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野球紀行/ソフトボールが熱い ~高崎市城南野球場~

 守備に着く選手。しかし一人ひとり、アナウンスによる紹介を受けながらポジションに向かう。アナウンスは男声によるもの。去年の成績や今年の抱負、プロフィールなどをDJ風ノリでしゃべる。一通り紹介し終わった後「レッツゴー、(チーム名)!」で締めた。
 さて、チーム名とはどこのチーム名だろうか。DJ風の男声アナウンスによるショーアップ。となれば多くの野球ファンは「ブルーウェーブ」の名前を入れるだろう。だがここには、普通の野球ファンには耳慣れない「日立ソフトウェア」とか「松下電工」の名が入るのだ。
 かと言って社会人野球でもない。さて何だろう。アナウンスに男性を使うところがミソである。男子の野球にはウグイス嬢、ウグイスボーイなら...そう、野球の経験がまったくない人でも、何らかの機会に経験はあるであろうソフトボール、もちろん女子だ。
 女子ソフトボール日本リーグの存在は知っていたが、こういうショーアップをやっているというのは初めて知った。野手はマウンドに集まり、円陣を組み気合を入れて守備に散る。ちょっとクサめの演出も、寒くはない。なぜなら、外野以外の客席がほぼ埋まっているからだ。これには驚いた。

グラウンドはご覧のように小さく仕切ってある。

 高崎市城南球場。主に高校野球、社会人野球の地方大会や、時にはイースタンリーグでも使われる主要球場だが、女子ソフトボールにもかかわりが深く、公式戦はもちろん、99年にはプレ五輪世界大会も行われた。これは、日本リーグ12チームのうち2チームが高崎市にある事と関係があるのだと思う。そうでなくても、ソフトボール人気が高い事は確かなようだ。何にしても、日本リーグは、日本のソフトボールの最高峰に当たるのだし、結構な事だと思う。ちなみにミッシェル・スミス、リサ・フェルナンデス、王麗紅といった五輪経験のある有名な選手もプレーしている。
 日立ソフトウェアの先発・石川多映子は、98年度の最多勝投手。ソフトボールでも、速い投手だと90~100km/hは出るらしいが、この石川もさすがに良い球を投げる。野球よりもプレートとホームの距離が短いせいもあると思うが。
 さてソフトボールというと、野球より低く見る向きも多いと思うが、日本リーグはレベルは高い。少なくとも女子高校野球よりも上だし、また男子の野球とやっても、草野球からだんだん上を相手にやっても、いい線まで行きそうな気がする。僕などはソフトボールの投げ方ができない。どうしてもころがってしまう。それだけをとってもソフトボールは独自のものなのだ。

意外なソフト人気を思わせる入り。

 初回の松下電工の攻撃、痛烈なセカンドゴロを横っ飛びキャッチ。好プレーにスタンドが沸き、応援団は男(笑)。レベル以上に、ソフトボールがこれだけ盛り上がっている事自体が新鮮な驚きである。その裏の日立の攻撃、バントをすばやく処理し二塁へ。当たり前のプレーだが、動きがキビキビしていて良い。判断に何の迷いもないところに主張のようなものも感じる。
 一回の攻防で、どういう展開になるか、また普段どんな試合をやっているのか何となく見えてきた。1点を争う試合になるだろうし、またソフトボールが普段からディフェンス主体というのもわかる。98年度の打点王は8打点。16試合で8打点だと、135試合だとだいたい67くらいになる。全体に投高打低の傾向があるようだ。だが一回の攻防は、良い試合を見せてくれそうな期待を十分持たせてくれた。
 それと、フライを捕っただけですごく嬉しそうにする。男子の野球では、フライを捕るくらいは何気なく見せるが、これは結構むずかしいもので、本当は笑顔のひとつも見せて良いのだが、そんな軽い欲求が意外な所で満たされるのだった。

女の戦いを男が応援。日常の逆である。

 二回の日立、二死からエンタイトル二塁打の後、九番・来條美穂がセンター前に。野球(ソフトボールだが)で僕が最も好きなシーンのひとつであるクロスプレーが早くも。簡単に点が入っては面白くないのでアウトになって欲しいところを、アウト。僕にとって、クロスプレーがある事は、「見せる野球(ソフトボールだが)ができているか」どうかの判断基準のひとつなのだ。
 全体的にゴロとフライが多い。簡単に点は入りそうになく、たまにヒット性のライナーが出ると野手の正面を突く。松下の先発・泉庸子は昨年は1勝2敗で、石川よりは明らかに格下。しかしこの試合では遜色ない投球だ。
 まとめると、多少誇張されたショーアップとか、キビキビした動作とか、スタンドがほぼ埋まるもどこかアットホームな雰囲気とか、何となく楽しそうにやってる選手とか、守備の良さとか、普段何となく野球に感じている軽い不満のようなものを忘れさせてくれるのである。しかしソフトボールは七回までしかない。そのせいか、「このまま山がなく終わりそうだ」という気もしてしまうのだった。

正面に張り出されるソフト関連のニュースは手作り感覚。

 しかし最終回に山はやってくる。その予兆か六回の松下の攻撃、ショート田本博子、痛烈なライナーを横っ飛びキャッチ。映像でお伝えできないのが口惜しいファインプレーが出た。「すばらしい」と大歓声。すばらしいと感じたものを「すばらしい」と言葉に出す人がいたくらいだから、本当にファインプレーだったのだ。本当に女子か?と思うと同時に、このプレーはお金がとれる、とも思うのだった。
 何かアクセントがあった時、そこから状況が動く事が「面白い試合」の一条件だ。七回表の松下、急にストライクが入らなくなる石川を見極め四球、バントで走者を進める。さらにゴロで二死三塁。ここは双方いくら慎重になってもいい場面だが、六番安藤美佐子にレフト前へ。「ついに打たれた」というヒットが決勝点になった。歩かせて良かった場面だったが、結果論だ。
 第3試合の日立高崎応援団が球場入り。地元という事もあってか、一段と熱気が高まる。その間、ちゃんとヒーロー(ヒロイン?)インタビューも行われ、プロさながらのショーアップぶりだ。

城南球場の売店。味がある。

 さて日本リーグの一部は12チーム。試合は土日に集中しており、「ドリームセクション」と「フューチャーセクション」に分かれてリーグ戦を行い、間にセクション間総当たりの交流戦をはさむ。さらに下には二部リーグを擁し、入れ替え戦もある。
 そういう理想的なシステムが、野球にはプロから高校にいたるまでまで無く、ソフトボールで実現されていた事。加えてこの人気。軽いカルチャーショックを受けたのだった。
「女子野球」は未だに確立されていないのに、ソフトボールとなるとこの元気の良さ。以前は彼女達を「本当は野球がやりたいけど、仕方なくソフトボールをやっているんだろう」という偏見みたいなものを持っていたが、そうではないのかもしれない。昔、会社の同期に元ソフトボールの選手がいたが、彼女は「野球は嫌い」と言っていた。
 思った通り、球場からかなり離れても歓声が聞こえてくる。ふと「プロ化」という言葉が頭をよぎったが、さて。(1999.10)

[追記]
 2024年現在未だにソフトボールのプロ化は実現していない。女子のスポーツだけに安易にプロ化すべきではないという意見はもっともだが、世界最高峰とされるリーグがアマチュアのままである事は競技のために良い事なのだろうか。アメリカにはプロリーグWPFがある。
 日本では2022年に「JDリーグ」がスタートしたが、これはリーグをソフトボール協会から分離するなど結構大きな変革であるものの、少なくとも世間に対しては名前が変わってチームが増えたくらいの印象しか与えていないと思われる。

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