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野球紀行/ここは近畿か東海か ~霞ケ浦第一野球場~

 まるで蜃気楼のような、巨大コンビナート群が目の前に広がる。日本の経済成長を支えたその一方で歴史的な公害訴訟の舞台でもある。その姿は周囲を険しい断崖に囲まれた、容易に人を寄せ付けない島のようにも見える。そんな「重いもの」を背後に控え、野球場があって、野球をやっているのだから、つくづく野球というものは「どこにでも入っていく」何かとてつもない生命力を持った生き物のように思える。
 今回は、決して蜃気楼ではないこの巨大な歴史の現実と、平和に野球を楽しむ人々の姿との対比を中心に感慨深く話を進めてみたいと思っていた。過去形になってしまっているのは、試合を観る事自体が至難の技で、感慨どころではなくなってしまっていたからである。
 四日市駅からの無料バスが渋滞のせいでなかなか前に進まない。もう試合がはじまってしまうのに、車内の雰囲気は至って普通である。これは土地柄なのだろうか。しかし野球は「最初から観る」が身上の僕はイライラが頂点に達していた。目の前に陸橋。この陸橋を越えれば球場は近い。だがその陸橋は車の行列で埋まっていた。この時はじめて僕は、渋滞の元凶が試合自体である事に気が付いた。

やっと球場に入れるも、コンコースはこの通り。

 もう試合は始まっている。たまらず僕は陸橋を前にバスを降ろしてもらった。このバスに乗っていたら、球場に付く頃には試合が終わっていそうな気がしたのだ。
 嫌な予感を抱えつつ、進まない車の列を横目に四日市港のど真ん中、霞ヶ浦第一球場を目指す。もう試合開始から30分が経過している。この球場はそれほどキャパシティの大きな球場ではない。嫌な予感的中。係員のおじさんがメガホンで何か喋っている。「ただいま大変混雑している為」云々と言っているのだろう。
 長蛇の列は既に僕の視界に入っていた。近づくにつれ、メガホンの声も聞き取れるようになってくる。「大変混雑している為...」思った通りだ。さらにこの後僕を打ちのめす一言が待っていた。
「...チケットは既に売りきれており」
 招待券のお客様しか入れないと言うのだ。だが仮に招待券を持っていて、球場に入れたとしても、客席まで進めるだろうか?そんな混雑である。行列に並ぶ気力さえ失せてくる。今日合流するかもしれなかったD会東海支部長のSさんに悔恨のメッセージを入れ、さっさと退散しようと思った。
 が、一旦諦めると別の自分が動き出す。必死に場内整理をするおじさんに、もうチケットは売ってない事を知りながら「チケットはどこで?」と尋ねてみる。すると、おじさんは気の毒そうな顔をして、どこからか外野の招待券を持ってきてくれた。実はこれが狙いだったのだが(笑)、遠来の客をムゲに追い返しては球界の盟主の名がすたるであろう。僕は一瞬、この招待券に救われた思いだったが、実はこの招待券自体が元凶でもあったのである。

入れない...。

 イースタンリーグ・巨人×ヤクルトの東海シリーズは今日が四日市、明日が大垣という日程。この2連戦は「読売新聞中部支社25周年」という事で大々的に宣伝がうたれていた。そのポスターがある意味で必見。長嶋監督、松井、高橋由、上原が並び、コピーが「弟もよろしく」。もちろんこの試合にこの4人の誰も出てこないのは誰もが承知している。4人の有名人の顔にだけ頼っておいて、しっかり当人達は出ませんとあらかじめ言い訳されているのだ。彼らの顔を使い、読売新聞社が配った招待券が球場のキャパシティを優に越えていた。それ故のこの混雑なのである。新聞の拡張に野球を利用するのは良しとしても、ファームの試合に入れなくなる客が出るほどばら撒いてどうする。券をもらえた安堵感と怒りが同居する複雑な心境で外野の行列に並ぶ。すると外野はもう一杯だから内野へ回ってくれと言う。こうなると、どの席のチケットかはもうどうでも良く、とにかく来た客をさばかねば、という感じである。球場も人も、これだけのファンを受け入れる下地もノウハウも持っていなかった。少し気の毒にも思えた。僕が生まれてからはプロ野球の一軍公式戦は一度も行われていない筈の三重県である。

やっと入れて最初に見えたもの。

 やっとコンコースに入れたかと思うと、今度はスタンドの入口がしっかりふさがれている始末。6月下旬特有の、湿気を含んだ熱気。誰もがゲンナリしながらコンコースとスタンドを往来する。
 コンコースは一通りの売店を置ける程度の広さがあり、それが救い。だがビール一杯600円のボッタクリ価格。ジュースもそれなりのもので、普通のジュースの販売機はみな「故障中」。幸い食べ物は比較的まとも。腹が減っていたし、まだ中には入れそうもない。ここで一通り食事は済ませてしまおうと、ピロシキと団子(どういう組み合わせだ)を食べる。食べながらウロウロしていると、実に人、人、人。子供をあやしている母親、子猫を抱いている子供(こんな人いきれに猫連れてこない方がいいぞ)。走る子供。携帯で話す人...。時折聞こえる大きな声援に対する反応は弱い。また野球の話をしている人も少ない。彼らは巨人が好きなのだろうか。長嶋監督も、松井も、上原も高橋もいないのに、巨人のユニホームを着た集団が来る事自体で満足なのだろうか。それともプロ野球が来ること自体が大きいのだろうか。その答えが知りたいのに、出入り口はまだ湿気と熱気でふさがれていた。

YG帽子の子供。

「東海三県」と呼ばれる地域がある。愛知、岐阜、三重の三県を指す。このうち三重は「近畿地方」にも含まれるので、僕は以前からこの地方の野球文化がどのカテゴリに含まれるかに興味があった。東海だからドラゴンズか、近畿だからタイガースか。どちらにしても読売新聞は東海地方では部数がないと言う。だからいくら「プロ野球のない地方」でも、巨人ファンが多数とは思えなかった。僕のイメージでは「ドラゴンズのテリトリー」の四日市である。
 それにしても、球場に入ってから試合を観れるまでにこれだけ間が空くのも珍しい。もう行列はあらかた掃けていた。つまり、あの人だかりがすべて吸収されたのである。見た目は痩せているのに平気で大食い競争で優勝してしまう人を見ているようだった。入る前から既に人で溢れていたのに、一体どれだけ入るのか。最初に入った人間が押し出されているのではないかなどと思っているところに、一瞬、隙間が。
「今だ!」と一気に進入。もちろん座るところはない。しかし座っている客の前でずっと立っているのも気まずいので、階段でも通路でも、とにかく座らねば。

やっと空席が出たのは、八回を過ぎてから。

 試合はもう四回表。5-2で巨人がリード。巨人小野-スワローズ丹野の先発だったようだ。僕を迎えたのはコンビナートの群れと、シュールな時間。携帯で話す人「今、巨人見てんねん。長嶋さん?おらんで。おらんけど巨人や」「小野、一軍ではあかんな」
 永池のスリーランに大喜び。皆、関西弁をしゃべる巨人ファン。エリア は東海、言葉は関西、野球は巨人(?)。ここは一体、どこなんだ?(2000.6)

[追記]
 三重県は何地方なのか?どこまで東海でどこから関西なのかという話はテレビ等でもたまに話題になっているようだが、それの副産物的に三重県人はどのプロ野球チームが好きなのかという事もネットでは話題になる。
 だいたい、四日市を中心とした北勢は中日、伊勢志摩は阪神、巨人、中日、名張など奈良に近い地域は阪神…というまとめが無難らしい。和歌山に近い熊野あたりは、もしかしたら大昔は南海ファンが多かったんじゃないかと見ているのだが。
 何地方か?文化の境目はどこか?で話題になる県は東日本にはなく、ていうか東海と関東の境目はどこか?という話はあまり興味を持たれないのだろう。

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