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野球紀行/マスターズリーグ観戦記 ~瑞穂公園野球場~

 コンコースで選手がファンにサインをしている。選手だがプロ野球の現役ではない。「現役」時代は主力として活躍していた人だ。
 現役の選手というものは、何だかんだ言って近寄りにくい雰囲気を作ってしまうものだが、それがマスターズになると、気軽にサインを頼むのが抵抗ないほど、身近に思えてくるから不思議だ。それを思うとマスターズリーグの舞台はナゴヤドームよりもこの瑞穂球場の方がしっくりくる。
 マスターズリーグは、その名の通りプロ野球のOBで構成される、プロ野球とは別ものの「プロ野球」リーグで、大沢親分率いる社団法人全国野球振興会(日本プロ野球OBクラブ)が運営する。ある民間企業が企画立案をし、プロ野球OBの人材活用と球界の活性化を模索していたOBクラブがこれに賛同。01年11月にスタートし、今年で3シーズン目を迎える。
 もちろん彼らのそれぞれピーク時のようなプレーは期待できない。かと言って、単発企画によくある「OB戦」と同じ事をするのなら、リーグを立ち上げて総当たりでやる意味はあまりない。第一、飽きられる。

コンコースでファンと接する選手。現役では中々ないシーン。

 だから、このリーグがどういう展開を見せるのか、当初から興味はあった。結論から言うと、好意的に迎えられた。東京ドームに3万人の観衆が集まった時は僕も驚いた。
 後でその理由を考えてみたが、やはりすべてのファンにとって、思い出のある選手が集まり、プレーする事自体に魅力があるのは間違いない。しかし、それだけだろうか。リーグは、余興的な企画ではない「真剣勝負」を標榜するが「プロ」なのだからそれは当然として、はて何だろう。
 ホームチームは名古屋80D'sers(エイティデイザーズ)。中日ドラゴンズのOBが中心。ニックネームの由来は...説明するのが面倒くさい。というか説明が必要な名前は好きではないのだが、ロゴはリーグで一番デザインが良い。
 ビジターは福岡ドンタクズ。福岡時代のライオンズと福岡移転後のホークスと広島カープのOBが中心。愛称の由来は...説明不要。
 危ないところだった。読み上げられるスタメン一人ひとりの名前に「ほ~」と感動し、「選手のネームバリューだけではない何か」を確かめに来たという一応の目的を忘れそうになったのだ。80D'sersの「ピッチャー、西本聖」ではトドメを刺されそうになった。

瑞穂球場は全面砂入り人工芝。

 ドンタクズの一番、いきなり基満男。三ゴロ。サードもいきなり田野倉利男だが落とす。なんとか送球は間に合った。いきなり「らしさ」が見える。西本は現役時代ほど足は上がらない。藤本博史がエラーで出塁。二盗、三盗。松永浩美がタイムリーでドンタクズ先制。マスターズとはいえどうも締まらないスタートだ。名前だけで「プロ」は成り立たないぞ...と言いたくなったところにバッター、カズ山本。また名前にやられそうになる。
 引退はしても、本人は引退したつもりはなく、NPBのオファーを待っているという。つまりマスターズにもっとも相応しい人である。豪快に空振り。2-3から二ゴロ。
 80D'sersの一番はいきなり高木守道。ドンタクズ先発・安仁屋宗八から現役時代さながらに上手く右前ヒット。上川誠二左ライナー、平野謙がショート松永のエラーで一、二塁。ここでまたくすぐられる。四番は大島康徳。ひときわ声援が大きい。
 何しろ僕は彼のドラゴンズ時代からのファンだった。79年のベストナインに選ばれなかった時...長くなるので割愛する。ファイターズに移籍してきた時は本当に嬉しかった。後に監督になるも、末期は辛そうだった。しかし一人の打者として打席に立つと雰囲気がある。腰を引いてセンター前。早くも逆転の80D'sers。

大島康徳。現役時代と変わらぬ雰囲気。

 初回の攻防だけでこれだけファンの心をくすぐる名前が出てくる。強い打球をファースト大久保弘司が好捕。ちょっと良いプレーで大いに沸くのはマスターズの役得という気がする。打者達川光男にきわどい球。「アピール!アピール!」と野次。観客は高度なプレーを求めるというより、選手個人の現役時代のキャラを楽しんでいる。
 ではマスターズには「高度なプレー」は望めないだろうか。結論から言うと、たぶん望めない。しかし「高度なプレー」の素となるもの、つまり、「技」をさりげなく見せてくれる。例えば、身体能力は衰えるから長打は期待できない。しかし球を芯で捉える技が生きているから、結構強い打球が行く。つまり力が衰えても「技」がまだ生きている。あと...。
 80D'sersの八番打者は斉藤浩行。「ヘラクレス」と呼ばれたパワーヒッターで、ファームで100本以上のホームランを打った。それを「不名誉」という人もいたが、そういう選手もいるところがプロ野球の懐の深さである。ファイターズに移籍してきた時はかなり期待した。「四番は決まりだ」とさえ思ったが、結局ファームの四番だった。その斉藤四球。

懐かしい選手が次々紹介される。

 また懐かしい名前が出てきて話がそれたが、続く田野倉のゴロでゲッツー。そう、ゲッツーである。
 マスターズよりも体が動く筈の、若者の草野球でもゲッツーはなかなか成立しない。マスターズは打球に追いつくのはキツイが、追いつくと後は上手い。ここもポイント。ゲッツーが成立するという事は、観れる野球になっているわけで、ここでも「技」を磨いていれば長く野球ができる事を教えられる。あと...。
 アンパイヤが紹介される。76歳だという。審判もマスターズだ。76歳だと言われなければ気が付かない、堂々としたジャッジぶり。現役時代はやはり選手とやりあったりもしただろう。そんな時代を経て、お互いマスターズとしてまたフィールドに立つ。それも懐の深さである。
 四回。代打、デカこと高橋智。大畑徹のカーブにタイミング合わず二ゴロ。往年の主力選手が続々登場すると「濃い」と言われるが、彼は個人で充分「濃い」。六回は低目をすくい上げ右飛。
 七回、ドンタクズの九番は途中出場の二村忠美。83年のパ新人王。彼もファイターズの主軸打者として期待されたが、その後はパッとしなかった。ヘルメットをとって一礼。この場でプレーできる感謝の表現だと思う。初球を打ち、バットが折れる。ショートに転がり、内野安打。現役の試合のようなシーンだ。現役で悔いを残したと思われる選手には、きっとまだ現役の心がある。マスターズの、これも大きな魅力である。

球場名表示はゴシック体に型抜きされた文字。公設球場らしい硬派な雰囲気。

 その裏、マウンドには「ゲンちゃん」こと河野博文。88年のパ・リーグ最優秀防御率。一度見たら忘れないルックスと、失踪事件で充分に記憶に残る選手。比較的若く、まだスピードがある。ストレートはズバっと。彼だけ現役時代のようだが、連打、後逸で1点。さらに四球を出したところで僕にとっての真打ち登場。
 史上、最もフォームの美しい投手は誰か?それは彼、永射保。
 少し腰高になっているものの、面影がある。左打者の背後から飛んでくるようなカーブは心が洗われるようだった。大久保を中フライ、デカを初球ボテボテ。バットを折って悔しがる。
 あまりの嬉しい名前の連続にウットリし、また話がそれた。というか、今日最高のヒーローの事を忘れていた。そう、先発、西本聖47歳は、ドンタクズを1点に抑えているのだ。完投ならマスターズリーグ初の快挙。八回も続投。大きな拍手を浴びる。
 僕が探る「マスターズの魅力」を最も見せているのが、西本である。つまり、スピードは落ちても、コントロールがあり、配球ができればピッチングは成り立つ。打たせて捕るピッチングで、九回、二死一塁で市場孝之。
「あと一人、あと一人」
 ストライク、高目ボール、外角ストライク。
「あと一球、あと一球」
 すくい上げて右フライ。西本、完投。マスターズリーグ初というか、球界全体、もっと大げさに言えば、スポーツ界の快挙だ。
 選手の名前に喜ばされても、最後にはちゃんと「野球の感動」が用意されている。身体能力は落ちても、基本と技が生きていれば、野球になる。それは野球に限らない。力尽きた人、志半ばだった人、様々な理由で現役を退いた選手達が、それぞれの思いを秘め、そんな「何か大事なこと」を無言で伝えるため、フィールドに帰ってくる。
 答えは決まった。マスターズリーグの魅力とは、マスターズである事だ。(2003.11)

[追記]
 マスターズリーグは2008-2009シーズンの途中まで続いた。シーズンの途中で終わってしまうのだから短い波乱の歴史だったと言える。結構人気はあり、どの試合もそこそこ賑わっていただけになくなるのは惜しいと思った。復活を望む声は普通にあるが、今のOBクラブに大沢親分のような行動力のある人物がいるだろうか。NPBが運営するとまた違った展開がある気がするのだが。その時は12球団でのトーナメントでも良いかもしれない。


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