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野球紀行/ハチ公よりも樹海ドーム ~大館樹海ドーム~

 昔から「木でできているもの」に対して僕は畏敬の念を抱いていた。畏敬というか、普通は木で作られないものが木で作られていると、それが凄くカッコイイ事のように思えたのだ。例えば木製のおもちゃなどには、ステータスのようなものを感じる。作り手の心みたいなものが近くに感じられるようなイメージがある。実際は木の製品もシステマチックに作られてはいるのだが、それがイメージというものなのだ。
 イメージと言えば、木製であることがネガティブなイメージを持って語られる唯一のジャンルがある。「木造建築」だ。アパートの物件情報を見ていると、同じ間取りでも木造は鉄筋コンクリートよりも格下に扱われている。木材の耐久性はコンクリートよりも上と言われているのに。
 そんな風に、「木製」「木造」に対する僕の思いには複雑なものがあるのだが、それをもっと複雑にしてくれるキーワードが「木造ドーム」である。

スタンドはすべて秋田杉。

 さて樹海ドームは大館市の「ハチ公」と並ぶ、「世界最大級の木造ドーム」である事が売りの新名所。ポジティブとかネガティブとか言う以前に、「ドーム」と「木造」の組み合わせが、何やら衝撃的なのだ。dome は「ドーム」の意味でしかないが、野球ファンにとっては「屋根のある野球場」である。その野球場が「木造」だというのだ。当然、樹海ドームはこれ以上ないくらい面白い存在。野球などやってなくても行ってみたいものだが、はてドームのための野球なのか否か、大学野球をやっていたのだった。
 北東北大学野球連盟は、名前の通り青森、秋田、岩手の大学野球を統括する連盟。一部リーグ6校、二部リーグ5校、三部リーグ5校で構成される比較的大きい部類の組織だ。野球ファンの知名度は低いが、大学球界では強豪として割と全国的に知られた青森大学を擁する。

屋根の架構も秋田杉。壮観だが、選手が打球を見失いそう。実際、見失っていた。

 というウンチクはともかく、その北東北大学野球連盟が、秋季リーグ戦も終わったこの時期、内輪のトーナメント大会をやるというのである。毎年やっているのかどうか知らないが、僕ははじめて知った。観衆はざっと数えて65人。「あまり知られていないもの」を楽しむという事は、いつやっても快感だが、今日はハード(球場)とソフト(試合)の両方にそんな楽しみがある上、試合も樹海ドームがどうこう言うのを忘れさせるほど面白い。冷静に考えると、こういう事は滅多にない。
 二回戦第三試合は、先攻が一部2位の富士大、後攻は二部2位の秋田大。試合前の一礼。身なりが普通な富士大に対し、茶髪ロン毛もいる秋田大。野球に対する姿勢みたいなものがこういうところに出るのかも。また格を比べても順当に考えると富士大のコールド勝ちといったところなのだが、この試合はちょっとした番狂わせだ。秋田大の右腕・笹村は極端にテークバックが小さいユニークなフォーム。このフォームからそこそこ速いストレートとカーブを投げる。打者から見たらかなり打ちにくいのではないだろうか。しかし二回、六番新居に初ヒットを打たれる。僕も、これを機に富士大打線が一気にこの投手を捕らえ、そのまま...という展開を予想していた。

通路で控える選手。

 富士大の右腕佐々木章はストレートが笹村よりも良い感じ。しかし初回に振り逃げで出した走者をパスボール、四番下総のライト前ヒットで返してしまう。外へ、外へ逃げ気味だったので気になってはいたが。それでも次の打者を見逃し三振。二回には六番伊藤をインサイドで三振に。こちらの方がストレートは良さそうだし、立ち直れそう。この試合、どちらも投手に注目だ。
 そのうち捕らえるぞと思っていた笹村が三回、落ちる球を見せた。途中で幅を広げられると打つ方は辛い。この投手、結構ピッチングを「組み立てて」いるな、と思う。四回には一死三塁のチャンスに四番村岡、この落ちる球に手を出さず。結局遊ゴロで走者運悪く本塁憤死。打ちあぐむ富士大。しかし五回、五番田村のホームランでついに1-1。
 はて、樹海ドームがメインの筈がつい試合の話をしてしまった。
 打った田村を迎えるベンチから「名を残したぞ!」という声が聞こえた。「名を残した」とは、何に対してだろう。北東北大学リーグのトーナメントでホームランを打つ事でそれほど大きく打者の名前が残るものだろうか。やはり「樹海ドームに名を残した」と言いたかったのだと思う。建築界やデザイン界から権威ある賞をもらっている樹海ドームだが、それはあくまで建築物としての評価で、野球場として甲子園のような権威があるわけではない。またキャパシティが小さいので、それほど全国的にメジャーなスポットになるとも思えない。それでも何か「名を残す」事が特別な事のように思えるほど、この「樹海」は我々の目に魅力的に映る。

スコアボードはちょっと貧弱。

 テフロン膜で覆われた天井に張り巡らされた架構は、すべて樹齢60年以上の秋田杉。日本三大美林の一つと言われる秋田杉がこれだけのスペースに贅沢に使われている様は壮観である。またスタンドも秋田杉。木には癒しの力がある。心地よい杉の香に包まれての野球観戦など、考えてもみなかった。
 色々とパターンを変えてくる笹村に対して、単調な感のある佐々木、五回にはショートの落球で二死一、三塁とされた後、三番工藤にレフト前タイムリーを打たれる。六回には代わった鈴木、岩谷も打たれ5-1に。本当に番狂わせになりそうな雲行きだ。秋田大の学生とおぼしき女性が「勝ったらどうするのかな」。
 どうするのだろう。まあ準決勝進出である事は確かだ。笹村を打ちあぐみ、流れを呼び込めない富士大。本当にそうなりそうだ。八回に登板の佐々木重が秋田打線を三者凡退に。いい球が来ている。最初から彼を出していたら...。
 しかし後の祭り。九回裏、あと一人。三番菅原、ファールで粘る。盛り上げる富士大ベンチ。またファール。そのファールにも力がなくなったか?力無く三塁ファールゾーンに上がる。
 7-3。二部が一部に勝ってしまった。たぶん、ファームが一軍に勝つよりも凄いかもしれない。珍しい野球場では、珍しい試合が観れるのだろうか。

色々と展示。

 スタンドにはパラパラの観客だが、ロビーには結構人がいる。こけら落としでイースタンリーグのオープン戦が行われた時の写真とか、その他大きなイベントの展示に見入っている。僕もその写真を見ていたが、どうもプロの選手の体が異様に大きく見えた。外野席が異様に狭いため、ちょっと大きなホームランだと屋根に当たってしまいそうだ。プロにはこのドームは小さすぎるのかもしれない。
 が、大学野球にはすごく合っていそうな気がする。それも、寒い地方の大学野球に。無機質な室内に張り巡らされた木。どこか牧歌的な大学野球にピッタリくるものを感じるのだ。もっともこの架構のせいか、結構野手がフライを見失っていたのだが。
 野球のレベルが高いとは言えない東北だが、僕は、東北の人は凄く野球が好きなのではないか?と思っている。観る野球はもちろん、する野球も。岩手と福島の社会人チームの登録数は群を抜いているし、鶴岡ドリームスタジアムのような魅力的な野球場を造ろうという情熱もある。野球場としては不完全なこの樹海ドームにも、同じ熱を感じる。ドームに批判的な声は多いが、寒い地方で寒い時期にも野球がやりたい人達のためのドームを否定することはできない。
 公共事業である以上、批判の対象にもなっているのだろう。しかし僕には樹海ドームが、寒い地方で頑張る野球選手へのご褒美のようにも思えるのだ。(2000.10)

[追記]
 現在Youtubeで「樹海ドーム」を検索してみると、一番古い動画でも2010年頃のもの。ずいぶん遅れてる人たちだなと(笑)。
 このサイズの木造ドームでは出雲ドームという先輩があるが、硬式野球を行ったところ色々不具合があって、少なくとも大人の硬式野球は行われなくなった。樹海ドームもそうなるのではないかと心配になったが、一応まだ利用種目だそうで安心した。 
 最近「ニプロハチ公ドーム」などという名前を付けられたらしいが、そんな名前で呼びたくない(笑)。

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