重要となります。 

 資産取り崩し期は最低限の運用収益を確保しながら負けない運用を長く続けることが大切です。ゲームであれば運悪く〇〇ショックがリタイア生活の序盤に訪れた場合にはリセットするだけですが、リアル人生ゲームにおいてお金の問題にリセットボタンは存在しません。よってアップサイドを犠牲にしても収益率の順序リスクも考慮し負けない戦略が重要です。(リスクパリティ戦略などはこの考え方に合致しそうです) 

 収益率の順序リスクのコントロールはこの点を重視したリスクマネジメントとなります。具体的にはポートフォリオにおける無リスク資産の活用が鍵となります。

 資産形成期は株式100%で無リスク資産(現金)は保有しない超攻撃的なポートフォリオを組み、資産形成にブーストをかける方もいますが、リタイア後も同様のポートフォリオではマネープランの達成に不安が残ります。 

 リタイア後のマネープランの維持に必要な点は〇〇ショックを吸収する現金同等物(無リスク資産)にあります。毎月一定額を取り崩すケースにおいて、現金・国債などの無リスク資産バリアが無い場合、大きく下落した株式や投信を現金化する必要があります。 

 長期のリタイア生活を考えた場合、資産下落タイミングでの取り崩しは資産寿命の延長を考え、出来るだけ避けたいです。このような場面で〇〇ショックを吸収できる無リスク資産バリアで下落資産の取り崩しを制御できると資産寿命が大きく延長されます。 

 収益率の順序リスクを念頭においてもマーケットは個人の意思とは無関係に動くことからリスクヘッジは困難です。よってポートフォリオ全体の期待リターンを多少犠牲にして無リスク資産バリアを準備する必要があります。これは資産形成期とは異なったアプローチです。

収益順序リスクに備えた保守的なPF(左)と積極的なPF(右)を示す図

 どの程度の無リスク資産バリアが必要かは個人差がります。生活費が低い方は少ない金額で問題ありません。〇〇ショックがどの程度で回復するかの見積もり次第で無リスク資産の額は異なります。 

 コロナのように一瞬で回復する場合もあればリーマンショックのように数年の歳月を要する場合もありケースバイケースです。無リスク資産を多く保有すると長期の下落相場への耐性が高まりますが、運用効率の低下・機会損失が発生するためトレードオフが生じます。個人的には2年分の生活費相当の無リスク資産があれば問題ないと考えます。 

3. リタイア資金を守る:収益順序リスクからの回避術

 前章で収益率の順序リスクは資産取崩し期に特に注意が必要であること、プラスのリターンとマイナスのリターンの重みの違い、無リスク資産バリアによる防御に関して触れました。本書では収益率の順序リスクを意識した運用について整理します。 

 資産形成期である現役時代は長期的な期待リターン(%)をベースに自身のリスク許容度(標準偏差)と相談しつつポートフォリオを構築します。最初に目標とする期待リターン〇%が存在し、その目標を実現するアセットの組み合わせを考えリスクを測定します。これは攻めの運用の際のプロセスです。 

 一方で資産取り崩し期であるリタイア生活の場合、最初に許容できるリスクの大きさ(標準偏差)上限を設定します。次に設定したリスクの上限の範囲で最も効率の良い(シャープレシオが高い)アセットを組み合わせます。 

 よって資産形成期は期待リターン%ありきの運用で、取崩し期はリスク上限ありきの運用となります。それぞれ死守すべきものが異なることから運用スタイルにも違いが生じます。 

 資産取崩し期における、リスク上限の設定(上限となる標準偏差の設定)という発想は個人投資家にはあまり馴染みがないアプローチです。またシャープレシオという指標も普段は意識しないと思います。 

 一般に投資判断の際にはS&Pの期待リターンは年8%、全世界株は年6%というように期待リターンを軸に優劣が判断されます。逆に標準偏差の上限は18で、シャープレシオは0.8以上となるアセットクラスの組み合わせで可能な限り資産クラスが分散され、相関係数が低い組み合わせのポートフォリオが組みたい、という話はほとんど聞きません。 

 しかしながら、資産の取り崩し期は収益率の順序リスクもあり、ボラティリティが低く負けにくいポートフォリオが求められます。よって上記のように標準偏差の上限を縛り、その範囲で高いシャープレシオを求め、可能な限り相関係数が低い資産クラスを組み合わせることでリタイア後のマネープランを死守できる可能性が高まります。 

標準偏差とシャープレシオをコントロールし収益順序リスクに備える投資家を示す図

 上記の防御型ポートフォリオに一定額の無リスク資産バリアを組み合わせることで〇〇ショックが発生しても大きな下落は回避できます。難点はポートフォリオの組み立てが多少複雑になることです。 

 シンプルに手間なく資産取り崩し期も運用を続けたい方は全世界株式と現金のみのポートフォリオで比率を調整する方法がもっとも手間がかからず市場からのリターンを得る方法となります。 

 今回の提案ポートフォリオは多少の手間は厭わない投資家向けで、リスクコントロール(標準偏差)と効率性(シャープレシオ)を重視した戦略となるので投資中級者以上の方にお勧めとなります。ポートフォリオのアセットクラスの相関を意識すると、株式以外に債券・不動産・金・原油なども投資候補となります。 

 債券・不動産・金原油などのコモディティは長期の期待リターンでは株式に劣ることは歴史上のデータが証明しています。敢えて期待リターンに劣る資産を保有する理由は市場サイクルにより発生する歪みと相関係数にあります。 

 債券・不動産・金原油などのアセットは常に保有すべき資産クラスではありません。債券は金融緩和の超低金利時代には保有する意味はありません。しかしながら金利が5%を超えるような水準であれば話は別です。 

 金利のピーク付近で中期~長期債に投資をすることはポートフォリオ全体の期待リターンの向上とリスク低下の両立が可能です。金利低下局面では債券価格は上がるため、途中売却(生債券)、ETFの売却でキャピタルゲインも狙える資産に変化します。2023年に上手く米国の長期債券を仕込めた方は3年で50%程度のリターンが期待できる可能性があります。 

 不動産は10年単位で世界中のどこかでバブルが発生する資産です。80年代~90年代初頭に日本で、2000年代後半に米国で、そして現在進行形で中国の不動産バブルが弾けつつあります。 

 不動産は歴史的にもバブルが生じやすい資産として有名です。よって不動産はバブル崩壊後に大きく下落した際に有価証券の形で底値を拾いに行く形が正解です。決して、年3%~4%の分配金を狙って平時にリートなどに投資をしてはいけません。平時のリターンは株式に劣り、ボラティリティは株式とあまり変わらないのが不動産です。 

 不動産の魅力は資産価値がゼロになることが無い点、一定周期でバブルが形成されバブル崩壊後の底値を拾うことで旨味を狙える商品ということです。底値近辺で広い、価格が過去の平均近辺まで戻ったら売却を検討するという流れとなります。 

 金・原油などのコモディティはグローバルな要因に大きく左右されます。金は大きな上昇を見せていますが、これは覇権国家である米国の信用力の低下と捉えることもできます。準備資産としてのドル離れは加速しており、代わりに各国の金保有額は増加傾向になります。(中国などは顕著) 

 直近ではウクライナ戦争やパレスチナ地域での戦闘などの戦争リスク、米中の政治的緊張の高まりと貿易摩擦・経済制裁などにより無国籍資産としての金需要が高まっています。金は株式と異なり配当や価値の向上はありませんが、貨幣としての長い歴史を持ち、信頼を獲得していることから価値の保存媒体として利用されます。 

 原油もグローバルな要因に大きく左右されますが、現代社会は原油なしでは維持できません。原油価格は各国の需要と原産国の供給調整、地政学的なリスクなどに大きく左右されます。短期的に価格が数倍~数分の一まで変動する原油も長期で保有し続ける資産ではなく、不動産同様に短期的な下落を狙う資産です。 

 直近だとコロナショックの短い期間に大きく価格を下げた後、インフレや供給問題で大きく上昇しました。脱炭素と叫ばれても、今後も需要は残りますが、価格は需要の変動以上に大きく変動することから市場の歪みを狙う資産となります。 

 整理すると、債券の保有は十分な金利と今後の金利低下が狙える局面で、不動産はバブル崩壊後の底値を狙い、金と原油は国際情勢を勘案し需要と価格に大きな歪みが生じた際にエントリーする形です。基本ポートフォリオは株式と無リスク資産(現金or国債)で市況に応じて、債券・不動産・コモディティを組み合わせる形です。 

 タイミングを外さなければこの方法によって単純な株式・現金ポートフォリオより、リスクを下げつつ・リターンを向上させることが可能となります。欠点は手間がかかることです。複数アセットの動向を追う必要があり、時間と手間がかかります。 

 そしてあまり普及している投資法ではないため、このようなニーズを一括で満たす投資商品が存在しないことから、最低でも5~6種類のETF・投資信託をタイミングを見て組み合わせる必要があります。 

ポートフォリオ構築の際の候補となるETFは以下となります。

・株式クラス:VT、VTI、VOOなど
・債券クラス:BND、BNDX、EDVなど
・不動産クラス:XLRE
・金クラス:GLDM
・原油クラス:VDE

  尚、株式クラスは全世界株投信で代替可能です。債券は為替の影響が発生するので投信での保有はお勧めしません。不動産・金・原油・投信は投信だと割高となるためETFがお勧めです。 

 整理すると株式は円建て保有可能で、債券・不動産・金・原油はドル建て推奨となります。債券は為替の問題、不動産・金・原油は商品選択の問題です。これによって日本円だけでなく、ドル建て資産も保有することに繋がり通貨分散が可能となり、円安リスクへのヘッジも期待できます。 

4. リタイア資金の安全を守る:収益順序リスクへの実践アプローチ

 前章で提案したポートフォリオの構築は2段階の手順を踏みます。最初にシンプルな株式:現金のリスク資産と無リスク資産のポートフォリオを構築します。この手順はリスク許容度さえ確認できれば即時に構築可能です。 

 次に前述の債券・不動産・コモディティを含む合成ポートフォリオの構築です。こちらは5年~10年のスパンで我慢強く市場サイクルを伺う必要があります。債券・不動産・コモディティなどの商品には5年~10年に一回、もしくは数回程度チャンスが訪れます。債券のトリガーは金利で、コモディティのトリガーは世界情勢の変化です。 

 これらのトリガーが発動した局面で各アセットクラスのポジションを構築することでアセットクラスの分散とリターンの向上が期待できます。なぜ長期で株式に劣る債券などを含めることでリターンの向上が期待できるかというと、十分に魅力的な価格で仕込むことを前提としているからです。 

 マーケットの動向は読めないので底値で仕込むことは出来ないというのが通説ですが、債券に関しては「金利」というファクターを通じ原理原則に応じて対応することで概ね期待通りの結果を得ることが出来る商品となります。 

 金・原油などのコモディティに関しても著しく需給と乖離した価格変動は10年~20年程度の価格変動を確認することで容易に分かります。日々の小さな変動は無視し、大きな歪み(確実に勝てる局面)のみで勝負する戦略を採用することで株式以外のアセットクラスを加えることで分散効果とリターン向上を狙えます。 

 この戦略では平時はシンプルな株式中心のポートフォリオとなり、金利動向・バブル・歪みを活用できる場合に限り、他クラスを組み合わせるハイブリッド型となります。

 日々の情報収集やポートフォリオの維持に労力を有するため、資産が一定額に達するまではシンプルな株式中心ポートフォリオがタイパの観点から優秀です。1億円を超えたらハイブリッド型を検討しても良いと思います。 

収益順序リスクを加味した株式・現金を軸とした債券・不動産・金・原油を含む分散PFを示す図

5. まとめ

 本稿では、FIREと収益順序リスクの関係性に焦点を当て、主に資産取崩し期にかけての投資戦略に新たな光を投じました。収益順序リスクが投資家のポートフォリオに与える影響は、特にリタイア計画において無視できないものであり、そのリスクを適切に管理することがFIRE達成への鍵であることを明らかにしました。 

 本稿を通じて示された主要な気付きは、資産運用の成功は単にリターンの最大化だけではなく、リスクの管理においても等しく重要であるということです。収益順序リスクに対処することで、市場の変動がもたらす不確実性の中でも、リタイア計画を順調に進めることが可能になります。 

 加えて、FIREにおいては、個々のライフスタイルや目標に応じたカスタマイズされたアプローチが不可欠です。収益順序リスクへの対策は、一つのモデルに過ぎず、各個人の状況やリスク許容度、将来の金融目標に合わせて調整する必要があります。 

 最後に、この論考はFIREを目指す投資家に対して、収益順序リスクというしばしば見過ごされがちなリスク要因に注意を払うことの重要性を示唆しています。

 投資戦略を立てる際は、長期的な視点を持ち、市場の不確実性を踏まえた上で、柔軟かつ先見的なアプローチを取ることが成功への道を切り開きます。この論考が提供する洞察が、読者の投資戦略とリタイア計画に有益な影響を与えることを願っています。

 

 

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