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あくまでアマチュア書評集 “ワケあって未購入です” #5 『凍』 沢木耕太郎 (2005年、新潮社)

初めて読む作家。代表作『深夜特急』をいつか読まなきゃと思って機会がないまま、実家でこの本を見つけたのでお試し。入り方としてはたぶんイレギュラーなのだろう。

失礼ながら、文章はあまり上手いとは言えない感じもあるが、内容が凄すぎて文章力の問題はすぐに忘れてしまう。私はルポルタージュ系のノンフィクションをそれほど読まないので、この分野ではそもそも、文学的な美しさを追求したりはしないのかもしれない。

本書は山野井泰史、妙子夫妻の、ヒマラヤ山脈・ギャチュンカンへの壮絶な登頂記。登山といってもクライミングであり、私のような素人にとっては(いや誰にとってもだが)壮大な岩登りである。特に私は極度の高所恐怖症で、布団にもぐってぬくぬく読んでいてさえ、全身が緊張でカチンコチンである。

山野井氏は、いや冒険家特有のチャレンジ精神は、誰も登った事のない山へと向かい、ほとんどの山が征服されてしまうと、今度は同じ山でもまだ開拓されていない登頂ルートに向かう。かくして彼らは、人跡未踏の場所を狙う事になり、本書で描かれるような不測の事態、予想を超える困難にもぶつかる。当然、生命の危機である。

本書には泰史氏だけでなく、妻・妙子氏の視点による描写もあるが、そこには「どう考えても落ちそう」な箇所を、自分の足と岩を「だましだまし」登攀し、あろう事か「落ちなかったのが不思議なくらいだった」とさえ振り返る。私などもう、「どうかしてるぜ」と呟く他ない。

さらに彼らは無酸素状態の高度で、テントどころか腰を下ろすスペースさえない岩に張り付いて、吹雪の中、立ったまま夜明けまでビバークする。私の貧相な想像でしかないが、ちょっとウトウトして足がカクンとなったら、それこそ数千メートル下まで真っ逆さまなのではないか。やはり私としては、「狂気の沙汰や。どうかしてるぜ」と呟く他ない。

そうして読み進める内、だんだん腹が立ってくる。誰にも頼まれないのに、なぜこんな苛酷な事をやるのか。こんな事を言うと冒険家の人たちにフルボッコにされるかもしれないが、これはもう、「命がけの状況が止められない依存症」ではないのか。この夫婦は、凍傷で足も手もほとんどの指を失っても、まだ次の山へ出かけてゆくのである。

そんな凄絶な出来事を、文章にしてこの私に読ませる沢木氏も同罪である。わざわざ題材に選んだだけ、むしろ沢木氏の罪の方が重いであろう。氏が本にさえしなければ、私はこんな恐怖を味わずに済んだのだ。

沢木氏の筆致は、詳細を極める。本筋とは関係のない細かな出来事も、全部書く。人は、緊迫した状況にあっても不謹慎な考えが浮かんだり、自分を助けてくれる人にも失礼な気持ちは起こったりもするものだが、沢木氏はそれを、他の重要な出来事と同列に扱って書いている。良く言えば、いわゆる「意識の流れ」の手法だと言えるだろう。

あるいはユーモアのスパイスとして挿入されているのかもしれないが、沢木氏の文体がどこまでも実直かつ硬質なため、つい何かの伏線かと思ってしまう(いくら読んでも回収は無い)。ページに挟みこまれていた新刊出版案内にある沢木氏の宣材写真も、ハードで精悍な表情をしていて、ユーモアなんて一切口にしそうにないのである。終盤には、泰史氏が救援に来た男たちの幻を見るくだりがあるが、これも説明や解釈などは全くなく、ただそういう体験をしたという主観的記述にすぎない。

さすがに『深夜特急』にはここまで恐ろしい場面はなさそうなので、いつかは読んでみようと思うが、クライマーのノンフィクションはもうこりごりである。実家の本棚へ早急に戻しておこう。そもそも松本清張とかミステリばかり読んでいる両親が、なぜこの本を買ったのか謎である。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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