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野球紀行/知られざる「メッカ」 ~江戸川区球場~

「ん~、リトルリーグ?」
 江戸川区球場正面に掲げられた「リトルリーグ全国大会」の看板を見ながら、一人の壮年が怪訝な表情で言った。
 リトルリーグと言えば少年野球である。そして江戸川区球場は、ややチープとは言えれっきとした硬式野球場である。壮年の心中を読むなら、「少年野球をこんな立派な球場でやるのかい」と言ったところだろう。
 だが江戸川区球場は、プロ野球のファームの試合にも使われるが、草野球や、少年野球のような、チームの身内が弁当を持って応援しに来るという光景が妙に似合う球場である。そのせいか、この球場を見るとホッとする。まず「江戸川」という、あまりにも生活感を湛えすぎた地名。プロ野球ならファーム、高校野球なら地方予選の一回戦か二回戦。大学や社会人といった大人のアマチュアは使わない。また撲自身、昔、会社の部活でこの球場で試合をした時は芝生の手入れがあまり良くないと思った。そんな風に、身近に感じるという点では随一の球場で、実は少年野球や女子ソフトボールなどの隠れたメッカである。実際、江戸川球場を紹介するなら少年野球かな?と思っていたほどだ。

「ようこそ」?観光地にでもなったか江戸川区。

 リトルリーグというと、単に「子供の野球」を意味する一般名詞と思ってる向きもあるかと思うので、一応説明するが、リトルリーグとは、「日本リトルリーグ野球協会」というイチ組織で、リトルリーグというのはその通称である。
 硬式の少年野球連盟と言うと、他にボーイズ、シニア、ポニー、サンといった連盟があるが、最も名が知られているのはこのリトルだろう。野球ファンなら、有名選手の少年時代をとり上げた記事の中で「調布リーグ」という名を見た事もあるかと思う。プロ野球選手の中にも、リトルリーグ出身者は何人かいる。
 また、彼らは、草野球しか経験のない大人が使った事がない「硬球」を扱う。一般のファンにとって、硬式が「見るもの」、軟式が「やるもの」だとすると、「見て楽しむ野球」の最底辺と言える。全国大会は、名前だけのものではなく、ちゃんと各地区の予選を勝ち抜いたチームが集い、今日の大会にも出場する「枚方リーグ」の監督は、元阪神タイガースの亀山努。
 少しは少年野球に興味が出てきたろうか。では、中をのぞいてみよう。
 この日の大会は「'99雪印杯 第33回全日本リトルリーグ野球選手権大会」。33回というから歴史がある。
 中に入ると、第一試合が終わろうとしているところだった。兵庫播磨リーグの背番号1が、なかなか速い球を投げている。彼は体もひと回り大きく、目立っていた。もしかしたら二回戦第三試合で見れるかもしれないとさっそく期待させてくれる。

お揃いの帽子の常陸太田応援団。一応チームカラーというものがあるらしい。

 第二試合は、野球ファンならどこかで名前を聞いた事があるであろう調布リーグと、常陸太田リーグ。チームなのになぜ「リーグ」を名乗るのか、長年の謎なのだが、それはともかく、試合前のノックやボール回しを見ていると、ゴロやフライを「捕る」といった基本的な事がしっかりできているのに感心してしまう。
 二回表、調布の掘(敬称略、パンフを参照)がホームラン。といっても、リトルでは、通常の硬式野球の規格よりも、プレートからホームベース、塁間が狭く、両翼、中堅の距離も、通常よりかなり狭く切られている。ネットを仮のフェンスとしているが、両翼は10メートル以上、中堅はもっと短縮されているんではないだろうか。中堅が、両翼とほぼ同じくらいにまで狭くされているのだ。だから、いくらリトルでも、これじゃホームランが乱発するんではないかという予感がしていたのだが、案の定である。センター方向に飛んだ打球は、かなりの確率でホームランになってしまいそうな感じだ。しかし、ホームランは無条件に歓迎される。試合をする方も、応援する方も大喜びである。だが僕は、少年のうちから「ホームランはそう簡単には出ない」という環境で野球をやっていた方が、レベルアップになるんではないかという気がする。

外野がかなり浅く切られているのに注目。

 それはともかく、これで5-0。調布の一方的有利な展開になりそうな気がした。これがネームバリューというものだろうか。常陸太田は、調布に比べると、体もやや小柄に見え、ちょっと心配だ。
 しかし二回裏の反撃。2点を返し、なお一死一塁で、投手交代。背番号3が登場。この西村は、スピードあり。100km/hは出ているんではないだろうか。しかしコントロールに難。こういうタイプは、打者が球を選ぶと四球を出すことになる。結局ダブルスチールを決められ、きっちり犠牲フライを打たれ2点差に迫られる。常陸太田の攻撃の方が、色々やってくるので面白い。皆小柄で、特に目立った選手もいないようだが、まとまりのありそうないいチームなんではないだろうか。
 球を捕るという基本が、思ったよりよくできるので驚く。三回表、常陸太田のサードがライナーを好捕、ゲッツーに。その裏、調布のレフトは難しいライナーをランニングキャッチ。当たり前かもしれないが、下手な大人の野球よりも上手いと思う。いや硬式でも、深浦高校とやったらたぶん勝つだろう。
 常陸太田のサウスポー石川は、相手がイライラするんではないかと思うほどゆったりしたフォームからスローボールを投げる。これでカウントをとるのが上手いようだが、その後の速球が活きない。四回までに8点を許してしまう。しかし小柄な常陸太田が、必死に追いすがる様は見ていて気持ちがいい。ボロ負けしそうでしない所に、野球以前の人間的な強さを感じる。

通常より内側にラインが引かれているのに注目。

 四回裏、小学生(らしい)佐藤が2ラン。といってもセンターへ飛んだ打球だが。さらにタイムリーで1点のあと、捕手が二塁へ送球しアウト。8-6とまだまだわからない。どんな状況下でも、アウトにできる走者がいないか判断し、いればすかさず殺そうとする。つまりプレーがとぎれないのだ。少なくとも草野球ではそう見れないプレーである。
 五回表、こんどは調布の岩淵がまたセンターへホームラン。やっぱりセンターを浅くしすぎだ。これで9-6だが、かえって常陸太田の反撃が楽しみになってしまう。そんな期待に応えてか、その裏、三塁ランナーが一塁手がちょっと気を抜いたスキにホームを突き1点。どんなに運動神経に優れた子供を集めても、こういうプレーは、ちゃんと指導者が教えないとできない。少年野球という最下層で、そういう本気の指導が行なわれているのは頼もしい。

少年野球でも、やっぱり野球は酒の肴。

 リトルでは六回までしかやらないらしく、9-7で常陸太田最後の反撃。しかし、調布はとうとう背番号1をマウンドに送る、1だからたぶんエースだろう。藤川というらしいが、さすがに速い。三振もとるが、パスボールなどでとうとう二死二、三塁。「あと1球、あと1球」のコールの中、最後の打者は一塁ゴロ。調布が二回戦進出を決めた。常陸太田が思ったより善戦という好ゲームだ。
 とにかく見た目が「子供」なので、ゴロやフライが行くとハラハラするが、しっかりさばく。日本に無数に存在する野球少年の中で、実は彼らは最もプロに近い存在である。しかし、円陣を組み「ファイト、オー!」と気勢を上げる声がまだ変声期前で、やっぱり子供なんだなと思ってしまうのだった。(1999.7)

[追記]
 チームなのになぜ「リーグ」を名乗るのかというと、「リーグ」の下にメジャー、マイナー、ジュニア(呼び方はリーグによって違うらしい)という年齢別に区切られた3つのクラス(チーム)が属しているからで、本大会は「メジャー」の大会となる。
 もしかしたら今回登場した選手の中からプロ野球に進んだ選手がいるのではと思って調べてみたが、いなかった。

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