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本当のファンとは

 ファンとファン、あるいはファンと球団の間にちょっとした諍いがあると良く「本当のファン」という概念が持ち出される。

 この「本当のファン」とは何か。

 記憶に古いところでは、1985年の阪神の優勝騒ぎで、多くの「ファン」が道頓堀に飛び込んだ。飛び込む時は囃し立てられるが、一度飛び込めば当然、汚い。そのまま陸に上がると、周りの態度は一変。汚いからと言って敬遠される。当然だが。

 汚いだけならまだ良い。川の底はヘドロである。病気になる可能性が十分ある。自分が病気になるだけならともかく、ヘドロを陸に巻き上げられたら街全体が迷惑する。だから地元の商店街や自治体は「飛び込むな」と常に呼びかけてきた。

  一部の不心得者のせいで球団のイメージまで悪くなる。それは阪神の優勝に泥を塗る事でもある(泥ならまだ良い。ヘドロである)。この時多くの普通のファンが使った表現が「本当のファン」であった。彼らは「本当のファンなら飛び込まない」と言った。

 結論を言うと、「本当のファン」とは正にこの事を指す。

 ただし、道頓堀に飛び込まない人が本当のファンであると言いたいのではない。優勝騒ぎに乗じて一部(と言っても5,000人以上だそうだが)の不心得者が狼藉を働いた。そのせいで阪神ファンのイメージが悪くなる。つまり普通の阪神ファンが迷惑する。「本当のファン」の本質がこれである。

 道頓堀に飛び込んだ人間も、目立ちたかっただけの者もいただろうが、大体は熱心な阪神ファンである筈である。普通のファンがどう彼らを切り捨てようとしても、その事実を消す事はできない。つまりヘドロの中に飛び込もうが飛び込むまいが、阪神ファンは阪神ファンであって、本当も嘘もない。人として賢いか否かの違いである。

 ところが普通のファンにとって、そうでない人々は、自分達のイメージを貶める迷惑な存在でしかない。そこで持ち出されるのが「本当のファン」という曖昧な概念である。

 その活用法は実に簡単。「○○ファン」の中に、「○○ファン」の名を汚しそうな行いをする一派が現れた場合に「本当の○○ファンではない」というレッテルを貼れば良い。つまりファン一人ひとりにとって自分が「本当のファン」かどうかなど、実は大した問題ではない。「本当のファン」など、差別化の手段に過ぎない。

 実はその差別化も、積極的に行いたがる人達がいる。道頓堀に飛び込んだ阪神ファンを切り捨てた「本当の阪神ファン」とはやや異質な人達である。

 彼らは、普段球場に来ないファンや、チームが弱いと来なくなるファンを「本当のファンではない」と言う。当然、彼らの定義では、彼ら自身が「本当のファン」である。

 では彼らの定義で、本当のファンではないとされた人達は、野球界でどれほど不名誉な存在だろうか。

 実は、痛くも痒くもない。というか、好きな野球チームを一生懸命応援する以外にやらなければいけない事、やりたい事がたくさんあるのが普通の人間だからだ。特に対象がプロ野球である場合、ふがいない試合ばかりやっていたら心が離れる方が自然だと思う。

 どんなカテゴリ(この場合はファン)も、その「集団」が定着すると、その中で自分(達)を別格化しようとする人が出てくる。よくファン同士で何らかの軋轢があって...という話を聞くが、大半はそんな心理が根っこではないだろうか。

 そんな話をしていたら、これも古い話だがロッテが18連敗したあの時の事を思い出した。

 どんなにロッテが負け続けても、彼らは一生懸命応援を続けた。その姿勢がスポーツ界全体の注目の的となり、賞賛を浴びるに至った。

 あれこそが本当のファンの姿だ、だと評した人も少なくなかった。私も、もしも「本当のファン」にちゃんと定義があるのだとしたら、あの時のロッテファンが最もそれに近い存在であるような気はする。

 だがあの時、ロッテが負けるほど逆に球場に来るファンのボルテージや数も上がっていたという事実は見逃せない。つまりあの時、本当に、ただ純粋にロッテに勝って欲しい。そういう二心のないファンばかりだったとも思えないのである。つまり、中には負け続けても応援を続ける事でロッテや自分達が世間の注目や賞賛を浴びる事に恍惚感を覚え...なんていうファンだっていた筈だ。最悪の場合、「負けると来ない奴は本当のファンではない」と言っていた当人がそんな事を考えていたかもしれない。

 勝ったチームの選手は「ファンの声援のおかげです」と言う。しかしそれは一応の事実であると同時にファンに対する礼儀でもある。ファンの声援がチームを勝たせるという側面はある。しかしその一方で、大人数大音量の応援がなくとも、勝つチームは勝つ。つまりファンとは、そのエネルギーの割にゲームそのものに及ぼす力は限られている、力があるようなないような存在なのである。ファンはそれ以上でも以下でもない。だから本当も嘘もない。

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