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野球紀行/観衆35人、熱戦ここにあり ~鳥屋野球場~

 九回表のにいがたKDの攻撃。二死一、三塁、スコアは13-12で全飯豊クラブのリード。打者は四番の近。少ない観客は身を乗り出して戦況を見守る。しかしあえなくセカンドゴロ、13-12で全飯豊の勝ち。試合終了18時。
 これだけお伝えすると、「よくあるシーン」で片づけられそうだが、この試合、二回終了時では9-1、五回終了時でも12-2で全飯豊がリードしていたと言ったら、どう反応されるだろうか。
 さて、皆さんにとって、「知らないチームの試合」はつまらないだろうか。知らない選手しか登場しない試合はつまらないだろうか。僕の場合、頭では「そんな事はない」と考えていたのだが、この試合はそんな考えを信念にまで変えてくれた。大阪ドームで行われる「弟26回社会人野球日本選手権」。都市対抗と並ぶ、社会人野球最大のイベントの、この日は新潟一次予選。同日に一回戦を勝ち抜いたにいがたKDと全飯豊クラブによる二回戦だ。
 場所は新潟市営鳥屋野球場。老朽化著しい球場に、八月の陽射しが容赦なく照り付け、歓声の代わりに聞こえてくるのはセミの声ばかり。静かだ。これが、賑やかな応援で沸く大阪ドームでの本大会の予選なのだろうかと目を疑いたくなる。二回の攻防が終わった時、観客の数を数えてみた。普段そんな事はしないが、ついしたくなる程の少なさだったのである。

謎の一団。全飯豊・藤井選手のファンクラブか?

 35人。確かに35人だ。ただし、極めてラッキーな35人でもあった。「野球を観る」という非生産的な行為が、稀にみる面白い試合によって報われたのだから。
 もちろん、クラブチームのレベルなので、エラーも暴投もある。しかしアマの場合、展開として面白ければそれで「観る価値あり」と僕は判断する。先日、高いお金を払い、ファイターズ(一軍)の情けない試合を見て感じた、完全に消えることなく僕の中でくすぶってた怒りを、今日はじめて知ったこの2チームが、しばし癒してくれたのだった。こんな試合なら、お金を払ってもいいなと思った。いや、実際払ったのだ。
 公式戦とは言え、地方のアマの試合だと、無料の場合が多い。この日の鳥屋野球場も、いかにも無料という佇まいだった。何の躊躇もなくスタンドへの通路をくぐろうとすると、役員だか観客だかよくわからないおじさんに呼び止められた。500円のパンフを買わなければいけないという。このパンフがチケット代わりということらしい。
 見ると、この新潟一次予選には、「第4回新潟県選手権大会」という別の名目も付いていた。こういうのは「どっちなんだ」という気がしてあまり好きではないのだが、それ以上に「有料なの?」という意外性の方がインパクトが強かった。が、パンフというのは、買わないよりは買った方がいいというのが僕の主たる考えで、パンフがあると色んな事がわかるという表面的なメリット以外に、試合が身近に感じられるという、精神的なプラス面もあるのだ。

ここを通る前に予感はしたのだが、やっぱり有料。

 パンフによると、全飯豊というチームは、昭和50年から大会に参加しているなかなか歴史のあるチーム。この時期は国鉄新潟というチームが全盛だったようで、時代を感じさせる。対して昭和63年から「KDクラブ」というチームが参加しているが、これがにいがたKDの前身ではないかと思われる。メンバーは、全飯豊は新発田農業高校出身者が多く、土地柄が出ている。中に国士館大学とか、国際武道大学の出身者もいるが、いずれ強豪校でどんな活躍をしていたのだろう。にいがたKDも、地元の高校出身者が多いが、いくらか散らばっているようだ。亜細亜大学出身者もいた。
 前の試合が長引いて、開始は15時15分。パンフ売りのおじさんに何度か「試合まだですか?」と聞いてるうちに顔を覚えられ、出入り自由になっていた。
 スプリンクラーがないのか故障しているのか、ホースで水をまく。選手と観客が何やら世間話をしている。何人かのグループがいて、飯豊の藤井選手の名前がコールされるとやたら盛り上がっていた。たぶん知り合いなのだと思うが、彼らはにいがたKDの得点に喜んだり、どっちを応援しているのかよくわからない。
 飯豊の先発・久保は、サイドハンドらしくコントロールよく、初回、最後の打者を見送り三振にとるも、一死から連打で1点を失う。

一見、誰もいないようだが、一応35人いる。

 にいがたKDの先発・五十嵐はどうも球威がなく、連打で1点の後、四番赤川に2ランを浴びると、またたくまに計7点を失う。藤井もヒットでさっきのグループが大喜び。彼らは、初回のにいがたKDの1点にも喜んでいたが、これは、おそらく地元では「飯豊が強い」という定評があって、今日も飯豊が勝つだろうという大方の予想の中、得点したことで「おお、やるじゃん」という反応の表れではないかと見た。早くも7-1となったこの時点では、どうしてもそう考えてしまう。
 二回裏には赤川がまた2ラン。結果的に飯豊が勝つので、MVPはこの赤川と思われそうだが、終盤、彼のまずい遊撃守備でにいがたKDの追撃を許すことになる。にいがたKDの二番手は左の秋本。早くも敗戦処理か?気の毒にと思っていたら、少しは速い球を投げる。後続を連続三振に。三回には既に2ホーマーの赤川も三振に。彼の粘投がにいがたKDの反撃を呼ぶ。
 四回のにいがたKD、連打で一、三塁とした後、ゴロで1点。それでもまだ9-2と点差は大きいが、秋本の力投と合わせ、何かやってくれそうな気がする。にいがたKDの反撃を見たくなる。
 と思いきや五回、1点を失った後、赤川の2点タイムリー。しっかりやりかえす四番だ。これで12-2。にいがたKD、これで息の根を止められたか?スタンドで体を焼いてる者まで出てきた。この時点で、誰もがコールドだと思った事だろう。しかしこの試合が面白いのは、そうならなかったからだ。「面白い試合」は六回表から始まった。

老朽化で評判のよろしくない鳥屋野球場だが、スロープがある点は評価されている。

 久保にも疲れが出てきたか、三連打で1点の後、さらにヒット、エラー、押し出しと、一通りのパターンで3点。久保を代えるか?いや代えない。まだ余裕があるようだ。だが得点のパターンはまだある。フライで三塁ランナータッチアップ。タイミングはアウトだが、捕手がポロリ。一瞬の間を置いて、ランナー再タッチでセーフ。これで12-7。飯豊の守備が乱れてきた。観客の目つきが変わってくる。なにげない顔をしているが、皆有料の客だ。
 しかしその裏、飯豊はダメ押しかと思われる1点。しかしこれが飯豊の最後の得点になった。七回、ショート赤川芸術的なトンネルの後、投手の秋本自ら2ラン。はじめて飯豊の内野陣がマウンドに集まった。代わった黒田は、左足をブラブラさせる変なフォーム。だが変なフォームの投手は打たれる。代わりばなをヒットされ3点目。これで13-10。本当にわからなくなってきた。一塁側からだんだん日陰になってくる。

強制的に買わされるパンフ(笑)。チケット代わりだが。

 八回、円陣を組んで気合を入れるにいがたKD。面白くなってくると同時に野球らしくなってきた。やっぱり野球は「円陣に気合」だ。打ちあぐんでいた久保はもうマウンドにいない。連打で1点、13-11に。
 最終回、影がマウンドを覆う。先頭が四球、九番高橋、セカンドゴロでスライディングもアウト。気合を見せる。一番小林のゴロをまた赤川がエラー。これで一、三塁に。ランナー二盗、しかし二番堀川、外の球を空振り三振。一打同点のチャンスで三番星名。身を乗り出す観客。
 カウント2-2から左へファール、右へファール。捕手、外へ構えたり内へ構えたり。投げられる球は全部投げてみようという感じだ。後ろへもファール。結局ショートゴロ、万事休す!
 ところが、赤川がまたポロリ。とうとう1点差だ。そして四番・近...。
 プロ、アマ含め、この日行われた公式戦の中で、恐らく一番の熱戦だったであろう試合は、ここ新潟で人知れず行われていた。我々はかくも幸運な35人だったのだ。九回、「やってるやってる」と言いながらどやどやと入ってきた野球少年のグループ、スコアを見てしばし唖然(?)。(1999.8)

[追記]
 老朽化の激しい鳥屋野球場だが、まだ現存している。既にハードオフ・エコスタジアム新潟がある今、そろそろ役目を終えるのかと思いきや、2024年現在、鳥屋野潟の南岸、ハードオフ・エコスタジアム新潟があるあたりに建て替える方針らしい。野球場の充実ぶりは政令指定都市でも突出した新潟市だ。
 この試合を始終盛り上げてくれた全飯豊の赤川選手だが、その後どんな球歴を歩んだのかはわからなかった。

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