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新たなカタチと栄光の再来(ホンダF1第4期)

どうもらむねびん。です。少しずつ記事を書いていきますよー。

2021年シーズンをもってF1の活動を終了することを決めたホンダ。今年のF1も中盤に差し掛かり、そして31年ぶりの5連勝を記録し、現在シリーズランキングトップをキープしている、レッドブル・ホンダ。今年の両タイトルを獲得して有終の美を迎えてほしいですね。いつかMAD作ります。今回はホンダF1第4期を紹介します。激動といっていいほどの2015~2021年までの歴史をざっくりとお話していきます。

ホンダ、再びF1の舞台へ。

2013年5月16日。当時のホンダの社長、伊東 孝紳(いとう たかのぶ)社長は、2015年シーズンからイギリスの自動車メーカー、マクラーレンとジョイントし「マクラーレン・ホンダ」として参戦することを発表しました。かつてアイルトン・セナ、アラン・プロストという最強の二人で16戦15勝という驚異の記録をたたき出した伝説のチームが復活することに日本のメディアのみならず、世界中から注目されました。ホンダは、マクラーレンにエンジンを供給する「エンジン・サプライヤー」としてF1の舞台に戻ることにしました。新生マクラーレン・ホンダは当時の栄光をまた見せることができるのでしょうか。

大きく変わった2014年からのF1

F1は2014年にそれまで使用してきた2.4L V型8気筒自然吸気エンジンから、1.6L V型6気筒ターボ+ハイブリッドシステムの「パワーユニット」と呼ばれるエンジンを使用するというレギュレーション改革が行われ、それまでトレンドだったあの甲高いエンジン音がなくなりました。さらに車体にも大きく規定が変更されました。

1.モノコック先端の高さを625mmから525mmへ、ノーズ先端から50mm後方の高さ(断面の中心)を500mmから185mmへ引き下げる。

2.ノーズ先端は前車軸より前方750mm以上1,200mm以下に位置し、先端から50mm後方の断面積は単一断面で9,000平方mm以上とする。

この結果、

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こんなヘンテコなノーズのついたF1マシンが登場。F1関係者やファンの人たちから「アリクイノーズ」「エイリアン」といわれるほど醜いものになってしまいました。しかし、2015年にはそのようなノーズのついたF1マシンは見られなくなりました。

「サイズゼロ」がホンダの不調を招く。~2015年シーズン~

2015年。ついに新生「マクラーレン・ホンダ」の初陣です。報道陣のみならず、日本のメディアもホンダ参戦初年度に期待を寄せていました。あの伝説をともに作ったマクラーレンとのタッグ。これは台風の目になるだろうと誰もが思ったのでした。

しかし、現実はかけ離れたものでした。

ホンダエンジンがトラブル続きでリタイアした回数が多くなり、まともに走れないレースもありました。

これにはマクラーレンのマシン「MP4-30」の車体構造に問題がありました。

それは、「サイズ・ゼロ」です。

まずサイズ・ゼロとは何か?ということで説明をすると、マクラーレンは昨年メルセデスエンジンを積んで参戦していた時に空力の問題を抱えていたのです。そのため、空気の流れをうまく利用してダウンフォースを稼ぎ、より速くさせるため、車体後部のエンジン付近のフロアを極限にまで絞り込んだのです。

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引用元:http://www.topnews.jp/2015/01/29/news/f1/121652.html?type=photo

この写真から、エンジンが乗る後方部分がすごく細くなっていることがわかると思います。そのためマクラーレンはホンダに対し、「マシンに乗せられるようにコンパクトにしてほしい」といったのです。普通はエンジンに車体を合わせるのが普通ですが、真逆のことをしたのです。そのためホンダは車体に合わせるため、参戦初年度にしてホンダはコンパクトなパワーユニットを作らざるを得ませんでした。これがのちに影響を及ぼすことになります。

全くパワーがないホンダエンジン。

このことがたたってか、ホンダは深刻な問題に直面しました。

エンジンのパワー不足と信頼性の欠乏です。

ホンダエンジンはパワー不足に悩まされるばかりでなく、信頼性の問題も発生しました。

また車体後方が細いせいか、熱害問題も発生。エンジンがオーバーヒートし、ブローが多発。これにはアロンソはがっかりします。

時折、速さは見せるものの、やはり信頼性の問題はぬぐえませんでした。さらにパワー不足が足を引っ張る結果に。日本グランプリで、トロロッソのマシンに抜かれたあと、アロンソは怒りを爆発させます。

「GP2のエンジンかよ!!!!!」

と、ホンダのパワーユニットをGP2(F1直下のカテゴリーでF1への登竜門でもある。現在はF2へ名称が変更されている。)のエンジンのようだと揶揄したのです。しかしパワーがないのは事実で反論もできるわけがありませんでした。

この年、マクラーレン・ホンダはシリーズランキングは9位と過去最低の順位を出してしまったのです。

マクラーレンの「ホンダ批判」~2016-2017年シーズン~

2016年は前年度マシンを改良した「MP4-31」を投入。上位進出を狙いました。

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引用元:https://f1sokuho.mopita.com/pc/free/index.php?uid=NULLGWDOCOMO&pass=&page=news/sp/body&no=95497&tt=1170

マシン性能は格段に向上。今まで進出することができなかったQ3に進出できるようになり、第2戦バーレーンで、アロンソの代役で出場したストフェル・バンドーンが10位入賞。続く第4戦第4戦ロシアGPでアロンソ6位、バトン10位でダブル入賞を果たします。第5戦スペインGPでは初の予選Q3にアロンソが進出を果たしました。第6戦モナコでもアロンソが予選Q3進出、決勝アロンソ5位、バトン9位で2度目のダブル入賞。第9戦オーストリアGPでは、天候がめまぐるしく変わる中で、バトンが予選5位を獲得し前車2台のペナルティにより3番手スタートとなりました(決勝は6位入賞)。第11戦ハンガリーGPではアロンソとバトンが揃ってQ3進出を果たします。第13戦ベルギーGPではアロンソがフリー走行や予選で度重なるエンジンによるマシントラブルに見舞われ、決勝は最後尾スタートとなりましたが7位入賞。第14戦イタリアGPではアロンソがファステストラップを記録しました。第16戦マレーシアGPではアロンソが最後尾スタートから7位、バトンは9位で3度目のダブル入賞。ホンダのホームグランプリとなる日本GPは前年同様振るわなかったものの、次のアメリカGPではアロンソが5位、バトンが9位で4度目のダブル入賞を果たしました。最終戦アブダビGPでバトンがF1引退を表明しました。この年、シリーズランキングは昨年の9位から6位へアップし、昨年よりも良い結果を残すことができました。

2017年は規定がまた大きく変わりました。内容としては


1.従来パワーユニット(エンジン+MGU)の開発を制限していたトークンシステムが廃止された
2.タイヤ幅がフロント305mm・リア405mmにワイド化され、それに伴いフロントウィングが最大1800mm幅に、フロア及びサイドポッドは最大1600mm幅に拡大。またリアウィングの高さが最高800mmに下げられ、前年と比べると全体的に「ロー&ワイド」な形になる。マシンの最低重量も20kg増の722kgとなる予定だったが、開幕直前になりタイヤ重量増によりさらに6kg増やされ728kgとなった。
3.燃料ブレンドは1シーズン5つしかノミネートできず、レースが行われる週末はそのうちの2つしか使用できない

という規定がなされ、このようなマシンに。

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リアウイングが大きくなり、車体もワイドとなったため、2000年代のマシンを彷彿とさせました。マクラーレンは渾身のニューマシン、マクラーレン「MCL32」を投入します。ドライバーラインアップも、フェルナンド・アロンソのパートナーとして2016年のスーパーフォーミュラセミファイナリスト、ストフェル・バンドーンのコンビで戦います。

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アロンソがインディ500へ参戦することに伴い、日程が重複するモナコGPはバトンが代走を務めました。

プレシーズンテストでPU関連のトラブルやマシン側のトラブルに泣かされ走行距離(マイレージ)を稼げず、大きな不安を残して2017年シーズンに臨むことになったのです。

アロンソは開幕2戦で入賞圏内を走行する好走を見せたが、いずれもマシントラブルでリタイア。第3戦バーレーンGPと第4戦ロシアGPでは、フリー走行からPUの問題が多発し、決勝も振るいません。第5戦スペインGPと第6戦モナコGPでは、前者はアロンソがPUのトラブルが発生しつつも予選では初めてQ3に進出し7番グリッドを獲得したもののノーポイントで終わり、後者は2台ともQ3進出を果たしたものの、決勝は2台ともリタイア。第7戦カナダGPではアロンソがポイント圏内の10位を走行していたものの、レース終盤にPUのトラブルに見舞われ入賞はなりませんでした。
開幕から7戦ノーポイントはチームワーストで、ここまで2017年シーズンに参加する10チームで唯一ポイントを獲得できていませんでしたが、第8戦アゼルバイジャンGPでアロンソが9位に入賞し、ようやくポイントを獲得します。第10戦イギリスGPでバンドーンがQ3進出を果たしますが、決勝は入賞に一歩及ばず。低速サーキットのハンガロリンクで行われた第11戦ハンガリーグランプリでは予選で両者ともQ3に進出、決勝でアロンソがファステストラップを記録するとともにシーズン初のダブル入賞を果たし、ポイントでザウバーを上回りようやくコンストラクターズランキング最下位を脱して、シーズン前半を終了します。

しかし、プレシーズンテストの不安が現実のものとなり、PUの設計を一新したこともあってPU関連のトラブルが頻発してしまいます。また、開幕戦のオーストラリアGPのようなサスペンションの不調などのシャシー関連のトラブルも少なからず発生。シーズン前半はこれに悩まされ、予選でQ3に進出してもPUの交換によるグリッドペナルティで帳消しとなり、決勝戦で入賞が期待できたレースはリタイアとなってしまいました。トラブル自体は第11戦のダブル入賞をきっかけに改善の見通しが立ちつつあったものの、マクラーレン側は今までのホンダPUの低パフォーマンスに対して不満を抱えている状況であり、開幕前からホンダとマクラーレンとの関係は悪化の一途を辿ります。そして、ついに第14戦シンガポールGPでホンダとの供給契約終了と2018年からのルノーPU供給契約を発表したのです。

ホンダとの提携解消が決まったシンガポールGPとマレーシアGPでは2台ともQ3進出。だが、アロンソは前者では多重クラッシュに巻き込まれてしまいリタイア、後者では中団の順位争いに巻き込まれペースを上げることができず最終的に11位に。逆にバンドーンは2戦とも7位入賞を果たします。そして、「マクラーレン・ホンダ」として最後となった日本GPはアロンソが入賞圏に一歩及ばず11位、バンドーンは14位に終わります。アメリカGPはバンドーンがPUのトラブルによる交換のため最後尾スタートを余儀なくされ、アロンソはQ3進出を果たし決勝で入賞圏内を走っていたものの、PUにトラブルが出てリタイア。メキシコGPでは両者ともPUの交換によるペナルティで後列からのスタートとなりましたが、アロンソは10位入賞。アロンソは続くブラジルGPでも8位入賞を果たし、バンドーンのポイントを上回りました。最終戦アブダビGPもアロンソは9位に入賞し、これで3年間続いた「マクラーレン・ホンダ」の活動は一度も勝利を挙げることがないまま終わりを告げました。

マクラーレンの「ホンダ批判」はこの年かなりエスカレート。

マクラーレン監督のエリック・ブーリエ

「ホンダエンジンじゃなければ、トップ争いをしているはずだ。」

ストフェル・バンドーン

「僕たちの弱点はホンダだ」

フェルナンド・アロンソ

「こんなパワー不足でレースするのは人生初だ」

と、ドライバーだけでなく監督までもがホンダを批判するように。

しかしこのパフォーマンス不足にはホンダエンジンのせいだけではありませんでした。

そもそもマクラーレンMCL32のシャシーにも問題がありました。

脚周りが固く、また空力増強を模索して設計したマシンだったにもかかわらず、それが裏目に出てしまっていたのです。

しかしマクラーレンは車体にも問題があることを認めませんでした。
 
当時のFOA、バーニー・エクレストンは、マクラーレンのホンダに対する態度を批判しています。

ホンダは、マクラーレンとの提携解消後、新たな供給先を見つけるため、提携するチームを探します。

まず、資金難で苦しんでいた「ザウバー」と交渉。この交渉は上手く進み、2018年度からは「ザウバー・ホンダ」として戦うことがほぼ確定的となりました。

しかし、ザウバーは資金難に苦しんでいたため、チームを「アルファロメオ」に売却することを決めます。そのため、チーム代表がペーター・ザウバーから、アルファロメオF1代表、フレデリック・ヴァスールに変わります。

ヴァスールに変わった途端、

ザウバーは、ホンダとのパワーユニット供給の提携を白紙撤回したのです。

ヴァスールはやはりホンダパワーユニットの信頼性不足に不安を持っていたのです。

これでホンダは頼みの綱を絶たれ、2018年に向けて供給するチームがいなくなりました。
このままではF1に参戦することができません。

「撤退」という噂も立ち込めていましたが、最終的にあるチームと契約を締結することが出来たのです。

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そのチームの名はスクーデリア・トロロッソ。

現在はスクーデリア・アルファタウリと名前を変えて現在も参戦している、レッドブルの姉妹チームです。このチームは、レッドブルのドライバー育成プログラムに所属している若手を育成するために、2006年にレッドブルがミナルディを買収して誕生しました。ちなみに「スクーデリア」というのはイタリア語でチームを意味します。また「トロロッソ」もイタリア語で「レッドブル」(トロ(雄牛)ロッソ(赤い))を意味します。

2017年はルノーのパワーユニットを使用していましたが、姉チームの「レッドブル」とルノーの関係が悪化しており、先にトロロッソがルノーのパワーユニットの供給提携をシーズン終了後解消しました。
 

2018年、ホンダは「スクーデリア・トロロッソ・ホンダ」として、第2のスタートを切ることになったのです。 

2018年、トロロッソはホンダパワーユニット初搭載のニューマシン、「スクーデリア・トロロッソ STR13」を投入します。

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ドライバーラインアップは、2017年のスーパーフォーミュラでランキング2位にくい込んだピエール・ガスリー、2017年のル・マン24時間でポルシェから参戦し総合優勝したブレンドン・ハートレーのコンビとなりました。

新たな「トロロッソ・ホンダ」として戦うことになりましたが、ホンダのパワーユニットはパワーは十分に足りていたものの、やはり信頼性の問題が解決しきれていませんでした。

カタロニア・サーキットで行われたプレシーズンテストでは順調に周回をこなし、トロ・ロッソ及びホンダPUにおけるテストの走行距離の最長記録を更新しました。

その経験を手に望んだ開幕戦オーストラリアGPでは、まさかのガスリーがPUトラブルのリタイア、ハートレイは最下位。しかし、第2戦バーレーンGPではセッティングが上手くいきガスリーが予選Q3進出の4位入賞を果たし、ホンダとしては2015年に復帰してからの最高順位を記録。トロ・ロッソも数少ない4位入賞の一つとなりました。
ここから、本領を発揮するかと思われましたが、第3戦以降もマシンのセットアップに悩まされ、第5戦スペインGPのフリー走行でマシンのセッティングの再構成が必要なことを把握していたが、それでもマシンのセッティングに苦戦。そんななか、第6戦モナコGPや第12戦ハンガリーGPでのガスリーがQ3進出の入賞など、性能差が少なくなる低速コースでは好成績を叩き出しました。一方で、ハートレーは第4戦アゼルバイジャンGPと第11戦ドイツGPを共に10位入賞を果たしたものの、前述の影響によって苦戦を強いられていた面もあるが、彼に限っては第10戦イギリスGPまで(彼自身の運転ミスのケースもあるが)何らかの外的要因に遭遇するなど運から見放された感があり、ここまでノートラブルで終えたGPが一つもない状況でした。

サマーブレイクが明け、第13戦ベルギーGPのガスリーが9位入賞。第14戦イタリアGPは決勝こそ2台とも他車との接触が原因で不調に終わるものの、予選ではガスリーがQ3進出を果たすなど好調なスタートを切ったかと思われた。だが、第15戦シンガポールGPから低迷。第16戦ロシアGPでペナルティを消化してホンダが投入した「スペック3」により、第17戦日本GPの予選では2台ともQ3に進出してハートレーが6位、ガスリーが7位の大健闘がシーズン最後の輝きとなってしまい、同GPは入賞圏外で終了。以降はレース展開などのチャンスを生かして第18戦アメリカGPと第19戦メキシコGPにて下位ながらも入賞し、ポイントを若干稼いだものの、ザウバーに抜かれコンストラクターズ9位になってしまいました。

シーズン全体としては、ガスリーがQ3進出を果たしたGPでの入賞や時折見せた彼の好走やハートレーの不運さが目立ちましたが、実際のところ、タイヤ戦略を含むチーム側のミスやマシンセッティングの不発で入賞のチャンスを逃した点の方が大半でした。更にホンダPUに合わせた設計を突き詰められないまま完成させてしまったこともあり、ダウンフォースが不安定になってしまった空力やトラクション不足気味のシャシーなど課題を抱えたマシンとなっていて、それもチームを苦しめることとなりました。また、シーズン後半はテクニカルディレクターのジェームス・キー離脱の影響による混乱も少大きく、シーズン終了後にチーム代表のフランツ・トストがシャシー側の開発不足があったとの認識を示したように、マシンの熟成に失敗したことも影響したのです。

2018年F1日本グランプリ前、ルノーとの確執が回復不能なレベルまで達していた「レッドブル」は、ルノーのパワーユニット供給提携を解消し、来年度のパワーユニット供給先をホンダに決め、契約。2019年度、ホンダは、「レッドブル」「トロロッソ」にパワーユニットを供給することが決定。強豪3チームのうちの一つに供給することが決定したのです。

ホンダ、レッドブルと栄光のてっぺんへ。~2019年シーズン~

2019年、ホンダは「レッドブル」「トロロッソ」の2チームにパワーユニットを供給し、シーズンを戦いました。
ドライバーラインアップはレッドブルはマックス・フェルスタッペンとトロロッソから昇格したピエール・ガスリー、トロロッソは戻ってきたダニール・クビアトと2018年F2でダムスから戦い、ランキング3位だったアレクサンダー・アルボンのラインアップで臨みました。

レッドブルはRB15を、トロロッソはSTR14を投入。レッドブルは初のホンダパワーユニット搭載マシンとなりました。

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ようやく掴んだ、表彰台。

シーズン前のプレシーズンテストでは目立ったマシントラブルはなかったものの、ガスリーが2度のクラッシュによりテスト計画に狂いが生じ、不安を残してしまいます。

開幕戦オーストラリアGPではフェルスタッペンが3位を獲得。ホンダとしては2008年イギリスGPのルーベンス・バリチェロ以来となる11年ぶりの表彰台を飾りました。

ようやく、上位に立てる力をつけることができたのです。その後のレースは惜しくも表彰台に乗れなかったレースがあったもののレッドブルは表彰台に乗り続け、レッドブル、トロロッソともにノートラブルでレースをこなすことが出来ました。この年から、ホンダのパワーユニットはトラブルが少なくなったと感じました。信頼性も徐々に回復していったのです。


汗と涙と、懸命な努力が、ようやく実を結んだ。

2019年F1第9戦オーストリアグランプリ予選。レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンがメルセデスのハミルトンのペナルティにより繰り上げで予選2位を獲得。
迎えた決勝。ホンダ初優勝へレッドブル、ホンダ関係者一同、スタートに注目します。

しかし、驚きの光景が。

フェルスタッペンのマシンがエンジンを守るプログラムのアンチストールが誤作動しスタートに失敗。一気に後続集団に飲み込まれて行ってしまいます。

せっかくの優勝チャンスが・・・。と誰もが勝てるレースを失ったと肩を落とします。が。

8位にまで落ちたフェルスタッペンは、ここから怒涛の追い抜きを開始します。

スタート後すぐにチームメイトのガスリーを抜き、7位に。

7周目。6位のマクラーレンのランド・ノリスをかわし、6位に。

9周目。今度はアルファロメオのキミ・ライコネンをかわして5位。

30周目には一時2位にまでアップ。その後ピットで4位まで下がりますが、勢いは止まりません。

50周目。フェラーリのベッテルをかわして3位に。表彰台圏内に戻ってきたのを見て、フェルスタッペンの応援団は大喜び。

56周目。今度はメルセデスのバルテリ・ボッタスをかわして2位に。

68周目にはトップのフェラーリのシャルル・ルクレールに追いつき、肉薄します。コーナー入り口でフェルスタッペンがルクレールのインに飛び込みますがルクレールも粘り、オーバーテイクには至らず。

69周目。ついにルクレールをとらえ、オーバーテイク。接触してしまうものの、トップに舞い戻りました。

71周目。最終ラップ。2位に落ちたルクレールの追撃を逃げ切り、

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引用元:https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/news/18/08878/

フェルスタッペン優勝。ホンダにとって2006年のハンガリーGP以来、13年ぶりの優勝を果たしたのです。

ホンダF1第4期では初優勝。マクラーレンからの4年間、ようやく栄光をつかみ取ることができたのです。

表彰台に上がったフェルスタッペンはある行動をとり、報道陣は一斉にシャッターを炊きました。

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レーシングスーツにプリントされた「HONDA」のマークを指さしたのです。

フェルスタッペンはインタビューに対し、

「スタートに失敗したときは、このレースは終わったと思ったよ。でもホンダが僕にエクストラパワーをくれたんだ。僕はあのホンダのパワーがあったから勝てたんだ」

と語り、「ホンダのおかげで勝つことができた」とホンダを称賛したのです。

この優勝は世界中に衝撃を与え、

「強いホンダが帰ってきた!」

「私はホンダを信じていた!」

と喜びました。

日本でもNHKや「報道ステーション」でも報道され、日本のF1ファンは歓喜に包まれました。

その後もフェルスタッペンはドイツGP、ブラジルGPで優勝を重ねます。

トロロッソもドイツGPで雨のレースでの混乱の中で、クビアトが3位入賞。ベルギーGPからトロロッソに降格したガスリーがブラジルGPでメルセデスのハミルトンの追撃を振り切り、2位表彰台を獲得。

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2019年のF1ランキングはトロロッソはチーム史上最多となる85ポイントを獲得し、コンストラクターズ・ランキング6位の歴代タイを記録しました。レッドブルは417ポイントを獲得しコンストラクターズ・ランキング3位でシーズンを終えました。

次は、打倒メルセデス。~2020年シーズン~

2020年もレッドブルとトロロッソから名称を変更したアルファタウリに引き続きパワーユニットを供給しました。

しかし、新型コロナウイルス感染症の蔓延により、開幕戦ではマクラーレンの関係者が感染し、中止に。その後も中止と延期が相次ぎましたが、変速的なシーズンで開幕。

レッドブルは打倒メルセデスを掲げ、戦いますが、不運やトラブルに泣き、コンストラクターランキングはメルセデスに及ばず2位となりました。アルファタウリは6位から7位に落ちたものの、ピエールガスリーがイタリアGPで優勝するなど、チーム初優勝を記録した年でした。

2020年10月2日17時。

2021年シーズンをもってホンダはF1の活動を終了することを発表しました。

当時発表されたときはファンから動揺や批判の嵐となりました。しかし、環境問題解決のためにはしょうがないのかなと思います。

ホンダラストイヤー、最後まで。~2021年シーズン~

2021年、バーレーンGPから今年のF1は始まりました。

現時点でレッドブルホンダは5連勝を記録。31年ぶりの連勝記録となりました。

アルファタウリには久しぶりに日本人ドライバー、角田裕毅が参戦。

今週はイギリスGPです。ぜひ応援しましょう。

ホンダは撤退後もレッドブルにパワーユニットを供給し続けることを発表しており、HRDSakura で製造されたものを供給することになります。またホンダの社員をレッドブルに再雇用することも決まっており、2022年度もホンダとの関係は続くことになりそうです。

今年の最終戦まで、ホンダF1をぜひ応援してくれたら幸いです。

いかがだったでしょうか。4作にわけて紹介してきました「ホンダF1を振り返る」、この記事をもって終了となります。

困難に立ち向かい、そしてあきらめずに戦い続け、

栄光をつかんできたホンダ。

戻ってくることはないかもしれませんが、またホンダのエンジンサウンドが響くときが来るといいですね。

この記事でF1に興味を持っていただけたら、うれしいです。

是非ホンダF1を最後まで応援してくれると本当にうれしいです。

またお会いしましょう。



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