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野球紀行/「出島大会」って? ~ビッグNスタジアム~

 長崎には「他所と違う」点がいくつかある。外国との関わりが深かった事もそうだが、とにかく独特の地形。自転車が売れないという。なるほどこの坂道の多さでは仕方がない。いや坂道が多いなどというレベルではない。市街地ではまるで井戸の底にいるようだ。「長崎時間」の根拠は知らないが、独特の時間感覚には、色々と独特な何かが間接的に影響している気がする。
 そんな「長崎時間」に身をゆだねてみたい。そのためには誰かと時間を定めた約束をするのが良いが、旅人つまりよそ者なので急にはできない。もしかしたら野球の試合までが10分遅れて始まるのではないか。そんな期待(?)を抱くが、期待よりは不安の方が大きい。何が不安かというと、試合そのものが行われるのかどうかという不安である。
 大会は「高校野球出島大会」という。もちろん出島は知っているが、出島大会が何のなのかはまったく不明。ビッグNスタジアムのスケジュールにそう書いてあっただけで、どういう大会なのか。出島とどういう関係が?公式戦ではない。定期戦みたいなものか。どういう背景で、どんなチームが選抜されて...ネットで調べても何もわからない。ここまで情報が閉ざされた大会は今時珍しい。

ビッグNスタジアム。ネット裏席が高いのが特徴。

 こういう細々とした情報では、当日にその大会が本当に行われるのかすら怪しい。雑誌に載っているアマチュア野球のスケジュールでさえ、記述通りに行われない事はある。わざわざ長崎まで来て...不安は消えない。
 だが情報がない分、色々想像を巡らす面白さはある。何か出島にちなんだイベントがあって、その景気付けに野球、とか。観客には何かグッズが振舞われて、とか。大会前のアトラクションに「くんち」などやったり、とか。しかしスタジアムの前に来ても何の気配もない。わざわざ長崎まで来て...佐世保で試合が観れてよかった、などと思う。
 さらに近づくと、スタジアムは閉ざされているわけではなく、一応開放されている。長く野球場に通っていると、中で何かやっているのかいないのか、雰囲気でわかったりする。「出島大会」の正体は、別に「出島」でなくてもいいじゃんというものだった。
 考えてみれば、今、甲子園球場では「夏の甲子園」の真っ只中なのである。それだけではなく、今長崎では高校総体の真っ只中。そんな時期に主要な高校野球のイベントが行われるわけがない。だがこれから試合をしようというのが長崎海星と東海大二。甲子園の裏番組としては申し分ない。しかも掲示板にはちゃんと選手の名前が表示されるし、アナウンスもある。ここではじめて僕の緊張は解けた。

ガラガラ。前列に部員が。

 しかし、この静寂が新たな緊張を呼ぶ。2万人収容のビッグNスタジアムに、観客はなんと僕一人(スタンドで見学する部員以外は)...。
 何となく責任を感じるも(笑)、おかまいなしにプレイボール。この時期に行われる地方の非公式戦(たぶん)にしては、揃うものが揃っている感じ。ただし東海大二だけ背番号がなく、審判は球審だけが大人で、あとは部員(たぶん)が務めている。そんな微妙なホコロビ(?)がある。
 それにしても、この大きなスタジアムに観客が僕一人というのも緊張する。普通の「試合前の緊張感」とは異質の緊張である。選手の側から見るとどう映るだろう。別にどう映っても構わないのだが、ついそんな無用な事を考えてしまう。
 選手にしてみれば、何らかのプレッシャーを伴う試合ではない筈で、観客がたくさんいれば張り合いがあるし、いなければいないで別に...といったところだろう。トップバッター大熊(長崎海星)がいきなりエラーで二塁へ。観てる方とは対照的に適度な緊張感のなさ。山内バントの後、高比良レフト前ポテンヒットで先取点。

見やすい電光掲示板。後方にプールのウォータースライダー。

 後攻は東海大二。長崎海星の右腕本村は単調な外角攻め。一番井手にあっさりヒットの後、バント、フライ等で1点。双方が速いテンポで得点する初回の攻防で、好勝負を予感させる。僕一人で楽しむには勿体無い?というところに、他の観客が2人来て、緊張感がようやく分散される。球場の前を通りかかったら試合をやっている様子だから寄ってみたのか、それとも出島大会を知っていて、それが目的だったのか。何にしても、長崎の野球ファンにはかなり充実した試合の筈である。チームのネームバリューも、試合の内容も。観客が計3人では勿体無いくらい。
 二回の攻防は双方無得点。もしすべての回で、両軍が同じ得点をしたら、スコア進行的にはこれ以上面白い試合はない。更に最終回の攻防で決まったら「好ゲーム愛好家」には正に垂涎モノなのだが。
 三回は長崎海星が高比良、四番鍵原の連打で1点。東海大二は八番日高が一塁線を抜く二塁打の後、佐々木のゴロはショートの深いところ。これがあまりの深さにヒット。井元が初球を浅い中フライ。本村の、右打者に対する外、外の配球にちょっと欲求不満になる。左の甲斐にも外。内に行ったと思ったらデッドボール、満塁。加藤二ゴロで1点。ここまで両軍、同じスコア進行だ。静かな街に不似合いの大きなスタジアムで、さらに不似合いな「観客3人」。そのシュールさに不似合いな好ゲームが最後まで展開され、例えば延長戦の表裏に逆転などという出来すぎなオチになったら...。誰も気に止めないスタジアムの中で凄い試合が行われたわけで、なかなか味わえないシチュエーションではある。

力投する...誰だっけ。

 四回、長崎海星。東海大二の投手は二人目の平井。二死一塁、一番大熊に0-3からズバッとストレート、2-3。思い切りの良いストレート勝負、遊ゴロ。
 東海大二。左打者の井上が内角のスライダーを左越二塁打。どうも内角は活きないらしい。しかし後続は抑える。両校、ここまでまったく同じスコア進行。ここまでキレイに進むと、最後までこの状況を続けて欲しくなるが、五回裏の東海大二があっさりと破る。
 無死一塁で代打中西、バントの空振り三振。バントの構えを見せたり、エンドランを匂わせたり。かく乱を仕掛けた方が自滅。この試合はピンチのしのぎ合い。ミスが動かす試合になる筈。続く井元が左前ヒットで一、三塁に。投手は左の吉井に交代。
 この吉井が打者甲斐にいきなり暴投。両校の同じスコア進行は五回表で止まった。リリーフでいきなり暴投で1点を失った吉井はさぞ気まずいところだろう。打って取り返したいところ。六回表いきなり打順が来るが、2球目をキャッチャーフライ。東海大二の投手は右の出口に代わっている。

例えガラガラでも人がいれば鳩が来る。

 しかし山崎左前ヒット、吉田バントヒット。際どいセーフの判定にも抗議はない。高校野球だから、と言いたいところだが、観客3人の試合では高校生でも案外審判に文句言ったりするのではないだろうか?などと期待してしまった。長崎では色々と「日本離れ」したものが見たいではないか。
 山内右前ヒットで満塁。出口も交代早々ピンチ。しかし吉井と違い自分で招いたピンチである。ここは抑えないといけない。幸い、高比良にアウトローを打たせ右フライ。毎回ランナーを出し、抑える。お互い苦しい、打撃戦でも、投手戦でもない試合。公式戦だったらさぞ緊張感のありそうな試合になっている。満員の観衆がいても、最後には拍手がもらえる試合だ。しかし「出島」を冠しながら、長崎市民に気づいてもらえない。選手の反応とはどんなものだろうか。しかし、プロ対応のスタジアムでガラガラのスタンドというのも、案外気分が良いものかもしれない。
 吉井、出口は意外と早く本調子。六回裏、七回表はお互い初の三者凡退。八回の東海大二は走塁ミスが二つ。付け入る隙はあるぞ、と思いきや両投手はすでに本調子。3-2で東海大二が逃げ切った。結局、今日登板した投手の中で最も内容がよかった吉井の暴投で試合が決まった。
 ...という、野球の怖さ、というか面白さ満載のゲームが、街の真中で誰にも気づかれずひっそりと行われる趣というか中と外の温度差。これもきっと長崎らしさなのだ...と3人の観客を勝手に代表して。(2003.8)

[追記]
 出島大会は今はやっていないらしい。東海大二は熊本のチームであろう。外部の有名なチームを招くくらいだからもっとステータスの高い大会として歴史を重ねて良い気がするが。
 長崎で印象に残っているのが「復元された出島」なのだが、周囲の海が埋め立てられた状態での復元はちょっと雰囲気に欠けるな、と思った。出島表門橋がちゃんと川に架かっているのが救いか。「出島ワーフ」は霞ヶ浦に是非真似して欲しいと思った。

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