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野球ものの名文・名セリフ(3)

 あの日から、もう何年も泣いていない。涙なんて出ない。涙を流したところで、その涙を止めてくれる人なんていない。いないのならば泣いている暇なんてないと、可南子は自分自身を睨みつけてきた。そして他人を睨みつけて生きてきた。

藤岡陽子『トライアウト』

 シングルマザーという重いバックボーンを持つ新聞記者の可南子は、プロ野球のトライアウトを取材するのだけど、主題はそのトライアウトではなく、トライアウトを受ける選手との交流で可南子が得たもの…という話。
 可南子が自分にも人にも厳しい人だ、というのがこの一文からわかるが、「人には優しく、自分に厳しく」が理想、だと思っている人は多い。だけど、どこかのカリスマが「自分に厳しい人は結局人にも厳しい」と言っていた。その言葉を思い出しながらこの物語を読んだ。最後、凄く良い事は起こらないのだけど、可南子が「人にも自分にも」優しさを取り戻す過程が良いと思った。


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