見出し画像

解読 ボウヤ書店の使命 ㉕-19

 長編小説『路地裏の花屋』の読み直し。
 続きから。

《―録音された内容 蓮二朗の話―
 私が初めてあの絵画を見たのは邸宅の薔薇園を担当するようになってしばらくしてからのことです。
 今私が住まわせて頂いている離れ屋に、当時住んでおられたのはおくさまの旦那さまで、私が薔薇の手入れをしているとよく声を掛けてくださいました。今の私に紅茶を飲む習慣がありますのも旦那さまから受け継いだものでして、午前中と午后には必ず私のためにも淹れてくれました。大抵はマグカップに注いでもらって作業をしながら時々はベンチに座って一人で頂くのでした。ある時、これから頂こうかという時に雲行きが怪しくなり雨が降り出して、旦那さまが玄関から傘を持って作業場までおいでになり、雨に濡れてもよくないから中に入ってお飲みなさいと仰ったことがあった。いつもならお断りするところでしたが、せっかく淹れた紅茶がまずくなるだろうと言われて、それではお言葉に甘えさせていただきますと家の中に入りました。
 置いてあったジャガード織の貼ってある肘掛け椅子に座るように言われ、汚れますからここで頂きますと言って、台所の扉の前に立ってマグカップから紅茶を啜ろうとしましたが、旦那さまは遠慮せずにどうか座ってと私の手を取って椅子に座らせました。なんだかもぞもぞしました。置いてある調度品全てが見たこともない豪華なものでして気後れしました。それでもお断りするのが難しく、肘掛け椅子には座面を汚さないようにお尻をちょっと乗せる程度に腰掛けまして、立派なテーブルセットですねと素直に言いました。本当にそう思ったのです。はっきり言うと私の好みの家具でした。かつて出張で仕事をした家に似たようなものがあり、憧れておりました。ああいうのはロココ調というのでしょうか。ところが、旦那さまは、きっぱりと、全く僕の好みじゃないね、と仰った。それで、では、おくさまの? と聞くと、うなずき、ちょっとした打ち明け話をされました。
『僕は養子でね。何にも持って来なくてよいから結婚してくれと言われた。知らなかっただろう? 僕は、実を言うと、この家の表庭の職人だったのさ。不思議なことに、あいつに恋をしてしまった。あいつも僕に恋をしたらしい』
 不思議なことにだなんて言い過ぎだと思いました。おくさまは、まあ、そこそこ美人と言えなくもない風情のお方ですから。私が不思議なことにだなんて、と申し上げると、
『いや、そんなものだよ。結婚なんて後から思えば謎だ。結婚していない君にこういうことを言うのもよくないのかもしれないが。でも、奥方様もそう思っているだろうから気にしなくていいのさ。僕が離れ屋を作って住みたいと言うと、どうぞどうぞと喜んでくれましたよ。たまにはおいでになるかと思えばちっとも。家のお手伝いに食事を運ばせるだけ。すっかりあちらさまも本館にて、我らが過去にしでかしてしまった恋の不思議に首をひねっていらっしゃったってわけですよ』
 その後、私はなんとも言えず、紅茶を飲んでいました。妙な気分がしました。前にもお伝えしました通り、私は木花家とは遠縁ですが親戚関係にあり、それでやっと雇って頂いたようなものです。しかし目の前にいらっしゃる旦那さまも最初は私と同じように邸宅に雇われ、その後にごく近しい親戚関係となられたわけです。ずっと独り身の私なんかに比べたら、わらしべ長者を地でいったようなお話です。それなのに何か後悔しておられる。そのことの方が不思議だと思いました。

 そんなことをぼんやり考えていると、あの絵を見てごらん、と旦那さまが壁に掛かった一枚の絵を指さしました。どう思うか、と聞かれる。
 その頃の私はもう絵画を始めておりました。邸宅のそばにあるアパートに二度目の引っ越しをした後、近くのアトリエで絵を描いておられる女性に出会って立ち話をする程度の仲になりました。私は仕事で薔薇を栽培しているからと時々モチーフ用にとお届けしました。思えば仄かな恋心だったのです。薔薇を受け取ってくれましたしそれで十分、それ以上を何も望むことはなかったのですが、その方から絵を描いてみたらと言われて、いつしかアトリエに週に一回通い習うようになりました。御月謝は薔薇でよいと言われる。なんの楽しみもない私の人生にとって、これが初めての贅沢、楽しみと呼べるものでした。
 旦那さまが指さした絵をじっと見ると、すぐにその絵の先生の絵だと分かりました。どうって―、と口ごもっていると、見たことがあるだろう? と何かひそやかな笑顔を見せられました。いいえと私はきっぱりと言った。その時すぐに、私が習っている絵の先生の画風にそっくりですと言えばよかったのかもしれません。でも私は、いいえと言ってしまいました。なんだか旦那さまの雰囲気がいつものお優しい調子とは違ったのです。何かに憑かれているかのように底意地の悪い気を発しておられる。黙っていると、
『あれはね、僕の知り合いが習っている絵の先生が描いたものですよ、それを譲って頂いたのさ』と仰った。
 ああ、やっぱり、私のちょっとした幸福、恋心はばれているのだなと思いました。それをからかっておいでになるのだと。考えてみれば、絵の先生には勝手に薔薇園の薔薇を拝借してお届けしていたのです。ということは、そのこともばれているのか、と思いました。恐らく私は顔を真っ赤にしていたでしょう。恥ずかしさと得も言われぬ怒り。でも、私は、さあ、知りません、と言って、絵を習っていることは口にしませんでした。
 数日後、旦那さまがお出かけになった時間に、私はこっそり中に入って絵に書いてあるサインを確認しました。紛れもなく習っている先生のものだった。ひょっとすると私がここに雇われていることを知っていて絵画を贈ったのだろうかと考えると、仄かな恋なんてお門違い。なんだか悔しくなってしまいました。それに、申し上げました通り、その薔薇はそもそも私が描いたこの絵にそっくりだったわけですから、驚きました。お花の部分だけでしたけれども黄金律です。いえ、絵の先生が盗んだのだろうと言いたいのではありません。黄金律はどこでも似たようなものですから。
 でもなんだかもやもやして気になり、それから、毎日、旦那さまのいらっしゃらない時間にこっそり離れ屋の中に入り絵の詳細を確かめました。執念深くてお恥ずかしいことですが若気の至り、そうしているうちに、ある日、妙なことに気付いた。黄金律だからこそ気付いたのです。ほんの少しですが、絵が傾いていた。額の角度と花の角度がいつもとは違う。額の中でわずかに絵がずれているのです。誰か触ったのだと思って苛つき、きちんとした位置に戻そうとして私は額を外し、裏側を開けました。すると、驚いたことに、中からメモが出てきました。『だんさんの帰りは明日の夜』と書いてある。とんでもないものを見てしまったと思ってもう一度中に仕舞い、何事もなかったように絵を壁に掛け直しました。
 その日、いつもより遅くまで薔薇園で作業をしていると、案の定、一人の男が離れ屋に入るのが見えた。当時表側の庭を担当している男でした。私は彼と出会わないようにして家に帰り、翌朝は早めに薔薇園に行きました。これまた案の定、おくさまが早朝、玄関から出て本館の方に帰られるのが見えました。言わずもがなです。お掃除とか庭の手入れをしていたと言っても間違いではないでしょうが、きっと逢引きしているのだろうと思いました。絵の後ろに手紙を挟んでやりとりしている。本家には人がたくさんいてどうにもならないでしょうから、そんな風にして、ちょっとしたスリルもあるし、おくさまと庭師が楽しんでおられたのでしょう。
 その数日後、私は旦那さまにお逢いした時に、先日見せて頂いた絵を旦那さまに贈られたのはひょっとしておくさまですか、と申し上げた。すると、なんだ、今更? と、旦那さまは不思議な顔をされた。図星だったに違いありません。おくさまがあの壁に絵を掛けられて、表の庭師とのやりとり用に使ったのでしょう。
 どうやら旦那さまも、何やら不思議なメモが挟まれていることに気付いておられたのです。しかし、何としたことか、旦那さまはこの私とおくさまの仲を疑っておいでだったのです。表側の庭師の方ではなく。絵の出所をお調べになっているうちに、私があの先生に絵を習っていることをご存知になられたのかもしれません。きっとそれで私とおくさまのつながりを邪推されていた。いやあ、嫉妬する人間は誰でも疑うものだと呆れました。私ですよ、この私。いくら物好きでも、逢引きの相手にしようなどと考えるはずがないでしょうよ。私の言葉に対して、どうしてそんなことを聞くのだと旦那さまの方が顔を真っ赤にしておられました。まさか逢引きの相手はお前ではないのかという風情。せっかく尻尾を捕まえたつもりでいたのに違ったのかと思ってショックだったのかもしれません。美しい絵でしたから、というように、私は曖昧な答えをしました。

 数年後に旦那さまがご病気で亡くなって離れ屋に私が住むようになっても、おもしろいことに、そう、実に愉快なことに、絵は時々傾いておりました。それというのも私が響子さんの花屋の店番に行く日ばかり。それを見るたびに、ああ、私がいない間にここで、などと思いましてね、なんとも言えない可笑しさというか、虚脱感というか、そんな感じを味わいました。手紙は中西さんに紹介するような高尚な内容など書いておりませんでした。人間というのは大人になるほどくだらないものに成り下がるものかと思いたくなるような内容です。でも、実を言うと、あちらさま方は、私は字など読めないだろうと思っておりますので、万が一見つかっても大丈夫と踏んでおられたのか、まあ、やりたい放題、書きたい放題で、おもしろいといえばおもしろい。猫の方がよっぽどましですわなと、ますますぎんのことを好きになってしまうような内容でした。
 ところがある日を境に、ふっつりと手紙のやりとりがなくなってしまいました。『おくさま、竹林にて』と書いたものを最後に、そのまま手紙が動かない。何があったのでしょう。おくさまが突然飽きてしまって手紙を取りに来なかったのでしょうか。わかりません。何週間もそのまま。だけど、僅かに絵画が傾くので、どちらかが私のいない間に確認しているのは確かです。おくさまがご病気ということもなく、時々、いつも通り何食わぬ顔で薔薇園を見にこられましたから、やはりお二人は喧嘩でもされたか、おくさまの方がすっかり飽きてしまわれたか、と思っておりました。いつしか、『おくさま、竹林にて』という手紙は引き抜かれておとなしくなり、それ以降、絵が傾くことはなくなりました。
 その頃です。私が例のあやのの手紙が失われていることに気付いたのは。私は前に申し上げました通り、「いろはにほへと」の順にあれを並べていたのです。実を言うと、毎日朝夕、眺めてもいた。ところが、ある日の夕方、それが急にばらばらになっておりました。ちょうど仕事中におくさまが来られた日で、薔薇の話をして、じゃあと帰られた後にいつものように眺めようとしたらそうなっていたのです。
 どうしたのだろうと慌てふためいていたら、その後直ぐに若奥様さまがやって来られて、亡くなった旦那さまの使っていた家具を売りたいと言い出した。それも、ヒステリックに「今と言えば今」というように。私は何が何だかわからず、とりあえず箱を和箪笥に仕舞いつつ、ちょっと待ってくださいと言うのも聞かず、だめです、部屋を一旦出なさい、と仰って、あれよあれよという間に業者を呼んで持って行かせた。私に私物を横に除けるようにと言ったり、業者に細々としたことを采配されたりしておりました。その時、表の庭師も来て図々しく部屋の中をうろうろして、私の和箪笥も開けて見ていた。
 壁の絵はどうなるのだろうと見ておりましたが、やはり処分ということになりました。他の作業をするふりをしながら絵画を目で追っておりますと、業者の手伝いをしていた女性、つまりは先日ご依頼しました件のセラピストの手に渡ってしまったことがわかりました。絵画はあっという間にアロマセラピストのトラックの上に乗っておりましたが、それを見ると、なんとしたことかその絵が、額の中の絵が、先程よりもことりと傾いているような気がしたのです。やはり絵画の後ろに何かが挟まれたのに違いない。この急な家の片付けの合間に誰かが何かを入れた。きっとそうだ。
 その日の夜、突然新しくなった家具に囲まれて茫然としつつも、唯一私のものだった和箪笥から箱を取り出してバラバラになった手紙を見たら、あやのと記名してある手紙だけなかった。誰が盗んだのだろう。捨てられたのだろうか。もう一度そこで考えたのです。あの絵画にあやのの手紙が挟まれてしまったのではないかと。庭師がやったのだろうかとも思う。でもどうして? あやのの秘密を知っていたの? わからない。でも、きっとそうだ。庭師が盗んで絵の後ろに入れたに違いない。そうでないとは言えない。絵が傾いていたのは気のせいでしょうか。そんなことはない。黄金律だからわかる。あやのの手紙でなくても何かが挟まれたことには間違いない。妄想でしょうか。でも、絵画は、きっと、いえ、はっきりと、傾いておりました!》






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?