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「老人は家の宝」と言われる為の5カ条

こんにちは、白紫菖蒲です。
今日はですね、介護士歴15年の私が経験した、高齢になっても愛されるための5カ条を書いていきたいと思います。


  1. 老いては子に従え
    元々は仏教や儒教の教えの一つですが、女性が守るべきものとしてある言葉だったようです。結婚後は夫に従い、夫の死後は子供に従うといった時代から、現代は高齢の方に向けられる言葉として使われています。年齢を重ねると「死」が身近になってきます。自分の親との別れ、友人知人との別れ、長年連れ添った夫婦の別れ等を経験し、自分が残していけるものは何か、自分の死後に残された人達はどういう行動をとっていくのか等を考えてしまうものです。そういった不安や恐れから、何かアドバイスをしようと思い、行き過ぎた事を言ってしまう事もちらほら…。
    健康はお金では買えませんし、病気も売ることは出来ません。長生きというのは望んで出来るものでもありませんので、子供が居ようが居まいが若い人を「子ども扱い」せずに過ごして頂きたいと思います。きっと、自分も目上の方からはそう思われていたということを忘れずに謙虚に長生きして頂きたいと思います。


  2. 一緒に住もうと言われた時がチャンス!
    これはですね、高齢者デイサービスで勤務していた時に、幾度となく経験してきました。「あの時、一緒に住もうって子供に言われた時に、我を張らずに行けば良かった」と仰られるご高齢の方が多かったんです。今は良いんです。今は、自分で出来るから良いんです。私の介護士としての経験上、70歳を超えた位から3年置きに出来ない事が増えていき、80歳を超えた位から2年置き、90歳を超えると1年置き、そして100歳を超えると安定します(笑)
    余談ですがいつも思っておりました。人間100歳を超えたらお釈迦様や神様から「人間としてよく頑張りました!」と、栄誉としてちょっと地面から浮いて生活が出来たり、肩甲骨から羽が生えたらいいのにって思います。
    ですので、子供さんやご友人から一緒に住もうと言われたら、やった!ラッキー!の勢いで決断して頂きたいと思います。私の母は74歳ですが、「老いは残酷だ」とよく言います。時に、残酷な時もありますが、老いることは「自分の心に従う事、自分を認める事」だと思いますので、自分の心配をしてくれる人の差し出す手をどうか振り払わずに握ってください。


  3. 老人施設は遊園地みたいなもの
    それくらいの気持ちで利用してください。恐らく、昔の養老院のイメージが強いんだと思います。寝たきりの人が多くて、世話になる場所というイメージが強く、家族から追いやられ、姥捨て山だ!って仰る方もいらっしゃいました。
    いえいえ、そんなことはありません!
    現在の介護保険料は40歳の誕生日の月から支払いが始まります。現金での支払いをされている方は少なく、銀行口座からの引き落とされているから払っているというイメージがあまりないかもしれません。年金から天引きされているのではないでしょうか。年を重ねるごとに高くなりますよね…私の父は85歳で亡くなりましたが、人生で一度も介護保険を使わずに亡くなりました。それはそれで、喜んでいいんだか何だか分からない感情になりますが、現代は午前中や午後だけ利用でき、食事も入浴もありませんが、運動して帰るといったサービスもありますのでお近くの市役所、区役所、社会福祉協議会等に話しを聞きにいかれてはいかがでしょうか。
    介護保険を使うには介護認定というものが必要になります。介護度を決める面接みたいな感じです。それで介護度が決まり、高齢者施設を利用となりましたら、ぜひ「遊園地に行く気分」でお出かけなさってください。
    今の介護士は、とても芸達者です。特にデイサービスの介護士はエンターテイナーが多く揃っている…と思います…そう信じたい…(笑)
    入所の介護士さんに比べて、デイサービスが好きな介護士さんは、コミュニケーション能力であったり、様々色々なことに対して日々、対応していかなければなりませんので、芸達者が多いんですよね。
    私も高齢者デイサービスに勤めだした頃は20代でしたが、高齢者様の好きな歌が全く分からずにCDを借りて、通勤の行き来で聞いて覚え、お風呂場で覚えた歌を練習していると、当時70代の父親に「お前は俺と同い年か?」と笑われたことがあります(笑)
    毎日通わなくても良いんです。たまに行く遊園地や地元の公民館の寄り合い程度に思って頂いて、その中で恋も芽生えたりして、ドキドキワクワク出来る場所だと思いますのでね。


  4. 自分の期待を後世に押し付けない
    ええ、本当に多いんです、子供に期待してしまう事によって、その子供が宿命と思って背負い苦しんでしまうんです。
    よく言われるのが「長男だから」という家督の問題ですね。実際のところ私の周りだけでも「長男だから」と言われて育った男性の結婚率は低いです。そして次に多いのが「孫の顔が見たい」です。厚生労働省が出している全国の不妊治療を受けている世帯として、5.5組に1組と発表があります。私の知人に不妊治療を受けている女性の方がいて、両家のご両親から孫の顔が見たいと言われていると、まだ回復していない体に鞭を打って不妊治療に取り組んでいました。その時に思いました。
    その不妊治療は誰のためであるのかと。
    椅子に座り込んで立てない状況でも頑張っている姿をみて胸が痛くなりました。
    家と結婚するわけではありません、苗字と結婚するわけではありません。ご両親と結婚するわけではありません。親として本当に望むことは「子供の幸せ」だと思います。家を継ぐことや孫の顔を見ることは、自分の幸せであって、子供の幸せではないのです。
    あと、子守りをすることを生き甲斐とされてみえる方もいらっしゃいますが、子守りは子育てではありません。「子を見守ること」です。子供を育てることは親のお役目、子供を安全に見守ることはお爺ちゃんお婆ちゃんのお役目ですので、逆にならないようにしていきたいですね。


  5. 価値があるから「宝」
    最後になりましたが、老人は家の宝です。
    これから成長していく子供と比べ、老いは真逆の事が起こってきます。体力や筋力が衰え、歩く速度が遅くなり、文字がかすんで見えなくなったりと、出来ない事が増え家族の手を借りて生活をしていく、そういった老いることの背景に「弱さ」「脆さ」を若い人が知ったとき、困っている人を助けよう、自分よりも弱い人には優しくしようという芽が出てきます。
    ただ、「まだまだ出来る!」「若いもんの手は借りない!」「老人扱いするな!」と芽を摘んでしまうことは、とても悲しいことです。
    そこに価値があるからこそ、光り輝く宝になりますので、どうか、自分の価値観を押し付けず、若い人から聞かれたら教えてあげてください。紆余曲折あった人生、乗り越えてきたことを誇りに思って頂き、宝として輝いて頂きたいと思います。



    介護士として接してきた私の「老い」について書かせて頂きました。
    若造が申し上げております。失礼にあたることも重々承知しております。ですが、本当に悩んでいる若者もおりますし、そう言われているから、しなければならないと思い込んで自分を苦しめている若者も多くおります。そして、それさえも気づかずに自分の幸せが分からなくなってしまっている若者もおります。最後に私事ですが、老若男女、皆様が幸せな生活を過ごせることを願っております。

    本日も読んでくださり、ありがとうございました。
    誰かの一助となりますように。

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