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人生100年時代の運用戦略

1. はじめに 

 昨今、政府主導で人生100年時代の到来が叫ばれ、政策に沿った主張やビジネスを目にする機会が増えました。現在、平均寿命は男性が81.47年、女性が87.57年です。(厚生労働省公開の数値) 

 寿命と「健康寿命」には差があり、概ね平均寿命にマイナス10年程度加えて年齢が健康寿命の目安になります。そうすると実際は70歳を過ぎると健康寿命が危うくなります。

 人生100年時代はスローガンとしては分かりやすく、人生設計を考えるきっかけとしては良いですが、そのまま鵜呑みにするべきではありません。本稿では投資家目線で人生100年時代をどう生き抜くかについて整理します。 

2. 人生100年時代到来の可能性は低い

 人生100年時代の到来は医療技術の進化に依存しますが、難しいのが現実です。100歳まで生きる人は増えますが持続的な医療改善では困難です。

 人生100年時代を確かなものにするには、医療分野における革新的・破壊的なイノベーションが必須になります。例えば老化した細胞を後遺症なしで復活させる技術の開発、臓器などの人口培養・移植、クローン技術の人体応用などが加速しないと不可能に思えます。

 実際に統計ベースでみても多くの人が100歳を超えるまで生きられると主張するに足る根拠はみつかりませんでした。(私が調査した範囲です) 

 数年前にライフシフトが話題になり政府の公表資料にも人生100年時代が謳われていることから漠然と将来は100歳まで生きられるのかぁ、と考えてしまうのは早計です。

 ライフシミュレーションの一環としてはリスクシナリオとして平均寿命+αまで生きる前提での資産管理が求められますが、+10年を見積もれば十分です。 

 政策的な人生100年時代の推進は年金制度の破綻に起因した高齢者労働の拡充・高齢者医療費削減と密接に関連しています。高齢者がより長く働けば年金支給年齢を繰り下げることができ、財源圧迫が軽減されます。 

 人生の後半戦(正確には終盤戦)は多くの方にとって、想像より厳しいものとなる可能性が高いです。理由は様々ですが、①資金、②健康、③人間関係が大きな要因となります。 

 本稿では投資家目線で①資金について考察します。

  人生100年と聞くと、退職(引退)までに100歳までの生活資金を蓄える必要があると考えがちですが、まずライフプランの整理が必要です。多くの方の寿命は平均寿命付近に収斂します。

 よって長寿プランとして100歳まで生きるシナリオを試算してみることは問題ありませんが、メインシナリオに設定すると問題が発生します。 

 現実的には平均寿命をメインシナリオとしつつ、-10歳くらいで健康寿命が維持できなくなり、何らかの介護が必要になると想定するのが現実的です。生活費の試算では健康状態を加味して介護の要否でパターン分けが必要です。 

 今後、医療の発展によって「生かされる状態」が長く続くリスクが存在します。このリスクをヘッジするのが「生涯投資」の概念です。

 長期投資では現役自体を通じて30-40年の資産運用で老後資金を蓄える、というストーリーが語られますが、老後が長期化傾向にある現代においては生涯を通じた資産運用が求められます。 

 医療によって「生かされる状態」については賛否がありますが、現状は「尊厳死」は制度として認められておりません。人生100年時代が訪れると仮定して、人生のピリオドの打ち方は自分で決められる方が良いと思います。(本当に個人的な意見です) 

 資産運用が適切であれば人生の終盤戦で健康を害しても生きていくだけの資金を確保することはそれほど難しくないと考えます。しかしながら人生の満足度、という視点では別です。

 人生の実質的なリミットは健康寿命を維持できている間と考えた方が現実に即しています。 

 病院で寝たきりになったら仮に資金がいくらあっても新しい経験もできず意味がありません。よってライフプラン上は健康寿命が維持できているうちに資金は積極的に価値ある経験に交換します。そして資産は終盤戦に必要な金額を残し、消費・贈与・寄付などに用いるのが良いです。 

 これはdie with zeroの発想をベースとしています。

 「ゼロで死ぬ」はコンセプトであり、現実には正確な死期は予測困難であるため、一定の資金バッファが必要となります。とはいえ、財(資産)は効用を期待できる財産に積極的に交換し、その価値を発揮させることが重要です。 

 日本の家計金融資産は約2,000兆円と言われますが、その多くは高齢者が保有しており現預金に偏っているのが実態です。認知症を発症すると原則として金融機関の口座は凍結されます。 

 手間ですが成年後見人などの制度の利用が求められます。とはいえ制度の使い勝手が悪いため、問題を抱える高齢者は多く存在しますが、成年後見制度の利用は進んでおりません。 

 投資家として適切に資産を運用しつつ「ゼロで死ぬ」ためには新たな戦略が必要です。①人生をフェーズ分けして能動的に活動できる期間に資産を有効に使うこと、②健康寿命が害され介護が必要な状態になっても資産運用が継続される状況を維持することが必要です。 

 前者は本人の意識次第である程度達成可能ですが、後者は困難です。金融取引は本人取引が原則であり、法的に有効な委任状が存在しても取引を認めない金融機関も存在します。成年後見制度は保護に重点が置かれ、運用には不適切な制度でランニングコストも高く、制約が多い制度です。 

 意思決定能力が劣化した場合にも適切な資産運用が継続できるフレームワークが人生100年時代には求められております。高齢者向けの金融アプローチに金融老年学(金融ジェロントロジー)という考え方が存在します。 

 日本は高齢者比率が高まり続けているため「高齢者の資金凍結・運用の継続」は今後は重要課題として認知され、様々な制度改正が進むと考えます。現状は採用できない手法が可能であれば終盤戦の資金問題は大きく前進します。 

 個人的には一定のトリガー(認知症の診断結果)を条件に本人の生活に必要な資金を事前に定めた方針に従って自動運用(オートパイロット)で対応してくれるサービスの社会実装が求められると考えます。 

 自動運用会社は民間で問題ありません。現状の制度だと「家族信託」のスキームが近いです。委託者兼受益者である高齢者のトリガー条件抵触によって、資産運用がオートパイロットに移行し、受託者が事前に定めた条件内で受益者の為に資金を利用できる仕組みです。 

 現状、信託スキームを利用しようとすると金融機関に「信託口口座」の開設が必要ですが、対応している金融機関が限定されており、通常の口座開設手続きと異なり手間がかかります。機能も制限されており使い勝手も微妙です。 

 他に選択肢がないので利用しているというのが現状です。今後、高齢者の資金問題が加速する状況においては利便性の高い制度設計、サービス提供が求められます。行政による制度改正と金融機関によるサービス改善が必要です。 

 パーソナルファイナンスの終盤戦を考えると資産形成フェーズとは全く異なるニーズに向き合う必要があります。資産運用の位置付けは世代によって大きく異なります。運用で増やすことを重視するのか、消費とのバランスを重視するのか、様々です。 

 今回は高齢者の死蔵資産について触れましたが、運用戦略は人生設計とセットであるため、唯一の正解はありません。個々人の状況に応じてカスタマイズが求められます。 

 とはいえ型と呼べる汎用的な仕組みが必要です。しかしながら、人生の終盤戦における資産運用に関してはこれまでフォーカスされておりませんでした。数百兆円の家計資産が認知症等の問題により凍結され実質的に死蔵資産と化している状況の改善が必要です。 

 今後も高齢化社会は加速します。社会全体として高齢者の資金を効率的に円滑に運用できる仕組みが必要です。本稿では人生終盤戦の資産運用を考えるきっかけとして人生100年時代というキーワードを利用し、問題提起を致しました。本分野は社会的ニーズの高まりを受け今後本格的な議論が加速します。

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