野球紀行/市営球場ついに改修 ~川口市営球場~
飯能×越谷。このわかりやすい対決は、高校選手権埼玉大会の一回戦。どちらを応援しているわけでもないが、たまたま飯能側のスタンドにいたため、熱心な父兄からメガホンを与えられた。「(試合が)終わったらその辺に置いといてください」と。
こうした無償のサポートを行っている人たちの存在に、野球の活気というものを感じる。「キューポラのある街」川口も変わった。特に川口駅西口はまったく別の街になったと言ってもいいくらいだ。鋳物工場群は、中国の好況のおかげで最近、息を吹き返しているという。直接関係はないものの、市営球場がようやく改修され、街に高校野球という活気が戻ってきたのも、その連鎖という気がする。市営球場のある辺りは変わり映えがしないが、野球場が放つオーラが違うのだ。
子供が選手に「ボールください、カッコいいお兄さん!」
地方の一回戦でも、子供から見るとヒーローなんだろうか。試合前、気勢を上げる選手。確かに、ここでは彼らがヒーロー。皆不自然なほど笑っている。それだけ緊張しているという事。貴重な時間を思い切り暴れるべきだ。
先攻・飯能はヒットと四球で満塁。越谷の右腕山本はスピードがもうひとつ。五番加藤はのけぞるフリをするがごまかせず見送り三振。続く近藤は二飛。打線の拙攻に助けられた越谷。荒れそうな出だしだ。でも少しくらい荒れた方が「街に高校野球が戻ってきた」という感じで景気が良い。
去年の暮れ、たまたま市営球場の前を通りかかったら、周囲が高く仕切られていた。そこではじめてこの球場がついに改修される事を知った。夜で周りが暗かったので、余計にミステリアスに見えたせいか、やたら期待が高まった。
僕の「球場巡り」の原点はたぶん平塚球場と言って良いが、さらに「野球場好き」の原点を辿るとこの川口市営球場になる。荒川ひとつ隔てたとなり町に野球場があるというのがなんとなく嬉しく、周りは公園という事もあって子供の頃はよく遊びに来たものである(子供にとって自転車で県境を越えるというのはちょっとした冒険で、とくに目的地に対する根拠は必要ないのだった)。その頃から十分ボロい球場で、ボロいまま今日まで続き、いつの間にか高校野球の歓声が消えていた。
三回、ゲッツーくずれで飯能が1点を先制。地味に試合が動き出す。地味と言えば、秘密のベールを思わせる仕切りに囲まれていた割には、改修後の姿も思ったほど変わらなかった。ボロい時の姿そのままで改修されたという感じだ。最近改修された球場で最も変わったのが僕の知る限りでは市原臨海球場だが、そのくらいの変貌を期待していた僕としては少々拍子抜けだった。しかしスコアボードだけは、いかにも公営野球場風という、悪く言えば無個性というかセオリー通りのものに変わっていた。
無個性といえば、飯能の左腕・吉元はきれいなフォームから球筋もきれいなボールを投げる。スローボールも使うが、スローの後は速球と、使い方もセオリー通りっぽい。
越谷の反撃は四回。狐木沢四球の後、三番小池尚がバント。捕手、バントさせじと動くが及ばず。四番青木に連続スローボール。しかし3球目が甘く入った。吉元は見たところスローは外れる傾向があり、3球連続のスローは無い。そういうパターンになっていた所をたぶん読まれたのだろう。センター追いつかずタイムリー、1点。五番山本四球で勝ち越されるピンチ。しかし六番金城を三ゴロゲッツーに仕留めたのだが、このサード黒坂の、深いところからの好送球が良い。地方の一回戦ながら、実はここまでエラーがない。なかなか良い試合だが、それだけに一回戦にしてどちらかが消えなければならないのが、観る方としてもちょっと辛い。
再び勝ち越したい六回の飯能だが、チグハグな感じ。四番町田よく見て四球の後、加藤、ぶつかる。デッドボールか?高校野球では珍しく審判が集まって協議。結局「避けていない」という事でボール。飯能側からブーイングが起きるも、その直後モロにデッドボール。一度の打席で二度ぶつけられた加藤君。
続く近藤はバントを打ち上げアウト。須川はバントをちゃんと決め二、三塁。岩下は際どいボールをよく見た後、際どいストライクもよく見て三振。この時一気にたたみかけていたら...。
外野は広くなり、フィールドは砂入り人工芝になり、照明塔もスタンドも新しくなり、昔の姿を留めているのは球場の基本的な形状と、エントランスだけになった。手動だった頃のスコアボードは味があり、うろ覚えだが「審判」が「シンパン」とカタカナ表記されていたような気がする。照明塔はもっと無骨で、フィールドが狭かった分外野芝生席には客席として充分なスペースがあった。数々の悔恨を、歓喜を見届けてきた「モノ」はなくなり、証人は「人」だけになった。僕もこれから、新しい野球場を舞台とするドラマの証人になる。街に戻ってきた野球の活気と、悔恨は表裏一体だ。
その裏の越谷は四回と同じ打順とパターンだ。狐木沢四球の後、三番小池尚がバント。このバントを一塁手がエラー。一瞬にして二、三塁のピンチ。続く青木にスローを打たれるところまで同じ。それはピッチャーライナーで収まるが、たぶん投手吉元が見せ球にしていたスローボールに手を出されるようになり、やりにくさも感じていただろう。五番、相手投手の山本にスクイズを決められ、1点。勝ち越したのは越谷だった。
派手に動くと思われた試合が、スクイズという、高校野球らしいと言えば高校野球らしい地味な動きを見せた。
投手のタイプとしては素直そうな吉元に対し、越谷の山本は、最初「スピードがもうひとつ」と評していたものの、ここまでくると「技巧派」に見える。小宮山悟を思わせるセットから、肉眼で見えるリリースポイントよりもボールが後ろから出てくるような、ちょっと不思議なフォームだ。そう言えるのも、もちろんここまで抑えているからなのだが。
反撃したい飯能だがこの山本を打ちあぐむ。二死一、三塁のチャンスで四番町田。1-3まで見たのに5球目を打ち上げる。球筋はアンダースローでもないのに下から来る感じ。打たされた。まだ七回も、もう七回。ビッグイニングのチャンスを三度潰したのは痛い。
町田、その裏打者の二ゴロを、足を滑らせたか一塁での捕球体勢に入れず。記録はヒットだが、記録に残らないミスだ。これが一番柴垣のタイムリーにつながる。3-1。
押していたはずの飯能が窮地に立たされ、押されていた越谷が勝利を目前に。野球ではよくある事だが、何度見ても思い知らされる。「守りきった方が勝ち」だと。飯能の最後の打者岡田のゴロは一塁ベースに当たって跳ね返る。一瞬、ハッとなる。この一瞬に、ここから突破口を開いて、と望みをつなぐ人たちがいる。しかしその望みが消えるのも一瞬だった。
ホームを挟んで整列し、礼。そのままうずくまる者もいる。「一回戦」に対する認識を改めさせられるシーンだ。大抵、一回戦は本気で甲子園を目指しているわけでもないチームが、エラーやり放題、という試合が多い。しかし当然、勝ちにきたチーム同士が一回戦で当たっても、どちらかは消える。「一回戦にだってドラマがある」のではない。一回戦からはじまるのだ。(2003.7)
[追記]
川口市営球場改修後、首都大学リーグ戦が行われた事があったが、高い筈の防球ネットも頻繁にファールボールが軽々飛び越えて道路に転がってしまっていた。たぶんそのせいかと思うが、せっかく改修したのに以後大人の硬式野球では使われていない。
この球場が正に「賑わいを取り戻した」のが女子プロ野球だった。「埼玉アストライア」のホームゲームでしばしスタンドは満員になり、道行く人の興味を引いた。市とチームが「ホームタウン協定」を結ぶなど良好な関係だったが、女子プロ野球がなくなり、また寂しくなってしまった。
翌年の埼玉国体で「コバトン」がデビューする。
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